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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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2/8

スープの呪いと、加重平均の宿

 腹が減って目が覚めた。


 昨夜、食堂の前で見たメニューの期待値を思い出す。焼き肉68、スープ74、パン51。見なかったことにして寝たのだった。愚かだ。空腹という変数を軽視した。コンサル時代なら始末書ものだ。


 窓を開けると朝の空気が冷たい。カラトの街はもう動き出していて、石畳を荷車が転がる音と、どこかで焼くパンの匂いがする。パンの匂い。腹が鳴った。


 宿を出ると、ギルドの前にガレスが立っていた。


「来たか。行くぞ」


 ガレスが歩き出す。ついていく。銀ランクの冒険者は歩幅が大きい。小走りになる。


「まず飯だ。腹が減ってるだろう」


「なぜわかる」


「顔に書いてある。あと、昨日の夕方から何も食ってないだろう。ギルドで肉の匂い嗅ぎながらエール飲んでたくせに、何も頼まなかった」


 観察力が高い。銀ランクの冒険者は伊達じゃない。


---


 ガレスが連れて行ってくれたのは、ギルドの酒場ではなく、路地を二本入った小さな食堂だった。看板もない。入口の扉は開けっ放しで、中から油と焦げた小麦の匂いが漂ってくる。木のカウンターに丸椅子が六つ。壁にメニューが書いてある。カウンターの向こうで、腕の太い親父が無言で卵を割っていた。ガレスが入ると親父が一瞬だけ顎を上げた。常連の挨拶だ。言葉は要らないらしい。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:黒パンと目玉焼き ……… 期待値 61

 B:麦粥と干し肉 ……… 期待値 58

 C:焼きソーセージと芋の炒め物 ……… 期待値 72

────────────────────────────



 Cが72。焼きソーセージ。朝からソーセージか。悪くない。


「俺はいつもの」


 ガレスがカウンターの親父に声をかけた。「いつもの」は黒パンと目玉焼きらしい。期待値61。ガレスは61を選ぶ人間だ。


「……焼きソーセージで」


 72を取った。


 来た。鉄板の上で油が跳ねている。ソーセージが二本、こんがり焼けて皮が弾けている。付け合わせの芋が黄金色に輝いている。


 一口。


 ——うまい。


 脂の甘みが口に広がる。皮のパリッとした食感。芋は外がカリカリで中がほくほくしている。腹の底から生き返る感覚がある。


「うまいだろう」


「うまい」


「だろう。この店はな、見た目は地味だが飯はいい」


 派手なプレゼン資料ほど中身がない、というのはコンサルあるあるだったが、飯屋にも同じ法則が通じるらしい。期待値72は正確だった。この能力、なかなかやる。


---


 腹を満たしてから、ガレスの街案内が始まった。


 まず宿だ、とガレスが言った。


「昨日の宿はどこに取った」


「通りの向かいの小さいところ。銅貨三枚」


「あそこは一泊ならいいが、長く住むなら探し直せ。冒険者は拠点が全てだ。疲れて帰ってきて寝る場所がクソだと、翌日の判断力が落ちる。判断力が落ちると死ぬ」


 正論だ。コンサルの上司も同じことを言っていた。「睡眠の質がアウトプットの質を決める」。異世界でも真理は変わらない。


 ガレスが二軒の宿を案内してくれた。銀の鋤亭は石造りの堅実な外観で、窓の花壇に黄色い花が咲いていた。旅鴉の巣は木造二階建て、入口の扉が少し傾いている。壁に染みがある。ある種の味わいと言えなくもない。言えなくもないが、まあ、染みだ。


 パネルが出る。銀の鋤亭64、旅鴉の巣58。


「他にはないのか」


「月桂樹の館ってのがある。悪くはないが、俺はお勧めしない」


 通りを歩いていると、白い漆喰壁に蔦が絡まった建物が目に入った。ほんのり甘い香りが漂っている。看板に「月桂樹の館」。


 パネルが出た。79。


 銀の鋤亭より15も高い。ガレスがお勧めしないと言ったが、79だぞ。覚えておこう。宿は夕方決める。


 次は武具屋だった。


「お前、まだ貸出装備だろう。自分の武器を持て。借り物で戦うやつは、道具を信用できない。道具を信用できないやつは、ここぞで踏み込めない」


 カラトで評判の武具屋「バルドの鉄床」。薄暗い店内に鉄の匂いが充満している。壁一面に剣、斧、槍、短剣、メイスが並んでいる。


 全部にパネルが出た。



────────────────────────────

 ハンティングナイフ ……… 期待値 74

 ショートソード ……… 期待値 69

 ショートスピア ……… 期待値 62

 ロングソード ……… 期待値 55

 片手斧 ……… 期待値 51

 バスタードソード ……… 期待値 43

────────────────────────────



 ハンティングナイフが最高値。地味だ。絵面として地味だ。冒険者がハンティングナイフを腰に差して依頼に行く姿を想像してほしい。映えない。


「お客さん、冒険者かい?」


 奥からごつい腕をした店主が出てきた。禿頭に革のエプロン。腕まくりした前腕に火傷の跡がいくつも走っている。


「だったらこいつを見てくれ」


 バルドが壁から外して持ってきたのは、青みがかった刀身の両手剣だった。柄に銀の装飾。見た目は立派だ。


「ウチの自信作でね。鉄蜘蛛の糸を鍛錬に混ぜ込んである。切れ味、耐久性、バランス、どれを取っても一級品だ」


 パネルを見る。


 期待値59。


 最下位。


 バルドの一押しが、店内の全商品の中で最下位だった。


「…………」


「…………? どうした」


「いい剣ですね」


「だろう!」


「…………」


 気まずい。店主の目がキラキラしている。何ヶ月もかけて打った自信作なのだろう。だが期待値が59だ。


 たぶんこの剣が悪いのではなく、俺との相性が悪い。両手剣は今の俺の体格と戦い方に合わない。だから期待値が低い。バルドの技術の問題ではない。


 ——とはいえ。


「すみません、このハンティングナイフも見せてもらっていいですか」


 バルドの顔が曇った。自信作の前でハンティングナイフを手に取る客。鍛冶師としては堪えるだろう。


 ナイフは軽かった。手に馴染む。刃渡りは短いが取り回しがいい。昨日のゴブリン戦で使った短剣より、少し長く、少し重い。ちょうどいい。


「……こっちの方が手に合うんですが」


「マジで? ウチの鉄蜘蛛剣じゃなくて?」


 バルドは少し傷ついた顔をしたが、「まあ、合う武器が一番だ」と頷いてくれた。大人だ。


 値札を見る。銀貨三枚。今の全財産と同じだ。買えなくはないが、買ったら明日の飯が食えない。


 ガレスが横から手を出した。


「おい、それ置け。——バルド、こいつにはまだ早い。俺の余りでいいだろう」


 ガレスが腰の後ろから、使い込んだハンティングナイフを抜いた。革の鞘が擦れている。刃は手入れされているが、柄に長年の手汗の跡がある。


「予備で持ってたやつだ。鉄蜘蛛剣よりは合うだろう」


「……いいのか」


「銅の新人が武器に金使って飯が食えなくなるのは、冒険者の死因の上位三位に入る。——もらっとけ」


 受け取った。ガレスのナイフは、さっき握った店のナイフより少し重かった。だが手に馴染む。使い込まれた道具の馴染み方だ。


 バルドが「ガレス、お前また余計なことを」と苦笑していた。常連同士の気安さが見える。


---


 昼になった。ギルドの酒場に入る。


「飯にしよう。ここの昼飯は安くてそこそこうまい」


 壁のメニュー板。パネルが出る。



────────────────────────────

 ラム肉のグリル ……… 期待値 68

 川魚のフライ ……… 期待値 64

 本日のスープ ……… 期待値 76

 黒パンとチーズ ……… 期待値 60

 芋と豆の煮込み ……… 期待値 63

────────────────────────────



 スープが76。ぶっちぎり。


 ラム肉のグリルも気になるが、76と68なら76を取る。


「ご注文は?」


「本日のスープで」


 ガレスは「ラム肉」と即答していた。迷いゼロ。判断に0.5秒もかかっていない。


 スープが来た。クリーム色の液体に緑のハーブが浮かんでいる。白い湯気。


 一口。


 美味い。猛烈に美味い。根菜の甘みと鶏の出汁が溶け合って、クリームのコクが全体をまとめている。体の芯が温まる。76の説得力。文句なしだ。


 ——が。


 ガレスのラム肉がちらりと視界に入る。鉄板の上で油が跳ねている。肉汁が溢れている。あっちもうまそうだ。まあ、68だけど。


 明日もスープが最高値だろう。明後日も。メニューが変わらない限り、毎日スープを選ぶことになる。


 冒険者が昼食に毎日スープ。なかなかの絵面だが、76なんだから仕方ない。


---


 午後、ガレスと街を歩いた。


 薬屋は香草の匂いが充満していて、棚に並んだ瓶の一つ一つにパネルが出た。回復薬68、解毒薬72、気付け薬55。冒険者に必要な基本セットをガレスが選んでくれた。「ケチるなよ。薬をケチって死んだやつを三人は知ってる」。説得力がある。


 道具屋は雑然としていた。ロープ、火打ち石、携帯食料、地図、ランタン。必要なものが多い。パネルがひっきりなしに出る。全部に数字がつく生活は、情報量が多い。だが便利だ。迷わなくて済む。


 ギルドの掲示板の読み方を教わった。


「銅ランクの依頼は青い紙。鉄が白。銀が赤。金は黒だ。黒い紙は見るだけ見とけ。いつか取れるようになる」


 噴水のある広場に出た。午後の陽が石畳を温めている。猫が三匹、日向ぼっこしていた。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 三毛猫 ……… 期待値 41

 灰色の猫 ……… 期待値 39

 黒猫 ……… 期待値 56

────────────────────────────



 猫にも出るのかよ。


 黒猫が最高値。近づいてみた。黒猫はこちらをちらりと見て、尻尾を一振りして去った。


 56を信じて近づいたのに。猫にフラれた。期待値とは。


 ガレスが隣のベンチに座って、木の欠片を小刀で削っていた。何かの形を彫っている。


「お前さ、さっきから何を見てるんだ。宿でも武器でも飯でも猫でも、じーっと何かを見てから決めてるだろう」


 心臓が跳ねた。


「……前の仕事の癖だ。何でも分析してから判断する」


「ふうん。——まあ、悪い癖じゃないけどな」


 ガレスは木片を削りながら続けた。


「ただな、この仕事を長くやってると分かるんだが。銘板の素材が銀でも金でも、死ぬやつは死ぬ。分析が得意でも、計算が速くても、死ぬときは死ぬ」


 削りカスが地面に落ちる。さっきの猫が寄ってきて匂いを嗅いでいた。


「逆に、銅のままでずっと生き残ってるやつもいる。計算なんかしない。頭も良くない。でも、勘がいいんだ。理屈じゃなくて、体で分かるやつ。ああいう連中は強いぞ」


「ガレスはどっちだ?」


「俺か? 俺はどっちでもねえよ。ただのしぶとい中年だ」


 笑った。ガレスも笑った。削りかけの木片を陽にかざした。小さな動物の形になりかけている。犬か、狐か。


「数字の外にあるもんを、たまには見たほうがいい。——まあ、酔っ払いの説教だと思って聞き流せ。酔ってないけどな」


---


 夕方、ギルドに戻った。


 掲示板の前で、ガレスが一枚の依頼書を指した。


「これ、見たか」


 月光草の採取依頼。報酬、金貨十五枚。


「金貨十五枚? 薬草の採取で?」


「おかしいだろう。薬草にしちゃ報酬が高すぎる。たぶん何かある。場所は北の森の奥、鍾乳洞の手前だ。最近、あのあたりの生態がおかしいって噂がある」


 パネルが出た。月光草の依頼の期待値——


 74。


 高い。普通の採取依頼なら50前後が相場だ。74は何かがある。


「銅ランクで受けられるのか?」


「一人じゃ無理だろうな。パーティ推奨になるはずだ。——まあ、覚えておけ。俺は近いうちに別の依頼で街を離れるから、一緒には行けないが」


 ガレスが街を離れる。


 それはそうだ。銀ランクの冒険者がいつまでも銅の新人に付き合っている理由はない。


「今日はありがとう。助かった」


「礼はいい。お前が早く鉄になれば、一緒に仕事ができる」


 ガレスが手を上げて去っていった。大きな背中。銀の銘板が夕日を反射していた。


---


 さて、宿だ。


 今朝、宿を回った。銀の鋤亭64、旅鴉の巣58。そして、ガレスがお勧めしないと言った月桂樹の館が79。ガレスの忠告は気になるが、79は79だ。今日一日、期待値に従って全部うまくいった。ソーセージも、ナイフも、スープも。


 79を信じない理由がない。


 月桂樹の館の扉を開ける。あの甘い香り。カウンターの奥に立つマーレンの笑顔が迎えてくれた。亜麻色の髪を緩く編み込んで、琥珀色の目。柔らかな笑み。


「おかえりなさいませ。お泊まりですね?」


「朝食付きで」


 銀貨二枚。全財産が吹き飛んだ。でも79だ。


 部屋は良かった。広くて清潔で、窓からカラトの夜景が見える。ベッドも柔らかい。79の説得力。


 ——これは当たりだ。


 明日の朝食が楽しみだ。期待値79の朝食。どんなものが出てくるのか。


 目を閉じた。

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