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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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5/8

計算と直感の初共闘

 朝、ギルドの前。


 リーネが来ない。


 約束の時間は「朝」としか決めていなかった。正確な時刻を決めなかったのは俺の落ち度だ。だが日はもうとっくに昇っている。ギルドには冒険者が出入りし始めていて、掲示板の前に人が集まっている。


 待ちながら、パネルで時間を潰す。通りを歩く人々に期待値が浮かぶ。荷車を引くおじさん、54。果物売りのおばさん、61。走り回る子供たち、38、42、45。何の期待値かは相変わらず不明だが、数字を見ているとなんとなく落ち着く。


 三十分が経った。


「ごめーん! 寝坊した!」


 通りの向こうから赤銅色の髪が走ってきた。革鎧が揺れている。息を切らしている。


「お前が言ったんだぞ。遅れんなよ、って」


「だから先に言っといたっしょ! 予防線!」


 予防線の使い方が間違っている。


---


 ギルドで月光草の依頼を正式に受諾した。


「パーティでの受諾ですね。採取地はカラト北門から森に入り、北北東に約二時間。鍾乳洞の手前の湿地帯に月光草が群生しています。二十束の採取が依頼内容です」


 受付嬢が地図を広げた。リーネが身を乗り出して覗き込む。


「ここ、あたし行ったことあるかも。前の街にいたとき、似たような地形の場所で薬草取ったことがある」


「行ったことがあるのか」


「似たような場所に。この場所にじゃないけど」


 それは行ったことがあるとは言わない。


「注意点があります」


 受付嬢が声を落とした。


「報酬が高い理由ですが、最近このあたりの生態系が不安定です。これまで見られなかった種類の魔獣が目撃されています。採取自体は危険ではありませんが、道中の遭遇に備えてください」


 パネルが出た。依頼の総合期待値が更新される——72。昨日見たときは74だった。2ポイント下がっている。リーネと組んだことで変動したのか、それとも状況が変わったのか。


 まあ、72なら十分だ。


---


 北門を出て、森に入った。


 俺が先を行き、リーネが少し後ろを歩く。森の空気は湿っていて、苔の匂いが濃い。木漏れ日が足元に揺れている。


 パネルが道の分岐点で選択肢を出した。



────────────────────────────

 A:獣道を直進 ……… 期待値 71

 B:沢沿いを迂回 ……… 期待値 68

 C:尾根を越える ……… 期待値 54

────────────────────────────



 Aが71。直進が最適。


「まっすぐ行くぞ」


「んー、あっちの方がよくない?」


 リーネが沢の方を指した。Bの68。3ポイント低い。


「なんで?」


「水の音がするっしょ。沢沿いなら水が飲めるし、魔獣も水場に来るから先に気配が読める。あと——」


 リーネが鼻をひくつかせた。


「あっちの方が花の匂いがする。月光草って湿気の多いところに生えるんでしょ? 水の近くの方が見つかりやすくない?」


 理屈としては一理ある。だが期待値は71対68だ。3ポイントの差がある。


「直進の方が早い。到着時間が短ければ体力も温存できる」


「効率かあ」


 リーネは少し唇を尖らせたが、ついてきた。


 直進ルートは確かに速かった。道は平坦で障害物も少ない。一時間ほどで森の深部に入った。パネルが示す通り、最短距離だ。


 ただ——途中、左手の斜面に白い小さな花が群生しているのが見えた。リーネが一瞬足を止めた。


「きれい」


 それだけ言って、また歩き出した。花を摘もうとはしなかった。


---


 湿地帯の手前で、魔獣と遭遇した。


 ロックバイパー。岩のような灰色の鱗を持つ大蛇。体長三メートルほど。木の根元に巻きついて、こちらを見ている。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:左に回り込んで頭部側面を狙う ……… 期待値 76

 B:右に迂回して尾を押さえる ……… 期待値 63

 C:正面から威嚇して退かせる ……… 期待値 45

 D:戦わず迂回する ……… 期待値 58

────────────────────────────



 Aが76。左から回り込んで頭部の側面——鱗の合わせ目が薄い部分を狙う。


「リーネ、左から——」


 言い終わる前に、リーネが走っていた。


 右だ。右に走っている。Bの63の方。


「おい、左だ! 左から回り込め!」


「ごめん、体が先に動いた!」


 リーネは蛇の尾の方に回り込み、剣を抜いた。蛇が反応して首を振る。リーネの方を向いた。


 ——尾を攻撃するつもりはない。蛇の注意を引いて、首を回させたのだ。


 蛇がリーネに向き直った瞬間、頭部の側面がこちらに向いた。鱗の合わせ目が見える。


 パネルが更新された。



────────────────────────────

 頭部側面への攻撃 ……… 期待値 84

────────────────────────────



 84。さっきの76より上がっている。リーネが注意を引いたことで、蛇が無防備になった。


 走った。ナイフを逆手に持ち、鱗の合わせ目に突き立てた。蛇が跳ねた。体がうねる。リーネが反対側から剣を振り下ろし、首の付け根を断った。


 静かになった。


 二人で息を切らしている。


「……なんで右に行った」


「だってさ、あいつ右目が濁ってたっしょ。右側の視界が弱いなら、右から近づいた方が気づかれにくいじゃん」


 右目が濁っていた?


 パネルを見直す。ロックバイパーの情報は——期待値しか出ていない。目の状態なんて表示されていなかった。リーネは、パネルに出ない情報を見ていた。


「……お前、よく見てるな」


「見るっていうか、なんとなく。あいつの右側、反応が鈍かったから」


 なんとなく。


 ガレスが言っていた。「勘がいいやつは強い。理屈じゃなくて、体で分かるやつ」。


 これがそれか。


 パネルは「左から回り込め」と言った。リーネは「右に行った」。結果的に期待値は76から84に上がった。計算の外から来た行動が、計算を上書きした。


 面白い。


 面白いが、落ち着かない。パネルの指示と違う動きをされると、計算が狂う。今回はたまたまうまくいった。次もそうとは限らない。


 ——だが、うまくいったのは事実だ。


---


 月光草の群生地に着いた。


 湿地帯の木陰に、青白く光る草が群生していた。月光草。名前の通り、光を受けると淡い青白い輝きを放つ。きれいだ。パネルには期待値しか出ないが、この光景は数字で測れない。


「うわー、きれい。こんなの初めて見た」


 リーネが目を輝かせている。


 採取を始めた。根元から丁寧に摘んで、二十束。パネルが「採取効率が最適な順序」を出してくれるので、俺は黙々とそれに従った。リーネは効率を無視して、光が強いやつから順に摘んでいた。効率は悪いが、楽しそうだ。


 三十分ほどで二十束が揃った。


「ねえ、ハルト」


「ん?」


「さっきの蛇のとき、あたしが右に行ったの怒ってる?」


「怒ってはいない。驚いた」


「うまくいったっしょ?」


「結果的にはな。だが次は先に言ってくれ。『右に行く』と」


「言う暇なかったんだよ。体が先に動くんだもん」


 困る。パネルで計画を立てても、実行者が計画通りに動かない。コンサル時代のプロジェクトと同じだ。計画は完璧、実行は未知数。


「じゃあこうしよう。俺が方向を指示する。お前がそれと違う動きをしたくなったら、一言だけ叫べ。『右』とか『上』とか。それだけでいい」


「それならできるかも」


「できるかも、じゃなくて、やれ」


「はいはい」


 返事が軽い。やるかどうか怪しい。


---


 帰路。


 来た道を戻る。パネルが帰りのルートを出す。直進、期待値73。


 ——ふと、リーネが足を止めた。


「ねえ、ちょっとだけ寄り道していい?」


「どこに」


「さっきの花。行きに見えたやつ。あの白いの」


 行きに左手の斜面に見えた白い花。リーネが一瞬足を止めた場所だ。


 パネルが出た。寄り道の期待値——61。直帰の73より12ポイント低い。


「直帰の方がいい。日が暮れる前にカラトに着きたい」


「五分だけ。五分で戻る」


「期待値が——」


 言いかけて、止めた。期待値。何の期待値だ。帰路の安全性か。時間効率か。花を見ることの期待値は、パネルには含まれていない。そんな選択肢はそもそも出ない。


「……五分だぞ」


 リーネが斜面を駆け上がっていった。白い花の群生地。しゃがみ込んで、花に顔を近づけている。


「なんて花だろ。すっごいいい匂い」


 俺は斜面の下で待った。パネルには何も出ていない。寄り道の期待値61は、たぶん「日没までにカラトに着く確率」だ。花の匂いは含まれていない。


 リーネが戻ってきた。手に白い花を一輪持っている。


「はい、お礼。寄り道付き合ってくれたから」


 花を渡された。パネルが出る——「白い花を受け取る:???」。計算不能。


 受け取った。


---


 鍾乳洞の近くを通ったとき、リーネが足を止めた。


「ねえ、あれ」


 鍾乳洞の入口付近の岩壁に、不自然な爪痕があった。大きい。ロックバイパーのものではない。もっと大きな何かが、この岩を引っ掻いている。


 近づいてみると、岩の表面に光るものがあった。結晶片。透明な、水晶のような破片が岩肌に埋まっている。微かに脈動するように光っている。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 鍾乳洞深部の脅威度

 ………………………… 判定不能


 推奨行動:

 ギルドに報告 ……… 期待値 81

 調査のため侵入 ……… 期待値 ——

  (データ不足)

────────────────────────────



 判定不能。パネルが脅威度を計算できていない。


「……帰ろう。これはギルドに報告する案件だ」


「うん。あたしもそう思う」


 珍しくリーネが即答した。直感型の人間が、直感で「やばい」と感じている。それはパネルの判定不能より、ある意味で信頼できる情報だった。


 二人で足早にその場を離れた。


 帰り道、リーネが言った。


「ねえ、あの結晶みたいなやつ、生きてるみたいに光ってなかった?」


「見えた。脈打つように」


「あたしの勘だけどさ——あの洞窟の中に、なんかいるよ。でかいやつ」


 パネルはそれについて何も言わない。判定不能。データ不足。


 でもリーネの勘は、たぶん当たっている。


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