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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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6/11

ガレスの最後の酒

 月光草を納品した。


 二十束、状態良好。受付嬢が一束ずつ確認し、金貨十五枚をカウンターに並べた。銅貨の山しか見たことがなかった俺にとって、金貨の光沢は新鮮だった。


「それと、報告があります」


 鍾乳洞の件を伝えた。入口付近の爪痕。岩肌に埋まった結晶片。脈動するような光。


 受付嬢の表情が変わった。事務的な笑顔が消えて、眉が寄った。


「……少々お待ちください」


 奥に引っ込んで、しばらくして戻ってきた。


「ギルドとして正式に調査依頼を出す方向で検討します。鍾乳洞周辺の生態異変については、以前から報告が上がっていました。爪痕と結晶片の情報は新しい材料です。——調査依頼が出た場合、お二人に優先的にご案内できますが、いかがでしょう」


 パネルが出た。



────────────────────────────

 鍾乳洞調査依頼を受ける ……… 期待値 69

 他の依頼を続ける ……… 期待値 62

────────────────────────────



 69。月光草の74より低い。危険度が上がっている分だけ期待値が下がったのだろう。だが報酬は高いはずだ。


「詳細が決まったら教えてください」


「承知しました」


 報酬の分配。金貨十五枚を二人で。リーネが言った通り、七枚ずつで端数の一枚はじゃんけん。


 グー。リーネもグー。パー。リーネもパー。チョキ。リーネはグー。


 負けた。


「やった! 金貨八枚!」


 リーネが金貨を掲げて笑っている。パネルが出なかった。じゃんけんの期待値。出てもよさそうなものだが、出なかった。ランダムな事象には期待値が出ないのか。それとも——じゃんけんの勝敗は、パネルの守備範囲外なのか。


 まあいい。七枚でも十分だ。


---


 その夜。


 ギルドの酒場で飲んでいると、ガレスが来た。


 大きな背中。銀の銘板。片手に革の旅行鞄を持っている。


「よう。月光草、聞いたぞ。二日目でパーティ組んで依頼こなすとはな。——相棒は?」


「あそこ」


 リーネは酒場の隅で、甘い菓子パンを食べていた。さっき食事は済ませたのに、まだ食べている。甘いものに目がないらしい。本人は隠しているつもりだが、三個目だ。


「あの嬢ちゃんか。面白い目をしてるな」


 ガレスが向かいに座った。店員に手を上げて、エールを三つ頼んだ。


「三つ?」


「嬢ちゃんも呼べ。——今日は俺が奢る日だ」


 何か含みのある言い方だった。


 リーネを呼んだ。菓子パンを持ったまま席に着く。


「リーネ・フォルトゥーナです。よろしくっしょ!」


「ガレス。こいつの先輩だ。——と言っても、明日から先輩じゃなくなるがな」


 リーネが俺を見た。知らなかったのか、という顔。


「ガレスは明日から別の依頼で街を離れる。前に聞いた」


「聞いてないんだけど。——え、じゃあこれ送別会?」


「送別ってほどでもねえよ。ただの酒だ」


 エールが来た。ガレスが杯を上げた。


「まあ、飲め」


 三人でエールを合わせた。


---


 ガレスは飲みながら、ぽつぽつと話した。


「北の街から依頼が来てな。鉱山の護衛だ。半年くらいかかる。報酬はいい」


「半年」


「長いだろう。だが銀ランクの仕事ってのはそういうもんだ。一つの依頼が長い。短期で回すのは銅や鉄の稼ぎ方だ」


 ガレスがエールを半分空けた。


「お前、鍾乳洞の調査依頼も受けるんだろう」


「たぶん」


「気をつけろ。あの洞窟は昔から妙な噂がある。鉱夫が何人か行方不明になってる。——まあ、噂だがな」


 ガレスの木彫りの小刀が、テーブルの上に置いてあった。広場で削っていた木片の続きだろうか。小さな動物の形。犬ではない。狐だった。耳が尖っていて、尻尾がふわりと丸まっている。


「それ、何作ってんの?」


 リーネが聞いた。


「娘への土産だ。離れて暮らしてるんでな。会うたびに一つ渡す」


「えー、かわいい。器用なんだね」


「まあな。剣より木彫りのほうが得意かもしれん」


 笑った。ガレスは剣の方が圧倒的に得意だろう。でも木彫りの狐は、丁寧に作られていた。


---


 ガレスが鉱山護衛の話をしてくれた。北の街の鉱山は希少な金属が出るが、魔獣の巣に近い。半年間、鉱夫たちの護衛をしながら坑道を守る。


「地味な仕事だ。派手な戦闘はほとんどない。だが鉱夫の命がかかってるから、一瞬も気が抜けない」


「ガレスに合ってるな」


「何だそりゃ」


「派手じゃないけど、確実。あんたの戦い方そのものだろう」


 ガレスが少し驚いた顔をして、それから笑った。


「お前、人を見てるな。——前の仕事ってのは人を見る仕事だったのか?」


「まあ、似たようなものだ」


 リーネが菓子パンの四つ目に手を伸ばしていた。甘い匂いがここまで漂ってくる。


「嬢ちゃんは甘いものが好きなのか」


「本人は隠してるつもりらしい。四つ目だけど」


「隠せてないな」


「全くな」


 二杯目のエールが来た頃、リーネが席を外した。「トイレ」と言って立っていった。


 二人になった。


 ガレスがエールの泡を見つめながら言った。


「あの嬢ちゃん、いいな」


「……そうか?」


「ああ。勘がいい。俺が前に言っただろう。理屈じゃなくて体で分かるやつ。あの手の人間は、長く組むと相棒になる」


「臨時パーティだ。依頼ごとに——」


「まあ聞け」


 ガレスの声が少し低くなった。酔った先輩の軽口ではない声色。


「お前は頭がいい。依頼の選び方も、戦い方も、筋がいい。銅ランクとは思えん。——だが、お前には一つ危ういところがある」


「何だ」


「全部、一人で決めてるだろう」


 心臓が跳ねた。


「パーティを組んでも、判断するのはお前だ。あの嬢ちゃんは前衛で斬る。お前が後ろで考える。それはいい。だがな、考えるのがお前だけだと、お前が間違えたとき、全員が間違える」


 返す言葉がなかった。


「一人で決めるな、とは言わん。お前のやり方は合ってる。だが、たまにはあの嬢ちゃんの勘に乗ってみろ。理屈の外に正解があることもある」


 ガレスがエールを飲み干した。


「——まあ、酔っ払いの説教だ。今度は本当に酔ってるけどな」


 笑った。ガレスも笑った。


 リーネが戻ってきた。


「何の話してたの?」


「男の話だ」


「つまんなそう」


「つまんないさ」


 三人で三杯目を飲んだ。


---


 酒場を出ると、夜風が冷たかった。星が多い。いつもの夜だ。


「じゃあな」


 ガレスが手を上げた。革の旅行鞄を肩にかけている。明日の朝には発つのだろう。


「世話になった」


「礼はいらん。——鉄になったら連絡しろ。一緒に仕事ができる」


 ガレスが歩き出す。大きな背中。首から下がった銀の銘板が、街灯の光を一瞬だけ反射した。


 ガレスとまた会えるかどうか——パネルが出るのを、少しだけ待ってしまった。出なかった。当たり前だ。これは選択肢じゃない。


 当たり前のことに、少しだけ安心した。

 見なくていい数字がある。


 ガレスが角を曲がって見えなくなった。


 銀ランクの冒険者。木彫りの狐を娘に届ける男。エールを三杯飲んで、ちゃんと酔って、でも大事なことだけは素面の声で言う男。


 三日間だった。たった三日間。だが前の世界で五年間働いた会社の誰より、この男のことを覚えている気がする。


 リーネが隣にいた。


「いい人だったね」


「ああ」


「あたしにも一つ言ってたよ。トイレ行く前に」


「何を」


「『あいつの計算が外れたとき、お前が隣にいてやれ』って」


 ——ガレス。


 俺の計算が外れる前提なのか。


「あたしはさ、別にそういうの考えてないけど」


 リーネが夜空を見上げた。息が白い。


「でもまあ、隣にいるのは嫌じゃないかな」


 パネルは何も出さなかった。リーネに関する期待値は、相変わらず計算不能だ。


 だが不思議と、それが今夜は嫌じゃなかった。


---


 翌朝。


 ギルドの掲示板に、新しい依頼が貼られていた。白い紙——鉄ランク相当。


 <依頼:グラナド鍾乳洞の生態異変調査>

 報酬:金貨二十枚

 推奨ランク:鉄以上

 備考:鍾乳洞深部における異常な魔力反応と未確認大型魔獣の調査。


 鉄ランク推奨。俺たちは銅だ。普通なら受けられない。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 調査依頼を受ける(受付に交渉) ……… 期待値 67

 見送る ……… 期待値 55

────────────────────────────



 67。低くはない。交渉の余地がある。月光草の実績と、鍾乳洞の報告をした当事者であることが有利に働くだろう。


 リーネが隣で掲示板を見ていた。


「行くっしょ?」


 即答だった。パネルなんか見ていない。見えていない。ただ「行く」と決めている。


「……行く」


 根拠は67だ。リーネの根拠は知らない。たぶん「行きたいから」だ。


 二人で受付に向かった。


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