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第5話「君に食べさせたかった果実」


「好きです、ルーク。大好きです」


「うん」


「まるであなたを地に堕とす罪悪感があるの。だけどやっぱり私、ルークが欲しくてたまらない」


「――なら欲しがればいい」




マシュマロを押し付けるような甘さ。


いや、それはヴィタの考えるべきことではない。


頭がぼぅっとして、ふわふわ浮いた感覚に身をゆだねる。


もっと欲しいと乞うように背伸びをして、濡れた唇に舌を伸ばす。


触れられたり、舐められたりして、敏感に反応して罪を忘れた。


唇が離れたとき、くすぐったくなって額をあわせてクスクスと笑いあった。



「踊ろう、ヴィタ」


「はい」


ドレスの裾をもちお辞儀をすると、ヴィタはルークの肩に頭をのせて夜空を眺める。


誰にも邪魔されない静かな時間にヴィタはすっかり沼にはまっていた。



会場から聞こえてくる音楽を無視し、風のそよぐ音にのってステップを踏む。


闇夜に溶け込む髪を一つにくくり、リズムにのってゆらゆら揺れる。


踊っていると、時々ルークがいたずらに手や頬に唇を寄せてきた。



(もう、いいのね。気持ちから目を逸らす必要なんてない)


愛は尊いものだ。


そこに天使も人間も、種族の壁はないのだと夢心地に微笑んだ。



甘いものが欲しい。


角砂糖を舌に転がせばすぐに溶けてしまうので、絶えず求めるほどに魅了されていた。




***


「……出来た」


そうして完成させた石像を前に、ヴィタは静かに涙を流す。


形に出来なかった最高峰の美しさをこの手で生み出した。


きっとこれは女として生まれたから、生み出すことが出来たと誇らしげに笑む。



「おめでとう、ヴィタ」


目の前でずっとヴィタのためにモデルとなっていたルークがやわらかく微笑み、ヴィタの手をそっと包み込んだ。



「ありがとう。ルークのおかげよ」


「君には僕がこう見えているんだね。……とてもうれしいよ」



この美しさを独占するのも一つだろう。


「あのね。私、この作品を品評会に出そうと思うの」


女でもここまで出来るのだという証明。


「すごく自信があるのよ? あなたのように素晴らしく美しい存在がいるんだって、世の中に知らせたいの」


この原動力はルークに出会って得たもの。


独り占めしたくなるほどの感情こそ、ヴィタが生み出せる最高の芸術だ。


愛しい気持ちは形となり、それに男女は関係ないのだと訴える。


この輝きは、麗しき白い翼は……尊ぶべき愛だ。



(よかった。傷、残ってない)


「ヴィタ」


その声色はまるでチェロのように高音から低音まで滑らかだ。




「少し、外に出ないか?」


真っ白な翼を広げ、沈み始めた太陽を隠して影を濃くする。


「君に見せたいものがあるんだ」


「……うん」


腰に手を回され、ふわりと足元が宙に浮く。


黄昏に染まる世界はどこまでも続いており、好奇心をくすぐられた。


切なささえ抱かせる光の先はいったいどんな光景が待っているのだろう。


圧倒的な自然の美に、心は飽きることを知らなかった。



***


日が落ちてたどり着いたのは辺り一面白い花の咲いた丘だった。


羽根を散らしてゆっくりと着地し、ルークに手を引かれて歩いていく。


丘の一番高い場所には一本の巨木が根を張り、空に伸びるほどに広がっている。


熟れた果実の実る木を見上げ、まるでここは天上世界だと息をのんだ。



「ルーク、ここは?」


「僕にとって特別な場所。ここで一つ、証明したいことがある」


熟れる果実を一つ手に取り、ルークはヴィタの前に跪く。


そして左の薬指に唇を落とされた。



「んっ……ル、ルーク?」


それは何色と呼ぶべきか。


銀色の指輪にひとつ、星が輝いている。


心臓がわしづかみされた感覚。


するりと繋がった愛情が絡みつく。



「僕と結婚してほしい」


それは種族さえ乗り越えて。


心臓さえも繋げてしまうほど深い愛情。



「結婚って、天使にもそういう概念はあるの?」


「ヴィタとの関係に証明がほしい。人はそうやって誓約を結ぶんだろう?」


この心に勝るものはないと言わんばかりの独占欲。


左手薬指は心臓と血管で繋がっていると考え、永遠の愛を誓うことを意味する。



「わがままで、可愛げなくてもいいの?」


「欲張りなところがいとおしい」


「あなたを堕とす罪深さ。誰も許してくれないかも」


「それでも。愛し合うことに許しは必要?」



そのささやきに、ヴィタは首を横に振った。


「私はルークが欲しい。それだけよ」


強気に微笑んで、ルークの首に腕を回して唇を重ねた。



「愛してます、ルーク。もっと、愛して」


「やっと手に入った。君を手に入れたくて、どうしようもない業火に焼かれていた」




――何度も耳にした警報が鳴る。


それに上書きするようにルークのささやきが響いた。


(愛してごめんなさい……)


……なんて罪は、もういらない。


甘い誘いに応えよう。


愛情を知らない身は甘い誘惑にのまれていく。


ささやく唇にそっと同じものを重ねた。


麗しき天使に恋焦がれ。


届かぬ場所にいるあなたをこの手に掴む。



果実を舐めるは赤い舌。


チロリと這って、甘く誘惑する。


天の使いを惑わすとは、なんと背徳的なことだろう。


それでも心は出会った瞬間にとらわれた。


まるでこうなる運命だったと言わんばかりに惹かれていった。


禁じられた種族を超えた愛に溺れた。


指の付け根が熱い。


ヴィタは心臓がルークのものと結びついたのだと強く実感した。

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