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第7話 初陣と違和感

ギルドのカウンターが見事に両断された翌日。

俺たちは弁償代を今後の報酬から天引きされるという条件で、無事に初の依頼を受注し、街を出発した。

内容は、街道沿いの岩場に住み着いたゴブリンの群れの討伐だ。


「本来、Fランクの初心者は薬草採取からなんだけどね。あんなバケモノみたいな破壊力を見せられた後じゃ、ギルドマスターも文句は言えなかったみたいだよ」

テオが苦笑しながら、魔導車のハンドルを握る。


目指すは、街から馬車で半日ほどの距離にある岩場だ。

そこをねぐらにしているゴブリン約三十匹を討伐し、討伐証明部位である右耳を持ち帰るのが今回の目的である。


「ステラちゃんは、なるべく威力を絞った単一魔法の練習。ルシアくんは、獲物を消し飛ばさない力加減の練習だね」


「わかった。今日は炎属性だけ……小さな火球をイメージしてみる」

ステラが両手を握りしめ、真剣な表情で頷く。


「俺も黒狼は抜かない。その辺の木の枝で十分だろう」

俺は窓の外を流れる景色を見ながら答えた。ゴブリン相手に黒狼を振れば、また地形が変わって討伐部位ごと消え去ってしまう。


やがて、目的地の岩場が見えてきた。

俺たちは魔導車を遠くに停め、足音を殺して徒歩で接近する。


だが、岩場を覗き込んだテオが、ふと眉をひそめた。


「おかしいな。ギルドの情報じゃ三十匹程度のはずだけど……ざっと見て、百匹はいるぞ。それに、あの装備」


テオの視線の先には、粗末な布切れではなく、統一された革鎧を着たゴブリンの軍勢がいた。

手には錆びた鉈ではなく、真新しい鉄の剣や槍を握っている。

臆病で統率の取れないはずのゴブリンたちが、まるで軍隊のように整列し、何かの指示を待っているようだった。


「ゴブリンが自分たちであんな武具を作れるはずがない。誰かが意図的に武装させて、一箇所に集めている……?」


テオが商人らしい鋭い推察を口にした。

何らかのきな臭い裏事情があるのは間違いない。これは、後でギルドに報告すべき事案だろう。


だが、そんな事情など、今の俺たちには関係なかった。

目の前に、ちょうどいい的が大量に並んでいるだけだ。


「ステラ、あれなら多少威力が大きくても問題ない。周囲の森に延焼しないようにだけ気をつけて、やってみろ」

「う、うん。私、やってみる」


ステラが一歩前に出た。

深呼吸をし、極限まで魔力を抑え込む。他の五つの属性が暴れ出そうとするのを必死に押さえつけ、炎属性のみを抽出する。


「小さな火、小さな火……ファイアボール!」


ステラの指先から放たれたのは、本来ならソフトボール大の火球のはずだった。

しかし、彼女の規格外の魔力は小さな火の定義を完全に狂わせていた。


放たれた火球は空中で急激に膨張し、直径十メートルを超える灼熱の太陽と化して、ゴブリンの軍勢の中心に墜落した。


ドゴォォォォンッ!!


凄まじい爆発音と熱風が吹き荒れる。

岩場がドロドロに溶け、百匹いたゴブリンの約半分が、悲鳴を上げる間もなく一瞬で黒焦げの炭と化した。

幸い、熱を岩場に集中させたため森への延焼はなかったが、威力を絞ってこれである。


「あわわ……ま、またやりすぎちゃった……!」

ステラが頭を抱えてしゃがみ込む。


「いや、一属性だけで、しかも岩場だけに被害を留めたんだ。大進歩だぞ」

俺は素直に称賛した。かつての彼女なら、六属性が混ざり合ってこの一帯の地形ごと消滅していただろう。


「グルルルアァァァッ!」


爆炎の中から、怒り狂った咆哮が響いた。

生き残った約五十匹のゴブリンたちを掻き分けて現れたのは、通常の倍以上の巨体を持つホブゴブリンだった。

その体には、明らかに人間用の立派な鋼の鎧が着せられ、手には大剣が握られている。


「なるほど、あいつが群れのリーダーか」


俺は足元に落ちていた手頃な木の枝を拾い上げ、ホブゴブリンの前に歩み出た。

仲間を殺されて激昂したホブゴブリンが、大剣を高く振りかぶって突進してくる。


俺の目標は、討伐部位である右耳を残すこと。そして、肉をミンチにしない力加減だ。

だから、斬らない。

ただ、少しだけ強く叩く。


俺は身体強化の魔力を木の枝にほんの少しだけ流し込み、迫り来る大剣の側面に、軽く枝を当てた。


カァンッ!


甲高い音と共に、ホブゴブリンの持つ鋼の大剣が粉々に砕け散った。

その余波だけで、ホブゴブリンの巨体は目にも留まらぬ速度で弾き飛ばされ、背後の岩壁に激突してめり込んだ。

即死だった。


「……よし。ミンチにはならなかったな」


俺が木の枝を下ろすと、周囲が不自然なほど静まり返っていた。

生き残っていた五十匹のゴブリンたちが、完全に硬直していたのだ。

鋼の鎧を着た最強のリーダーが、人間の細い木の枝の一振りで瞬殺された光景に、彼らの本能が悲鳴を上げていた。


数秒の空白の後。

ゴブリンの軍勢は統率を失い、武器を放り投げて一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「ああっ、逃げられちゃう! 討伐部位の右耳、まだ三十個集まってないのに!」

ステラの魔法で炭になった分は耳も残っていないため、テオが慌てて叫ぶ。


「問題ない。逃がしはしない」


俺は木の枝を持ったまま、軽く膝を曲げた。

身体強化の魔力を、今度は刃の先端ではなく、自身の両脚の筋肉へと極限まで圧縮する。


ドンッ、と俺の足元の岩盤がクレーターのように陥没した。


「えっ……ルシアくん?」

ステラが瞬きをした時には、俺はすでに彼女の目の前から消えていた。


圧縮された脚力が生み出す、常軌を逸した超高速移動。

逃げ惑う五十匹のゴブリンたちの間を、俺は風すら置き去りにして駆け抜けた。

すれ違いざまに、木の枝の先端でゴブリンたちの急所だけを正確に突いていく。力加減は完璧だ。皮膚を破らず、脳だけを揺らして即死させる。


タタタタタタタッ! という連続音が岩場に響き渡り、逃げようとした五十匹のゴブリンが、誰一人森へ辿り着くことなく次々と地面に崩れ落ちた。


わずか数秒の出来事だった。


「ふぅ。これで耳の数は足りるな」

俺が息を吐きながら元の場所に戻ってくると、テオとステラはぽかんと口を開けて固まっていた。


「……ねえステラちゃん。ルシアくん、今テレポートしなかった?」

「う、うん。私の目にも、急に消えて五十匹がいきなり倒れたようにしか見えなかったよ……」


二人が呆然とする中、俺はホブゴブリンの死体に歩み寄った。

耳を切り落とそうとしたテオが、ふと砕けた鋼の大剣の破片を拾い上げる。


「……やっぱりだ。柄の部分に、王都の鍛冶ギルドの刻印がある。辺境の魔物が、王都の武器を持ってるなんてあり得ない」


テオの表情は険しかった。

誰かが王都から大量の武器を横流しし、辺境の魔物を意図的に武装させている。

その目的が何であれ、単なる偶然ではない。


俺たちの初めての依頼は、大成功の裏に、不気味な違和感と大きな謎を残して幕を閉じた。

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