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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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10/11

リーネの寄り道

 依頼の幅が広がると、朝の過ごし方が変わる。


 以前は掲示板の前に立って青い紙を三枚見比べるだけだった。今は白い紙が十枚以上並んでいる。パネルが依頼ごとに期待値を浮かべる。69、73、58、71、65……。目が数字を追う。頭の中で組み合わせを回す。


 リーネが隣で欠伸をした。


「アンタ、いつも掲示板の前で固まるよね」


「考えてるんだ」


「考えすぎっしょ。面白そうなのを取ればいいじゃん」


 面白そうなの。パネルは期待値を出す。目的を変えれば数字も変わることは覚えた。だが「面白いかどうか」を目的にしたことはない。そもそも、面白さの期待値って何だ。


「……これにする。森林地帯の魔獣駆除」


「またそれ系?」


「期待値が——条件がいい」


 リーネは掲示板をちらっと見て、全然別の依頼を指した。「これも面白そうじゃない? 山の向こうの村のお祭りの警備だって。報酬安いけど、お祭りだよお祭り」


「……森林地帯の魔獣駆除にする」


「はいはい」


 リーネは「ふうん」と言って、もう一度欠伸をした。


---


 街道を歩く。森林地帯の依頼先までは半日ほどかかる。朝のカラトを出て、北門から街道に入り、丘を越えて森に向かう。


 天気がいい。風がぬるくて、道端に黄色い花が咲いている。リーネが花を横目で見たが、今日は足を止めなかった。代わりに道端の石を蹴りながら歩いている。


「ねえ、ハルト」


「ん」


「アンタってさ、休みの日とか何してるの?」


「休みの日?」


「依頼がない日。あるっしょ、たまには」


 考えた。依頼がない日。パネルで翌日の依頼の下調べをしたり、装備の手入れをしたり、ギルドの掲示板を確認したり。


「……準備をしてる」


「準備」


「次の依頼の」


「それ休みって言わないっしょ」


 リーネが呆れた顔をした。


「あたしはね、休みの日は街をぶらぶらする。市場で果物買って食べたり、猫探したり。この前、路地裏で子猫見つけてさ——」


 猫の話が始まった。路地裏の子猫が三匹いて、一匹だけ灰色で、その灰色の子が一番人懐っこくて、でも触ろうとすると逃げる、という話。リーネは猫の話になると声が高くなる。本人は気づいていない。


「——で、次の日また行ったらさ、灰色のやつだけまだいて。あたしの顔覚えてたのか、逃げなかったの。ちょっとだけ撫でさせてくれた」


「よかったな」


「うん。——ハルトも今度一緒に来なよ。猫、いいよ」


「猫の期待値は56だった。フラれたんだが」


「あはは、何それ」


 リーネが声を出して笑った。何がそんなにおかしいのかわからないが、笑っている。こいつの笑い方は、いつも突然で、全力だ。


---


 二時間ほど歩いたところで、街道の脇に煙が見えた。


 小さな焚き火。その横に、一人の少年が座っていた。


 十四、五歳くらい。麻の服に革のブーツ。装備は粗末で、腰にあるのはナイフとも言えないような小刀だけ。膝の上に広げた布に、摘みかけの薬草が数本置いてある。銘板が首から下がっていた。銅。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 少年を手伝う ……… 期待値 23

 依頼に向かう ……… 期待値 81

────────────────────────────



 23と81。


 面倒だな、と思った。


 一瞬だけ。本当に一瞬だけだが、最初に浮かんだ感情がそれだった。


 81を選ぶ。当然だ。俺たちには自分の依頼がある。


 ——足が止まった。


 リーネが、もう歩き出していた。


「ちょっと見てくるね」


 少年の方に向かって歩いている。振り返らない。俺に許可を求めていない。ただ歩いている。


 さっきまで猫の話をしていた足が、そのまま少年の方に向いている。切り替えるとか、決断するとか、そういう重さがない。ただ、困っている人間が目に入ったから歩いていった。それだけ。


 リーネの背中が遠くなる。赤銅色の髪が日差しに光っている。


 ——まあいい。少し遅れたところで、81が80になる程度だ。


 付いていった。


---


「何採ってるの?」


 リーネが少年の横にしゃがみ込んだ。少年はびくりと顔を上げた。人見知りなのか、目が泳いでいる。


「あ、えっと……薬草、です。アゼリア草の採取依頼を——」


「アゼリア? あー、あの青っぽいやつ。どれだけ採るの?」


「二十束なんですけど、まだ七束しか……」


 布の上の薬草を見た。七束。確かに少ない。ただ、数は少ないが一本一本は丁寧に摘んである。


「あたしも昔、薬草採取やったなー。コツがあるんだよね。根元から引くんじゃなくて、土ごと指で掘り起こす感じ」


「あ、はい……でもあたし——僕は、祖母に教わったやり方しか知らなくて」


「どんなやり方?」


 少年が教わった方法を話し始めた。祖母が山で薬草を摘んでいたこと。葉の裏を見て鮮度を確かめること。朝露が乾く前に採った方が長持ちすること。


 リーネは黙って聞いていた。「へえ」とか「そうなんだ」とか相槌を打ちながら、本当に感心している顔をしている。作り笑いではない。少年の祖母のやり方に、本気で興味を持っている。


 俺は二人の少し後ろに立って、黙って聞いていた。


---


 結局、三人で薬草を採った。


 少年の祖母のやり方は、効率は悪いが丁寧だった。土ごと掘り起こして、根を傷つけないようにそっと持ち上げる。時間はかかるが、茎が潰れない。


 リーネがそのやり方を真似していた。不器用な手つきで土を掘りながら「難しいね、これ」と笑う。少年が「ここを持つといいですよ」と教える。さっきまで目が泳いでいた少年が、教える側になった瞬間、声がしっかりした。


 リーネはそれに気づいている。わざと下手にやっているわけじゃない。本当に不器用なのだ。剣を振るう手は正確なのに、薬草を掘る手は不器用。でもその不器用さが、少年の得意を引き出している。


 一時間ほどで二十束が揃った。


 少年は何度も頭を下げた。


「あの、本当にありがとうございます。僕一人じゃ、たぶん明日までかかってて——」


「いいっていいって。ねえ、あんた一人で冒険者やってるの?」


「はい。パーティの募集もしたんですけど、なかなか……」


 そうだろうな、と思った。装備は粗末で、動きも遅い。パネルで見なくても——


 ……まあ、いい。


「祖母ちゃんの薬草の話、すごいね。あたし知らないことばっかだった」


 リーネが少年に笑いかけた。少年が少し顔を赤くして「祖母に教わっただけなので」と小さく言った。


「教わったことって、自分の力っしょ。大事にしなよ」


 リーネの声は軽い。説教でも激励でもない。思ったことをそのまま言っただけ。でも少年の目が少し変わった。うつむいていた顔が、少しだけ上を向いた。


 俺はその会話を聞きながら、何も言わなかった。


---


 少年が「ありがとうございました」と走っていった。小さな背中が街道の向こうに消えていく。


「いい子だったね」


「ああ」


「薬草の話、面白かったっしょ? 朝露が乾く前に採るとかさ、あたし知らなかった」


「俺もだ」


「今度薬草の依頼受けたら、試してみよっと。朝早起きしなきゃだけど」


「お前、朝弱いだろ」


「うるさいな。やる気の問題っしょ」


 歩き出す。森林地帯の依頼先に向かう。リーネが前を歩いている。さっきまでの寄り道が嘘のようにテンポが戻る。


 リーネは歩きながら、さっきの少年の薬草の持ち方を手で真似していた。「こう? 違うな、こうかな」と指を動かしている。誰に見せるわけでもなく。


---


 森林地帯の魔獣駆除は、手際よく片付けた。パネルで最適な侵入ルートを選び、魔獣の巣を特定し、リーネとの連携で掃討。いつも通りのテンポだ。見る。選ぶ。当たる。


 帰路、日が傾いていた。予定より一時間遅くなった。寄り道の分だ。


 だが依頼は完了している。報酬は満額出る。一時間の遅れは、結果には影響しなかった。


---


 夜。銀の鋤亭。


 ベッドに横になって、天井を見る。


 今日の少年のことを考える。あの子がこの先どうなるかは分からない。パーティが見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。薬草採取を続けるかもしれないし、冒険者を辞めるかもしれない。


 俺にできることは何もない。今日手伝ったのは、リーネが歩き出したから付いていっただけだ。


 リーネは、ああいう人間なんだろう。期待値が23でも、目の前に困っている人間がいたら歩いていく。「教わったことは自分の力」と、会ったばかりの少年に自然に言える。少年の不器用な知識を「すごいね」と本気で面白がれる。あいつにとってはそれが普通で、特別なことだとも思っていない。


 パネルが視界の端にちらつく。明日の依頼の選択肢が並んでいる。73か。68か。


 明日もまた、数字を見て選ぶ。そういう一日が始まる。


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