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第2話「名前も知らない天使様」


(なに? 翼が……。人ではない?)



――まごうことなき美しさの権現だ。


「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ」



ほろ苦いコーヒーに角砂糖を溶かしたような微笑み。


夕闇と同じ色の髪に、明けの明星のように輝く黄金の瞳。


高い背丈に、顔とのバランスがとれた厚みある筋肉質の身体。


なにより背中に生えた大きな翼は白鳥のように清廉だ。




(だけどどうしてだろう……)


――ほんの少し、畏怖してしまうような。


道徳に背くような葛藤に耳を塞いだ。



(こんなにキレイな人は見たことがない。見惚れてしまうほどに……)


まるで警告と言わんばかりにヴィタの心臓は鼓動を打っていた。



(ダメ。この人はダメ)


――直感がそう訴えているのに、ヴィタはうずきを止められない。



「こんばんは。君があまりに悲しそうに彫刻を見ているからつい声をかけてしまった」


「あなたは一体……」


彫刻家として憧れてやまない「天上世界」の存在。


祝福を受けた輝きに焦がれずにはいられないというもの。


これまでいろんな”美しいもの”とされるものを教養として見てきたが、ヴィタの全身が震えるほどのものには出会っていない。


今まで美しいと思っていたものはなんだったのかと疑うほどに、男の麗しさは衝撃を与えた。


男は地面に着地し、ヴィタより少し高い位置から彫りかけの彫刻を見る。




「素晴らしいね。こんなにも繊細で胸を打つ像ははじめて見た」


「……いいえ。これではダメよ。私が表現したいものはこの程度じゃない」



待ち望んでいた美しさを目の当たりにし、己の未熟さを思い知る。


もっと堂々と向き合うことが出来ていたら何か違っていただろうかと悔やむばかり。



「女が彫刻なんて、おこがましかったのかも」


ヴィタは意地っ張りで、誰にも本音をみせたことがない。


少しでも弱音を吐けば、二度と彫刻が出来ないと予感していたからだ。


強い心持ちでいればと希望を抱いていたが、現実は暗い。



口にしない。


考えないよう避けてきた。


だが何度も自分に嘘をついてきた思いは男を前にしてあっという間に崩れてしまった。



「どうしてそんなことを言うの?」


「えっ?」


緩やかに微笑む男と視線が交わり、ドキッとして恥ずかしくなる。


「これだけ彫れるようになるまで努力したんだろう? そんな卑下をしてはその手が泣いてしまうよ」



指先が震える。


息をのんだまま、硬直してしまう。



(ダメ。逃げないと)


震える手で額の汗を拭う。


喉の奥が焼ける。


逃げ出したいのに動くことが出来なかった。



「君は女だからと言うけれど」


男は手を伸ばし、ヴィタのやわらかな頬を親指で撫で上げる。


「男と女は違いを知るためのものでしかない。生き方、生き様に男女の区別なんてないんだよ」


「生き方……」


「この繊細で、愛情に満ちたものはきっと君にしか表現できない」


女性とは「すべての生きた者」の母であり、生み出す能力に長けている。


女性だからと卑下しても、その本質まではごまかせない。



「僕は美しいと思った。それではダメなのかい?」


「……そんなこと、はじめて言われたわ」



それを認めてしまえば心が壊れてしまう。


諦めなくてはならない現状に抗うことで、ヴィタは自分の心を守っていた。


泣いてしまえば嫌でも女を自覚せざるを得ないから。



「女の創るものに価値はない。ずっとそう言われてきた」


いつのまにかヴィタの心は蝕まれていたようだ。


男女関係ないと口にしながらも、それに一番執着していたのは自分だったと気づかされる。


同時に、男の言葉に救われた。


女であることを受け入れ、なお表現してもいいのだと言われて涙となった。


ヴィタはずっと、ヴィタとして見てくれるのを求めていた。


その喜びはいままで押し込めていた分、大粒の涙となって流れていた。



「ありがとう。名前も知らない天使さま」


純粋な笑顔に対し、男は驚いて首を傾げる。


だがすぐに己の背を見て「あぁ」と納得したようにうなずいていた。



(これ以上、近づいてはダメ。私、おかしくなりそう……)


呼吸が荒くなり、ひどく耳鳴りがした。


手を伸ばしては危険だと気づいているくせに、まだ見ぬ世界を知りたいと欲を抱く。



「一つ、お願いをしてもいいですか?」


「うん?」


キラキラした目をしてヴィタは男の手をとり、眩く微笑んだ。



(逃げても私の望むものは創れない。だから――!)


この直感にさえ、原因を追究せずに背を向けた。



「私の彫刻のモデルになってくれませんか?」


その申し出に男は目を細め、クスクスと笑い出す。



「いいよ。とてもおもしろそうだ」


高揚感にヴィタは酔いしれる。


この手で至高の存在を形に出来る喜びに気持ちが抑えられない。


あれほど抱いていた疑念はどこかへ飛んでいき、時間の感覚が歪んでいった。


飛び跳ねて喜ぶヴィタを見て、男はようやく唇に響きをのせた。



ルーク。


光を意味する名前だった。

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