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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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11/11

ちゃんと話さなかったけど

 街道警備の依頼を受けた。


 結晶鱗竜は銀パーティが討伐したが、竜が暴れた影響で周辺の生態系がまだ落ち着いていない。洞窟を追い出された小型の魔獣が街道沿いに散っていて、商隊の安全が確保できない。ギルドは鉄ランク以上の冒険者に街道の巡回警備を依頼していた。


 カラトの北門から鍾乳洞方面の街道まで、往復で丸一日。それを三日間繰り返す。日中は街道を歩いて目視で確認、夜は街道沿いの休憩所で野営。派手な依頼ではない。パネルの期待値は72。安定した数字だ。


---


 一日目。


 朝の街道は静かだった。石畳ではなく、土を踏み固めただけの道。轍の跡が乾いた泥に残っている。道の両側は丈の低い草地で、ところどころに灌木が茂っている。見通しはいい。


 リーネが隣を歩いている。剣を腰に差して、ときどき道の脇をきょろきょろ見ている。


「何探してるんだ」


「んー、野いちごとか生えてないかなって」


「依頼中だぞ」


「歩きながらでも探せるっしょ」


 結局、野いちごは見つからなかった。代わりに道の脇に蜥蜴がいた。リーネが足を止めて見ている。


「こいつ魔獣?」


「ただの蜥蜴だろう」


「だよね。かわいい」


 パネルには何も出ない。蜥蜴に期待値は出ない。脅威でもなければ選択肢でもないから。


 午前中は何も起きなかった。街道を歩き、すれ違う商人に声をかけ、「魔獣は見ましたか」と聞く。「今日は見てないね」。それだけ。


 昼過ぎ、街道の脇の岩場に小型の魔獣の巣穴を見つけた。穴の周りに爪痕がある。パネルが出た。



────────────────────────────

 巣穴を調べる ……… 期待値 65

 通過する ……… 期待値 71

────────────────────────────



 通過の方が高い。巣穴を突いて魔獣を刺激するより、位置を記録してギルドに報告する方がいい。


「記録だけして進むぞ」


「了解」


 巣穴の位置を地図に書き込む。リーネが穴の大きさを目測で測り、「こぶし三つ分くらい? 小さいね」と言った。


 そういう観察力は、リーネの方が上だ。俺はパネルで数字を見ているが、穴の大きさを目で測ることはしない。


---


 夕方、街道沿いの休憩所に着いた。石造りの小屋と、焚き火用の石組みだけがある簡素な場所。屋根はあるが壁は半分しかない。風が通る。


 リーネが薪を集め、俺が火を起こした。暗くなるのが早い。冬が近づいている。


 リーネが飯を作った。干し肉と根菜を鍋に放り込んだだけの雑な煮込み。


「料理できるのか」


「できるよ。切って入れて火にかけるだけだけど、立派な料理っしょ」


 食べた。味は薄い。でも温かい。野営で食べる温かいものは、それだけで価値がある。


 飯を食い終わって、焚き火の前で座っている。やることがない。依頼の報告書を書き終えると、もうやることがなかった。


 リーネは剣の手入れをしていた。布で刃を拭いて、鞘に戻して、また抜いて拭く。丁寧な手つき。剣を振るときの大雑把さとは別人のようだ。


「毎日やるのか、それ」


「毎日。父親がうるさかったから。『剣は相棒だ、手入れを怠るな』って。もう癖になっちゃった」


「父親も冒険者か」


「うん。もう引退したけどね。田舎で母さんと暮らしてる」


 リーネの口から家族の話が出たのは初めてだった。


「たまに手紙書くんだけどさ、あたし字が下手だから、いつも短くなっちゃう」


「何て書くんだ」


「『元気です。ごはん食べてます』。大体それ」


「短いな」


「だって元気だし、ごはん食べてるし。嘘じゃないっしょ」


 焚き火が爆ぜる。火の粉が闇に散って、一瞬だけ星と見分けがつかなくなる。


---


 二日目。


 午前中、街道の曲がり角で大型のトカゲに遭遇した。オオトカゲほどではないが、商人が一人で出くわしたら逃げるくらいの大きさ。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 戦闘で排除 ……… 期待値 78

 威嚇して追い払う ……… 期待値 72

────────────────────────────



「追い払えばいい。殺す必要はない」


「あいよ」


 リーネが剣を抜いて、トカゲの前で地面を叩いた。金属が石に当たる音がびりびりと響く。トカゲが首を振って、草地の奥に走っていった。


「簡単っしょ」


「ああ」


 パネルは78の方が高かったが、72の「追い払う」を選んだ。理由は——特にない。殺す必要がないと思ったから。リーネも追い払うつもりで動いていたから。


 78と72の差は6ポイント。この6ポイントに何が含まれているのか、考えなかった。


---


 二日目の夜。


 焚き火の前で飯を食いながら、リーネが聞いてきた。


「ねえ、ハルト」


「ん」


「あんたってさ、冒険者になる前は何してたの?」


 聞かれたのは初めてだった。出会った日に俺がリーネに「前の街を出た理由は?」と聞いて、リーネは「合わなくてさ」で流した。あれ以来、互いの過去には踏み込まない暗黙のルールができていた。


「……普通に働いてた。分析の仕事」


「分析?」


「数字を扱う仕事だ。データを見て、最適な判断を提案する」


「へえ。今と似てるね」


「似てるかもな」


「好きだった? その仕事」


 考えた。好きだったか。


「……得意ではあった」


「好きかどうかは?」


「考えたことなかった」


 リーネが少し黙った。焚き火の光が翡翠の目に揺れている。


「あたしはさ、剣を振るのが好きなんだよね。理由はないよ。気づいたら好きだった。たぶん最初は、父親が剣士だったからだけど。今はもう、好きだから振ってるだけ」


「シンプルだな」


「シンプルっしょ」


 リーネが枝で焚き火をつついた。火の粉が舞った。


「——でもさ、前のパーティじゃ、それが駄目だったんだよね」


 声のトーンは変わらなかった。焚き火の前の雑談の延長のまま。でも目が火を見ていて、こっちを向かなかった。


「ちゃんと話さなかったけどさ。合わなかったっていうか——あたしのやり方が、駄目だったの」


 俺は黙って聞いた。


「リーダーがさ、すごい人だったの。頭が良くて、作戦を立てるのがうまくて。あの人の言う通りにやれば、大体うまくいった」


 リーネの声は淡々としている。怒っているのでも悲しんでいるのでもなく、ただ過去の話をしている。


「でもあたし、言う通りにやるのが苦手でさ。体が先に動いちゃうから。右って言われても、なんか違う方がいい気がしたらそっちに行っちゃう」


 ロックバイパー戦を思い出した。俺が「左から」と言いかけたのに、リーネは右に行った。蛇の右目の濁りを見抜いて。


「あたしのやり方じゃダメだって言われた。もっと言うこと聞くやつが欲しかったんだと思う」


 枝が折れて、焚き火に落ちた。ぱちん、と小さな音がした。


「正しかったんだろうね、あの人は。連携のこと考えたら、指示通りに動く人間の方がパーティは安定する。あたしがいると計算が狂うって、そう言われたら——まあ、そうだろうなって」


「……お前はどう思ったんだ」


「どう思ったか?」


 リーネが少し考えた。


「正しかったんだろうね、あの人は。でもあたしは、あの正しさが苦手だった」


 苦手。嫌いではなく、苦手。


「自分が間違ってるって分かってるのに、体が動いちゃうの。止められないの。それが嫌で、でも止めたら自分じゃなくなる気がして。——だからギルドごと辞めた。逃げたって言われたら、まあそうかもしれない」


 リーネは笑わなかった。笑い飛ばすには少し近すぎる話だったのかもしれない。


 俺は黙って聞いていた。


 ——正しさが苦手だった。


 正しい判断をする人間の隣にいて、自分のやり方が「正しくない」と扱われることが。


 それは。


 俺がパネルでやっていることと、何が違うのか。


 答えは出ない。出ないが、一つだけ言えることがあった。


「俺はお前がいなきゃ鉱夫を助けられなかった」


 リーネが顔を上げた。


「まあね」


 少し笑った。いつものリーネの笑い方だった。泣きそうでもなく、強がりでもなく。ただ「まあね」。


「——ありがと、聞いてくれて」


「別に何もしてない」


「聞いてくれるだけでいいんだよ、こういうのは」


 焚き火が小さくなっていた。薪を足す。リーネが膝を抱えて火を見ている。そばかすの影が揺れている。


 虫の声が遠くに聞こえる。星が多い。風が冷たくなってきた。冬が近い。


---


 三日目。


 最終日の巡回は穏やかだった。小型の魔獣を二匹ほど追い払い、巣穴を一つ記録した。リーネは昨夜のことを引きずっていなかった。いつも通り、道端の花を見たり、虫を避けたりしている。


 午後、帰路の途中でリーネが足を止めた。街道脇の茂みに何かいる。


「……猫?」


 野良猫だった。灰色の毛並み。痩せている。リーネが屈んで手を差し出すと、猫が少しだけ近づいて、匂いを嗅いで、逃げた。


「あー、惜しい」


「依頼中だぞ」


「わかってるって」


 立ち上がって歩き出したが、三歩進んで振り返った。猫はもういなかった。


「今度、干し肉持ってこよ」


「依頼中に猫に餌をやるな」


「依頼が終わってからでしょ。次来たとき」


 次来たとき。次もこの街道を歩くつもりでいる。俺たちが、一緒に。


---


 カラトに戻る前の最後の野営。リーネがまた煮込みを作った。今度は塩を多めに入れていた。


「昨日薄かったから」


「一昨日な」


「細かいな」


「美味いよ」


「でしょ」


 リーネが得意そうに笑う。煮込みを食べながら、星を見ている。


「ねえ、ハルト」


「ん」


「あたしの剣のやり方、このパーティでも駄目だったら——」


「駄目じゃない」


 即答していた。パネルは出ていない。


 リーネが少し目を丸くした。


「……即答だね」


「ロックバイパーのとき、お前が右に行ったから勝てた。鉱夫の救出のときも、お前がいたから成功した。お前のやり方が駄目だったことは、一度もない」


 言ってから、少し恥ずかしくなった。長く喋りすぎた。


 リーネは黙っていた。しばらく黙って、それから鍋の煮込みをもう一口すくった。


「……おかわりいる?」


「もらう」


 煮込みは温かかった。


---


 カラトに戻った。


 ギルドに報告を済ませ、報酬を受け取る。三日間の街道警備、特記事項なし。巣穴三箇所、小型魔獣の排除五匹。地味な報告書だ。


 受付のカウンターを離れようとしたとき、リーネが立ち止まった。


「ねえ、ハルト」


「ん」


「あたしたちさ、ちゃんとパーティ組まない? 臨時じゃなくて」


 振り返る。リーネはいつもの顔をしていた。特別な表情ではない。ラム肉を頼むときと同じ顔。迷いゼロ。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 リーネとパーティを組む

 ……… 期待値 7█.█——4█

       ??.█——██.3——??——

────────────────────────────



 バグっている。数値が跳ね回っている。出会った日からずっとそうだ。リーネに関する期待値は、一つの数字に定まらない。


 ——知ってた。


「……やっとか、って言わないのか」


「何それ」


「お前が言いそうだと思った」


「やっとか」


 リーネが笑った。


---


 ギルドで正式にパーティ登録をした。


「パーティ名はいかがしますか?」


 受付嬢がペンを持って待っている。


 リーネと顔を見合わせた。


「……決めてない」


「あたしも」


「後日届け出でも構いませんよ。——では、パーティリーダーは?」


「俺です」


 自然に出た。リーネが「どうぞ」と促す。


 書類にサインする。ハルトとリーネ。鉄ランクの二人パーティ。名前なし。


 受付嬢が書類を受け取って、「承認します」と言った。


 リーネが鉄の銘板を袖で磨いていた。磨いても光らないやつ。でも嬉しそうだった。


---


 ギルドを出ると、夕方の風が吹いていた。カラトの街が夕日に染まっている。市場の片付けが始まっていて、果物屋のおばさんが声を上げている。


「飯、食いに行くっしょ」


「ああ」


 ギルドの酒場に入る。パネルが出た。スープ76、ラム肉68。


「……スープで」


「あたしラム肉!」


 いつも通りだ。


 スープが来た。美味い。いつも通りに美味い。リーネのラム肉がちらりと視界に入る。いつも通り。


 でも今日は、なんとなくいつもの「いつも通り」とは違う気がした。


 パーティを組んだからかもしれない。正式に。臨時じゃなくて。


 リーネがラム肉を頬張りながら「明日さ、何の依頼受ける?」と聞いてくる。


「……まだ見てない」


「え、珍しいね。いつも先に決めてるのに」


 そうだな。珍しい。


 夕暮れのカラトの街。ギルドの酒場は賑やかで、冒険者たちの声が響いている。その中で、俺たちは向かい合って飯を食っている。スープとラム肉。


 明日の依頼は、明日考えよう。


 今はこのスープが温かい。それでいい。


---


第1巻・了


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