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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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8/8

結晶鱗竜との邂逅

 ギルドへの報告は、予想以上の反応を引き起こした。


「結晶鱗竜……?」


 受付嬢の顔から血の気が引いた。隣にいた上役らしい男が資料を引っ張り出し、他の職員を呼んだ。カウンターの奥がざわついている。


「間違いないのか。結晶で覆われた竜型の魔獣だ」


「見た通りだ。体長は——」


「十メートル超だったよ。あたし、もっとあったと思うけど」


 リーネが補足した。


 上役が深刻な顔で言った。


「銀以上のパーティを手配します。ただし、最寄りの銀ランクパーティは三日ほどかかる。それまで鍾乳洞周辺は立入禁止にしますので——」


 三日。それで終わるはずだった。


---


 翌日の午後だった。


 ギルドに駆け込んできた鉱夫が、息も絶え絶えに叫んだ。


「洞窟から出てきた! あの化け物が! 街道沿いの鉱山小屋の近くにいる!」


 酒場が静まり返った。


 結晶鱗竜が鍾乳洞から出た。街道の近くにいる。街道は、カラトと北の集落を結ぶ唯一の道だ。鉱夫だけじゃない。商人も旅人も通る。


 ギルドが動いた。鉄ランク以上の冒険者に緊急招集がかかった。だがカラトに常駐している鉄ランクは少ない。ガレスのような銀ランクは——もういない。


 俺とリーネは顔を見合わせた。


「銅ランクの俺たちが出る案件じゃない」


「うん」


「銀が来るまで三日だ。それまで避難して——」


「鉱山小屋に人がいるんだって」


 鉱夫がまだ叫んでいた。仲間が小屋に取り残されている。逃げられなかった。竜が小屋の近くを徘徊していて、出られない。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 救援に向かう ……… 期待値 34

 ギルドの対応を待つ ……… 期待値 61

────────────────────────────



 34。低い。パネルは「待て」と言っている。


 61を選べばいい。ギルドに任せて、三日待てばいい。合理的だ。正しい。銅ランクが結晶鱗竜に挑む理由はない。


「ハルト」


 リーネが俺を見ていた。翡翠色の目。問いかけている。「どうする?」ではない。「行くの?」だ。


 ——行かなくていい理由はいくらでもある。


 パネルが34と言っている。銅ランクが出る案件じゃない。銀を待つのが最適解だ。


 だが鉱山小屋に人がいる。三日も待てるのか。竜が小屋を壊したら。鉱夫たちが逃げ出そうとして見つかったら。


 パネルは「救援に向かう」の期待値を34と出した。低い。だが——あれは何の34だ。


 洞窟の行き止まりで学んだことが頭にある。安全に帰れる確率か。鉱夫を救出できる確率か。竜を倒せる確率か。パネルが何を測っているかで、数字の意味は変わる。


 ……試してみるか。


 パネルに意識を向ける。「救援に向かう」。ただし、竜と戦うのではなく、鉱夫を避難させることだけを目的とした場合の期待値——


 パネルが一瞬揺れた。数字が書き換わる。



────────────────────────────

 救援(避難誘導のみ) ……… 期待値 52

────────────────────────────



 52。さっきの34より上がった。


 変わった。パネルの数字が、意識の持ち方で変わった。「救援に向かう」と「鉱夫を避難させる」は別の行動だ。竜と戦うつもりで行くのと、人を逃がすつもりで行くのでは、期待値が違う。


 当たり前だ。目的が違えば、最適な行動も変わる。何を測るかで、数字は変わる。


 52。五分五分よりやや上。


「……行くか」


 リーネの目が光った。


「ただし、竜とは戦わない。鉱夫を小屋から逃がすだけだ」


「了解っしょ」


---


 街道を走った。


 北門を出て、鍾乳洞方面へ。昨日歩いた道。今日は走っている。


 鉱山小屋が見えてきた。街道から少し外れた丘の麓に、石と木で組まれた小さな小屋。その百メートルほど先の開けた草地に——いた。


 結晶鱗竜。


 昨日、洞窟の暗がりで丸まっていた姿とは違う。四本の脚で立ち、首を持ち上げている。全身の結晶が日光を受けて、虹色にぎらぎらと光っている。美しい。そして、恐ろしい。


 リーネの言った通り、左前脚を引きずっていた。背中の結晶も何本か折れている。怪我をしている。だが怪我をしていても、あの体躯は脅威だ。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 竜の注意が小屋に向いていない

 今なら小屋に接近可能 ……… 期待値 64


 竜が小屋の方を向いた場合

 接近成功率 ……… 期待値 29

────────────────────────────



 今だ。竜は小屋と反対方向を向いている。草地の端で何かを探しているように首を振っている。


「リーネ、小屋まで走る。低く、早く、音を立てずに」


「了解」


 二人で丘の斜面を使って身を隠しながら、小屋に近づいた。パネルが距離と竜の視線の角度をリアルタイムで更新する。64、62、65、61——竜の首が動くたびに数字が揺れる。


 小屋の裏手に着いた。壁に背をつける。中から声がした。


「誰だ」


「ギルドの冒険者だ。避難誘導に来た。何人いる?」


「三人。——出られるのか?」


 パネルを見る。



────────────────────────────

 竜に気づかれずに撤退

 (丘の裏を迂回) ……… 期待値 58


 竜の注意を逸らしてから撤退 ……… 期待値 71

────────────────────────────



 注意を逸らした方が高い。だがどうやって。


「リーネ」


「うん、わかってる。あたしが囮やるっしょ」


「違う。囮は俺がやる」


 リーネが目を丸くした。


「お前は鉱夫三人を連れて丘の裏を迂回しろ。道案内と護衛を兼ねる。俺は反対側から石を投げて竜の気を引く。気を引いたらすぐ逃げる。戦わない」


「でも——」


「お前の方が足が速い。三人を連れて走るなら、お前だ」


 パネルで確認する。「ハルトが囮、リーネが護衛」の期待値——


 ……出ない。リーネが関わる行動は、相変わらず計算不能だ。だがリーネが関わらない部分——「俺が石を投げて竜の気を引く」——の期待値は出る。



────────────────────────────

 石で竜の注意を引く

 (投擲後即退避) ……… 期待値 63

────────────────────────────



 63。やれなくはない。


「行け。合図は——俺が石を投げたとき。音がしたら走れ」


 リーネが一瞬だけ躊躇した。それから頷いた。


「死ぬなよ」


「死なない。63だ」


「はあ?」


「——何でもない。行け」


---


 リーネが鉱夫三人を連れて小屋の裏から出ていくのを見送った。丘の裏側に回り込んでいく。小さな背中が斜面に消える。


 ここからは、あいつを信じるしかない。


 俺は反対方向に走った。竜から見て小屋の逆側。距離を取りつつ、竜の視界に入らない位置を探す。


 左側に回り込んだとき、目が合いかけた。——いや、合わなかった。左の目が光を反射していない。濁っている。


 ロックバイパーの時のリーネの声がよぎった。「右目が濁ってた。右側の視界が弱い」。あの時は蛇だった。今度は竜だ。左前脚の怪我だけじゃない。左目もやられている。左側の死角が広い。


 左側の死角から、石を拾う。手のひらに収まるくらいの丸い石。


 パネル。



────────────────────────────

 石を投げる

 (竜の右側に着弾させる場合)

 注意誘引成功率 ……… 期待値 72


 投擲後の退避

 (丘の裏への離脱) ……… 期待値 66

────────────────────────────



 何を測るかで数字は変わる。洞窟で学んだことだ。「注意を引く」と「逃げる」を分けて測る。両方60以上。やれる。


 振りかぶった。


 投げた。


 石が弧を描いて飛び、竜の右側の地面に当たった。乾いた音。竜の首がぐるりとそちらを向いた。右の目が石の着弾点を追っている。左目は濁ったまま、何も映していない。


 小屋の方向から背を向けた。


 今だ。リーネが走っているはずだ。パネルにはリーネの位置は表示されない。計算不能。だが信じる。あいつは速い。鉱夫を連れて走れる。


 俺も走った。竜と反対方向に。丘の裏側に飛び込み、斜面を転がるように下る。


 背後で唸り声がした。低い、空気を震わせる振動。竜が動いた。だがこっちに来ているのか、石の方に行っているのか——


 パネルが出た。



────────────────────────────

 竜の追跡対象:石の着弾点

 ハルトの発見確率 ……… 期待値 12

────────────────────────────



 12。見つかっていない。石に釣られた。


 丘の裏を駆け下りた。心臓がうるさい。足が震えている。でも走れる。走った。


---


 街道で合流した。


 リーネが鉱夫三人を連れて立っていた。全員無事だ。鉱夫たちは息を切らしているが、怪我はない。


「ハルト!」


 リーネが走ってきた。顔が白い。


「無事?」


「無事だ。竜は石に気を取られてる。今のうちにカラトに戻る」


「……よかった」


 リーネが一瞬だけ目を閉じた。それから、いつもの顔に戻った。


「死ぬなって言ったっしょ」


「死んでない」


「当たり前だ。死んでたら怒るからね」


 死んでたら怒れないだろう。論理が破綻している。いつものことだ。


---


 カラトに戻った。鉱夫三人をギルドに引き渡した。


「ありがとう……本当にありがとう」


 鉱夫の一人が頭を下げた。手が震えていた。


 受付嬢が報告を受けた。


「結晶鱗竜が鍾乳洞から出たことは確認しました。銀ランクパーティの到着を早めるよう手配します。——お二人の救援行動は、特別報酬の対象として申請しておきます」


 報酬はありがたいが、それより気になることがある。


「あの竜、なぜ洞窟から出てきたんだ」


「わかりません。ただ……鉱夫の証言では、竜は何かから逃げるように洞窟から出てきた、と」


 何かから逃げる。あの巨大な竜が。


 リーネと目が合った。同じことを考えている顔だった。


 鍾乳洞の奥に、結晶鱗竜が逃げるほどの何かがいる。


 パネルは何も表示しない。


---


 夜。銀の鋤亭。風呂に入って、ベッドに横になった。


 今日一日を振り返る。


 パネルの数字を、初めて意識的に動かした。「救援に向かう」が34で、「避難誘導のみ」にしたら52に上がった。目的を変えれば、期待値が変わる。当たり前のことだが、今日まで気づかなかった。


 石を投げるときも、「注意を引く」と「逃げる」を分けて測った。両方見えたから、両方やれた。


 パネルは道具だ。何を測るかを俺が決めれば、より正確な答えが返ってくる。使い方次第で、まだ伸びしろがある。


 ——ただ、一つだけ。


 リーネが鉱夫を連れて走っている間、あいつが無事かどうかは、パネルには出なかった。計算不能。信じるしかなかった。


 信じた。走れると。走ってくれると。


 それが何なのかは、まだよくわからない。でも、今日はそれで良しとしよう。

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