静止
ある日、俺は路上で古びた時計を見つけた。
金に困っている俺は人目がないことを確認するとすぐさま拾った。
見てみると、その時計はまだ動いていて、指している時刻はかなり正確なようだ。
俺は有名なブランド物ではないかと思い、刻印を捜したがどこにもなかった。
それどころか作った会社の名前すらない。
これでは高く売れそうにないだろう。
俺はその時計をまた路上に放置しようと思ったが、
たとえブランド物ではなくとも時計ならそれなりの値段で売れるだろうと思い直し、
その時計を持ち帰ることにした。
近くのベンチに座りその時計をもう一度よく見てみた。
街頭の時計と見比べてみて、驚いたことに秒単位まで正確なことに気が付いた。
これは意外に高く売れるかもしれない。
俺はそう思うと、この時計が天からのプレゼントとかも知れないと思い、
俺もまだ見捨てられた人間ではないと思った。
それから、俺はその時計をせっかくだからと腕にはめてみたりいじったりした。
そのうち、どこを触ってしまったのか、時計の針が止まってしまった。
そのとき、突如として全ての動きが止まった。
全ての音は止み、道路を走っていた車も静止した。
俺は一瞬混乱したが、SFをよく読んでいた俺はすぐに状況を理解した。
この時計は時を止める時計だ、と。
俺は歓喜した。
俺にもついに運が回ってきたのだ。
これで何でもし放題だ。
ひとまず今は止まった時を戻そう。
俺は小躍りするような高揚した気持ちで触ってしまった部分をもう一度触った。
いや、 触ろうとした。
俺は異常にすぐ気付いた。
体が指の一本に至るまで動かないのだ。
俺は今度こそ混乱した。
「どうなっているんだ!!」
口は動かず、心の中だけで叫んだ。
そして俺は気付いた。
時計をはめている俺だけが動けたとしても、周囲の空気は静止したままだということを。
それは同時にこのまま永遠に音もなく、動きのない静の世界に
一歩も動けず、ただ渇きで死ぬまでここで生きなければならないという事実を示していた……
そして恐らく、俺が死んだ後もこの世界は静止し続けるのだろう。
しかし、俺にとっては関係のないことだ。
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