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めっちゃベターでベストな異世界転生 〜外れなさすぎる俺の選択が、いちばん大事なものだけ外していく〜  作者: 乾心
第1巻

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1/7

死因:タピオカ、スキル:期待値

 死因がトラックじゃなかった。


 ウーバーイーツだった。


 三日連続の徹夜明け。クライアント先から出たオフィスの前でふらついて、車道との境目を踏み越えたところに電動アシスト自転車が突っ込んできた。背中のあのデカい四角いバッグ。よりによって中身はタピオカミルクティーだった。タピオカに殺される人生って何だ。


 ——まあ、それはいい。


 今の問題は、俺が見知らぬ草原のど真ん中で仰向けになっていることだ。


 空が広い。青すぎる。東京にこんな空はない。雲が低くて近い。風が草を撫でる音がして、どこかで鳥が鳴いている。土の匂い。干し草の匂い。排気ガスの匂いが一切しない。


 身体を起こす。手が若い。二十八歳の手じゃない。もっと細くて、関節がまだ硬い。十代か。


 視線を落とす。見覚えのない服。麻っぽい素材のチュニック。茶色い革のズボン。ブーツ。


 まあ、つまり、そういうことだ。


 いちいち取り乱さないのは、別に肝が据わっているからじゃない。前世で「想定外のことが起きたとき、パニックしても期待値は上がらない」と叩き込まれただけだ。コンサルの教育は異世界でも有効らしい。


 立ち上がる。膝の裏の草がくすぐったい。


 そのとき——


 視界の右上に、何か出た。


---


 半透明の、パネル。


 スマホの通知みたいに、でもスマホより洗練されている。薄い青色の光。文字が浮かんでいる。



────────────────────────────

 A:北に向かう ……… 期待値 72

 B:南に向かう ……… 期待値 38

 C:その場で待つ ……… 期待値 15

────────────────────────────



 は?


 目をこする。消えない。手で触ろうとする。すり抜ける。


 目を閉じる。消える。目を開ける。出る。


 ——UIだ。


 期待値。選択肢。数値。


 コンサル時代に飽きるほど見たやつだ。案件ごとに選択肢を洗い出して、期待値を試算して、クライアントにプレゼンする。あれが、目の前に、勝手に出ている。


 ただし、何の期待値なのかは書いていない。


 生存率? 利益? 幸福度?


 わからない。わからないが、72と38と15なら、72を選ぶ。


 それが期待値というものだ。


 北に向かって歩き出す。草が膝を打つ。風が気持ちいい。


 パネルがすっと消えた。


---


 三十分ほど歩くと、道に出た。


 轍がある。馬車が通った跡だ。道に沿ってさらに北に進むと、やがて木造の門が見えてきた。門の前に革鎧の男が二人、槍を持って立っている。


 街だ。


 門の前で止まると、槍の男が面倒くさそうに手を出した。


「銘板」


 意味がわからない。


 すると、パネルが出た。



────────────────────────────

 A:「持っていない」と正直に言う ……… 期待値 81

 B:知ったふりをする ……… 期待値 22

 C:逃げる ……… 期待値 3

────────────────────────────



 逃げるが3。そりゃそうだ。


「持ってない」


「はあ? ——ああ、流民か。ギルドに行け。裏門入って突き当たりを右」


 素っ気ない。でも通してくれた。期待値81は伊達じゃない。


---


 街の中。石畳。建物は木と石の混合。二階建てが多い。洗濯物が窓から垂れている。人がそこそこ歩いている。獣人もいる。犬っぽい耳の少女が荷車を引いていた。肉を焼く匂いが路地から漂ってくる。腹が減った。


 突き当たりを右。


 大きな建物。木の看板に、剣と盾の紋章。まあ、ギルドだろう。


 重い扉を押して入る。


 中は広い。酒場と事務所が合体したような空間。テーブルで飯を食っている連中がいる。奥にカウンター。壁一面に紙が貼ってある。依頼書だろう。


 カウンターに向かう。


 受付は二十代前半くらいの女性。亜麻色の髪をひとつに結んでいる。事務的な笑顔。


「冒険者登録ですか?」


「たぶん」


「たぶん?」


「登録したい」


「では銘板の発行から。右手をここに」


 カウンターに金属製の台座がある。手を置く。光る。温かい。


 三秒で終わった。


 台座の上に、手のひらサイズの薄い銅色のプレートが残った。


「はい、あなたの銘板です」


 受け取る。


 銘板に文字が浮かんでいた。


---


 職種:冒険者


---


 それだけ。「冒険者」の三文字。数値もランクも書いていない。ただ「冒険者」。


 受付が銘板を一瞥した。


「銅の銘板ですので、受けられる依頼は銅ランクのものになります。依頼はあちらの掲示板から選んでください」


「ランクはどう上がるんですか」


「依頼の実績を積んで、上位の冒険者かギルド支部長の推薦を受けて、申請していただく形です。素材が銅から鉄、銀、金と変わっていきます。……数値ではありませんが、まあ、素材が全てですね」


 最後の一言だけ、目が笑っていなかった。どの世界でも選別の基準は同じらしい。


「がんばってくださいね」


 丁寧だが、目が「がんばってね(棒)」と言っている。銅の銘板はそういう扱いらしい。


---


 掲示板の前に立つ。銅ランク向けの依頼は三枚あった。


 ——薬草採取。報酬、銅貨五枚。


 ——井戸の清掃。報酬、銅貨三枚。


 ——ゴブリン討伐(カラト北の森・推定三体)。報酬、銀貨一枚。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:薬草採取 ……… 期待値 40

 B:井戸の清掃 ……… 期待値 35

 C:ゴブリン討伐 ……… 期待値 78

────────────────────────────



 ゴブリン討伐が78。


 薬草採取より高い。


 銅ランクの新人にとって、ゴブリンと戦うほうが薬草を摘むより期待値が高い。普通に考えたらおかしい。でもこの能力がそう言っている。


 青い紙を一枚、剥がす。


 後ろで誰かが笑った。


「おい、銅の新人がゴブリン取ったぞ」


「マジかよ。死ぬぞあいつ」


 聞こえている。聞こえているが、期待値78だ。


 受付に依頼書を持っていく。


「——ゴブリン討伐、ですか?」


 彼女は一瞬だけ目を見開いた。でもすぐに事務的な顔に戻った。


「お気をつけて。場所はカラト北門を出て森に入り、獣道を東に二十分ほど。最近ゴブリンが巣を作ったと報告があります。推定三体ですが、増減の可能性はあります」


「装備は?」


「……お持ちでないなら、入口横の貸出棚に銅ランク用の基本装備があります。返却制です」


 貸出棚。短剣が一本と、革の胸当て。盾はない。


 短剣を腰に差す。胸当てを着ける。


 これで銅ランクの冒険者の出来上がりだ。


---


 北門を出て、森に入った。


 空気が変わる。湿っている。苔の匂い。木漏れ日が地面にまだら模様を描く。鳥の声が遠くなった。


 獣道を東に進む。


 十五分ほど歩いたところで、パネルが出た。



────────────────────────────

 A:獣道を直進 ……… 期待値 30

 B:右の斜面を登る ……… 期待値 84

 C:左の茂みに入る ……… 期待値 12

────────────────────────────



 直進が30。右の斜面が84。


 つまり正面から行くな、ということだ。


 右の斜面は低い丘になっている。木が疎らで、上まで登れば向こう側が見渡せそうだ。


 登る。土を掴み、根を踏み、息を切らして丘の上に出る。


 ——見えた。


 丘の向こう側。窪地に、粗末な小屋が三つ。焚き火の跡。骨が散らばっている。


 ゴブリンが四体いた。


「推定三体」じゃなかった。四体。


 一体は他より大きい。頭一つ分。手に棍棒を持っている。他の三体は素手か、石を握っている程度。


 上から見ている。向こうは気づいていない。風は俺の背中から吹いている。匂いも届かないはずだ。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:丘の上から石を投げて注意を引く ……… 期待値 55

 B:丘を下りて背後から奇襲する ……… 期待値 61

 C:小屋に火をつけてから逃げるゴブリンを一体ずつ仕留める ……… 期待値 89

 D:ギルドに戻って報告する ……… 期待値 28

────────────────────────────



 Cが89。


 火をつける。混乱させる。逃げてきたところを各個撃破。


 正面から四体相手は無理だ。奇襲しても、銅ランクで四体を相手にした時点で分が悪い。でも火でパニックを起こせば、散り散りになる。一対一なら——やれるかはわからないが、期待値89がそう言っている。


 周囲を見回す。枯れ枝。枯れ葉。丘の裏手に乾いた下草が密集している場所がある。


 短剣を抜く。鞘の金具と石を打ち合わせる。火花。何度かやって、枯れ葉に火がついた。


 枝に火を移す。即席の松明。


 丘を迂回して、風下に回り込む。小屋の裏手。藁と木で組んだ粗末な壁。


 松明を投げた。


 乾いた藁が一瞬で燃え上がった。


 ——悲鳴。


 甲高い、耳障りな声。ゴブリンたちが飛び出してくる。火が二つ目の小屋に移る。煙が上がる。風が煙を窪地に押し込む。


 視界が悪い中、ゴブリンが散った。


 一体が俺のいる方向に走ってきた。小柄なやつ。石を握っている。目が回っている。煙で前が見えていない。


 短剣を構える。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:正面から斬りかかる ……… 期待値 65

 B:木の陰に隠れてやり過ごし背後から一撃 ……… 期待値 91

────────────────────────────



 木の幹に背中を押しつける。息を殺す。


 ゴブリンが走り抜ける。


 その背中に、短剣を突き立てた。


 感触。刃が肉に沈む重さ。生き物を刺した手応え。ゴブリンが短い悲鳴を上げて倒れた。


 ——吐きそうだ。


 でも止まるな。


 二体目。煙の中から、咳き込みながら出てきた。こいつも小柄。パネルが出る。同じだ。隠れて、やり過ごして、背後から。


 期待値91。


 三体目。


 四体目——大きいやつ。棍棒のやつ。


 こいつは違った。


 煙の中から出てきた瞬間、周囲を警戒していた。目が据わっている。パニックになっていない。仲間の死体を一瞥して、鼻を鳴らした。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:背後から奇襲 ……… 期待値 41

 B:上方の枝から飛び降りて首を狙う ……… 期待値 73

 C:罠を仕掛けて待つ ……… 期待値 80

────────────────────────────



 背後からの奇襲が41まで落ちた。こいつは警戒している。同じ手は通じない。


 罠。80。


 さっき三体目を倒した場所の近くに、ゴブリンが張っていたらしい細い蔓のロープがあった。獣用の罠の残骸だ。


 拾う。木と木の間に低く張る。膝の高さ。


 それから、わざと枝を踏んだ。


 音。大きいゴブリンの耳がこちらを向く。棍棒を構えて突進してきた。


 地面が見えていない。


 蔓に足を取られて、前のめりに倒れた。棍棒が手から離れる。


 俺は飛び出した。背中に乗る。首の後ろに短剣を押し込む。


 暴れる。力が強い。振り落とされそうになる。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:刃を押し込み続ける ……… 期待値 88

 B:離れて体勢を立て直す ……… 期待値 19

────────────────────────────



 離れたら終わりだ。


 体重をかける。両手で柄を押す。腕が震える。ゴブリンの動きが弱くなっていく。


 やがて、止まった。


 俺は地面に転がり落ちて、しばらく空を見上げていた。


 青い空。煙が流れていく。


 心臓がうるさい。手が血で濡れている。


 ——四体。


 銅ランクの新人で、四体。


 勝った。


---


 ギルドに戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。


 カウンターに討伐の証拠——ゴブリンの耳を四つ並べた。


 受付の女性が数えた。


「四体? 報告では三体でしたが」


「一体多かった」


「……怪我は?」


「ない」


 嘘じゃない。擦り傷はあるが、怪我というほどじゃない。


 彼女は少し黙って、それから銀貨三枚と銅貨二枚をカウンターに置いた。


「四体分です。推定三体のところ四体。——銅ランクで単独討伐。報告書に記録しますね」


 その声に感情が混じった。驚き、かもしれない。


 後ろのテーブルから声が飛ぶ。


「おいおい、銅の新人が帰ってきたぞ」


「嘘だろ。生きてんのかよ」


「しかも四体って聞こえたぞ」


 視線が集まる。居心地が悪い。


 銀貨と銅貨をポケットに入れて、カウンターから離れようとしたとき。


「——ちょっといいか」


 声をかけてきたのは、隅のテーブルにいた男だった。三十代半ば。短い黒髪。鋭い目。髭面。腰に長剣。鎧は上等そうだ。銘板が胸元に見えた。色が違う——銀色だった。俺のは銅。


「新人、座れよ。奢る」


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:座る ……… 期待値 74

 B:断る ……… 期待値 30

────────────────────────────



 74。悪くない。


 向かいに座った。男が酒場の店員に手を上げて、エールを二つ頼んだ。


「ガレス。銀ランクだ」


「ハルト。さっき銅になった」


「知ってる。見てた」


 エールが来た。苦い。でも冷えていてうまい。


「銅で四体。どうやった」


「火をつけた」


「……は?」


「巣に火をつけて、パニックになったところを一体ずつ」


 ガレスが一瞬きょとんとして、それから笑った。豪快に笑った。


「お前、戦い方が冒険者じゃねえな。軍師か何かか」


「コンサ——いや、まあ、似たようなものだ」


「気に入った」


 ガレスがエールを半分空けて、少し真面目な顔になった。


「頭を使って狩るやつは長生きする。力任せの馬鹿は、鉄になる前に死ぬ。——お前、この街は初めてだろう。明日、案内してやるよ。武具屋も薬屋も飯屋も知っとかなきゃならん。冒険者ってのは、森の中より街の中で死ぬやつのほうが多いんだ」


 面倒見がいい。前の職場にこういう先輩がいたら、ウーバーにぶつかる前にもう少し長生きできたかもしれない。


「ありがたい。よろしく頼む」


「おう。——じゃ、今日はさっさと宿取って寝ろ。初日に飲みすぎて二日目に響くのも新人あるあるだからな」


 ガレスが肩をばしんと叩いた。椅子ごとずれた。


---


 宿を探した。ギルド近くに三軒ある。


 パネルが出た。



────────────────────────────

 A:ギルド併設の宿 ……… 期待値 50

 B:通りの向かいの宿 ……… 期待値 53

 C:路地裏の安宿 ……… 期待値 52

────────────────────────────



 ——全部ほぼ同じじゃねえか。


 どうでもいい選択には、どうでもいい数字しか出ない。ある意味、正直な能力だ。


 通りの向かい。53。誤差みたいな最大値。


 まあいい。53を取る。


 夜風が涼しかった。星が多い。東京よりずっと多い。


 小さな宿の扉を開ける。


「一泊、いくら?」


「銅貨三枚」


 今日の稼ぎから銅貨三枚を出す。部屋は狭い。ベッドと机だけ。でも清潔だ。


 ベッドに倒れ込む。


 天井を見る。木目が波打っている。


 俺はこの世界で、たぶんうまくやれる。


 期待値を見て、最大を選ぶ。それだけで、銅ランクでもゴブリンに勝てる。銀ランクの冒険者に声をかけられる。


 最適解を、選び続ける。


 コンサル時代とやっていることは同じだ。数字を見て、いちばん大きいものを選ぶ。それだけ。


 ——ただ。


 さっき、宿に向かう途中で食堂の前を通った。壁に貼られたメニューにパネルが出ていた。焼き肉が68、スープが74、パンが51。見なかったことにして宿に来た。


 飯にまで期待値が出る。日常でも、ずっとこれか。


 宿を選ぶとき、50と53と52で、俺は何の迷いもなく53を選んだ。


 あの日「何が食べたい?」と聞かれて答えられなかった人間が、53を選ぶことには一切迷わない。


 数字があると、楽だ。


 数字がないと、選べない。


 それは——


 いや。


 寝よう。


 明日はガレスが街を案内してくれる。

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