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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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4/8

期待値外れの剣士

「何見てんの?」


 翡翠色の目がこっちを向いていた。鼻梁の上にそばかすが散っている。小柄で、革鎧を着ていて、腰の剣が体に対してやや大きい。赤銅色の短い髪は左右の長さが微妙に違う。自分で切ったんだろうな、と思った。


 パネルが激しく明滅している。数値が跳ね回っている。72、46、88、???、53、91。止まらない。


「いや、何でもない」


「何でもないのにじっと見る? 変なやつ」


 言い返す前に、少女はカウンターに向き直った。


「ねえ、せめて鉄ランクの依頼だけでも見せてもらえない? 銅の依頼ばっかじゃ稼げないんだけど」


「規定ですので……」


 受付嬢が申し訳なさそうに首を振る。少女は大きくため息をついて、カウンターから離れた。


 そのまま酒場のスペースに来て——俺のテーブルに、どかっと座った。


「ちょっと」


「空いてるっしょ、ここ」


 空いてはいる。だが俺の向かいだ。林檎の箱を挟んで、初対面の人間が当然のように座っている。パーソナルスペースという概念がない。


「あ、林檎。もらっていい?」


 返事を待たずに一つ取ってかじった。シャリ、と音がする。


「うま。——ねえ、アンタ冒険者っしょ? 銘板見えてんじゃん」


 首から下がった銅の銘板を指している。隠す理由もなかったので外に出していた。


「……まあ、そうだけど」


「あたしもなんだよね。リーネ。リーネ・フォルトゥーナ。よろしくっしょ!」


 勝手に自己紹介が始まった。手を差し出してくる。林檎を持ったままの手だ。


 パネルを見る。まだ明滅している。72、???、64、88。何なんだ本当に。


 とりあえず握った。林檎の汁で手がべたべたした。


「ハルト」


「ハルト。いい名前じゃん」


「……どうも」


---


 リーネは座ったまま動く気配がなかった。二つ目の林檎に手を伸ばしている。


「それ、依頼の報酬なんだけど」


「だから一つもらったじゃん。お礼に情報あげるよ」


「情報?」


「掲示板の依頼、月光草のやつ。あたし受けたいんだけどさ、パーティ推奨って書いてあんのよ。一人じゃ受理してもらえなくて」


 月光草の採取依頼。金貨十五枚。期待値74。昨日ガレスに教えてもらったやつだ。


「それなら知ってる」


「知ってんの? じゃあ話が早い。組まない?」


 早い。話が早すぎる。出会って三分で「組まない?」と来た。


「お前のことを何も知らないんだが」


「あたしのことは今から知ればいいじゃん。何聞く?」


 この人間は会話のペースを握るのが上手い。というか、ペースという概念自体がない。会話が一方通行で突っ込んでくる。


「……ランクは?」


「銅。今日登録したばっか。——でも前の街では銀だった。ギルド辞めちゃったから、新規登録で銅からやり直し」


「前の街を出た理由は?」


 リーネが一瞬だけ間を置いた。林檎をかじる動きが止まった。本当に一瞬だけ。


「合わなくてさ。前のパーティと」


 それだけ言って、また林檎をかじった。シャリ、と乾いた音。話を変える気配。


 聞くな、という空気だった。踏み込まない。コンサル時代、クライアントが話したくない話題を読むのは基本スキルだ。


「あたし剣士なんだけど、前衛できるよ。アンタは? 銘板の職種、冒険者でしょ。何でも屋ってこと?」


「まあ、そんなところだ」


「じゃあちょうどいいじゃん。あたしが前で斬って、アンタが後ろで考える。最強っしょ」


 最強かどうかはともかく、理屈としては成立する。前衛と後衛。剣士と策士。パーティの基本形だ。


 だが「あたしが前で斬って」の部分が信用できない。さっきカウンターで揉めていた姿しか見ていない。腕前がわからない。


 と思った矢先だった。


 酒場の奥のテーブルから、体格のいい男が立ち上がってこちらに来た。鉄ランクだ。銘板が鉄色をしている。


「おい嬢ちゃん、さっきからうるさいぞ。銅の分際で銀がどうとか、笑わせるな」


 リーネが男を見上げた。体格差が二回りはある。


「うるさかったのは悪かったけど、実力の話に銘板の素材は関係ないっしょ」


「関係あるから素材で分けてんだろうが。——そのナマイキな口、直してやろうか」


 男が手を伸ばした。リーネの肩を掴もうとした。


 次の瞬間、リーネの体が沈んだ。低く、滑るように。男の腕の下をくぐり、一歩で男の背後に回り込む。剣には触れていない。ただ動いただけだ。


 男が振り返ったときには、リーネはもう元の椅子に座っていた。林檎をかじっている。


「ね? 実力の話に銘板は関係ないっしょ」


 男は口を開けたまま数秒固まって、舌打ちして戻っていった。


 ——速い。


 パネルが出ていた。リーネの回避行動の期待値——???。計算不能。だが結果は完璧だった。一切の接触なし、一切の威嚇なし。ただ速く動いて、相手の手が空を切った。それだけ。


 剣を抜いてすらいない。


 この少女、本当に強いのかもしれない。数字では測れないが。


 パネルを見る。リーネと組んだ場合の期待値を確認しようとする。出ない。数値がぐるぐる回っている。53、79、???、41、86。定まらない。


 一人で月光草の依頼を受けた場合の期待値は——74。安定した数字だ。


 リーネと組んだ場合は——計算不能。


 普通なら、安定した74を取る。計算不能は避ける。


 コンサル時代、一度だけデータを無視して判断したことがある。「なんとなくこっちだろう」で選んだ。結果は大失敗だった。上司に詰められて「根拠は?」と聞かれて、何も答えられなかった。あの日から、根拠のない判断が怖くなった。数字があれば説明できる。数字がなければ——ただの勘だ。勘で失敗した人間は、もう勘を信じられない。


 だが、74は一人では受理してもらえない。パーティ推奨だ。誰かと組む必要がある。パネルで他の冒険者の適性を見て、最適な相手を探すこともできる。でもそれには時間がかかる。ガレスは来週いなくなる。金もない。


「——報酬の分配は?」


 リーネの目が光った。


「五分五分でいいよ。金貨七枚ずつ。端数はじゃんけん」


「この世界にじゃんけんはあるのか」


「あるよ。グーチョキパーっしょ? 知らないの?」


 知ってる。異世界にもじゃんけんがあるのか。文化の普遍性を感じる。


「臨時パーティという形でいいか。依頼ごとに組んで、合わなければ解散」


「りょーかい。じゃあ明日の朝、ここで」


「待て、依頼の詳細を確認してから——」


「確認は明日でいいっしょ。今から受付に行ったって、さっきの人もう帰る顔してたし」


 カウンターを見る。受付嬢が帰り支度をしていた。確かに。


「……明日の朝、ここで」


「やった!」


 リーネが椅子を蹴って立ち上がった。三つ目の林檎を持って。


 扉の近くで猫が通りかかった。白い猫だ。リーネの目がそっちに向いた。


「——かわ」


 声が一瞬だけ高くなった。本人は気づいていないらしい。すぐに咳払いして、何事もなかったように俺を見た。


「で、明日の朝ね。遅れんなよ」


「お前が言うのか」


「あたし朝弱いんだよね。だから先に言っとく。遅れんなよって」


 論理が破綻している。


「ねえ、この街のおすすめの飯屋ある? あたし来たばっかで何も知らないんだよね」


「ギルドの酒場のスープがうまい」


「スープ? スープかあ。あたし肉がいいなあ。ラム肉とかないの?」


 ラム肉のグリル。期待値68。俺が食べたくて食べなかったやつ。スープが76だったから。


「……ある。ここのメニューにある」


「じゃあ食べよ。ラム肉!」


「俺は——」


 パネルが出た。メニューの期待値。スープ76、ラム肉68。


「——スープで」


「えー、つまんないの。スープなんてどこでも飲めるじゃん」


 つまんないと言われても76だ。


 リーネはカウンターに「ラム肉のグリル!」と叫んだ。迷いゼロ。メニューを見てすらいない。


 ラム肉が来た。鉄板の上で油が跳ねている。リーネが骨つきラム肉に豪快にかぶりついた。唇の端に油がついている。行儀は悪い。だがうまそうに食べる。


「うっま! ねー、一口食べる?」


「いや——」


「いいからいいから」


 骨つき肉を突き出された。パネルが出る——「リーネからラム肉を受け取る:???」。計算不能。


 一口もらった。


 ——うまい。


 脂と肉の暴力的な旨味。歯を立てた瞬間の弾力と、噛み切ったときの肉汁。スープとは違う種類の美味さだ。


 スープは76。ラム肉は68。でも今この瞬間、ラム肉の方がうまい気がした。


 気のせいだろう。期待値が高い方がうまいに決まっている。


---


 食後。


 リーネが去った後、俺は一人でテーブルに残っていた。


 パネルが通常稼働に戻っている。リーネがいなくなったら、数値は安定した。


 試しにテーブルの上のものを見る。空のジョッキ、期待値12。スープの残った皿、期待値8。林檎の箱——減っている。三つ食われた。林檎の期待値71。正常だ。ちゃんと数字が出る。


 リーネだけだ。あの少女がいるときだけ、パネルがおかしくなる。


 ……まあ、いい。壊れたわけじゃない。


 明日、月光草の依頼を受ける。リーネと二人で。パネルが読めない相手と組むのは不安だが、一人では受理されない。臨時パーティだ。合わなければ解散すればいい。


 銀の鋤亭に戻る。期待値64の宿。月桂樹の79より15低い。だがベッドは良い、風呂がある、そして飯がまともだ。


 風呂に入った。湯が熱くて気持ちいい。期待値64の宿だが、風呂だけなら90はある。ここも加重平均だな。


 ベッドに横になる。


 今日の振り返り。灰色の粥で目覚め、害獣駆除で銀貨五枚を稼ぎ、パネルの読めない剣士と出会った。


 あの少女——リーネ。翡翠色の目。そばかす。赤銅色の髪。「合わなくてさ」と一瞬だけ止まった声。猫を見て「かわ」と声が上がった瞬間。鉄ランクの男の手を、剣にも触れず空振りさせた動き。


 前のパーティと合わなかった。何が合わなかったのかは聞いていない。聞く必要もない。臨時パーティだ。依頼が終われば解散する。


 パネルが読めない人間と一緒にいるのは、落ち着かない。


 でも——


 ラム肉は、うまかった。


 期待値68。スープの76より低い。でも、うまかった。


 それは、たぶん、気のせいだ。


 目を閉じた。

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