第6話 辺境のギルド
ステラの全属性魔法による厄災を文字通り叩き斬った翌日。
辺境のあばら家での朝食中、テオが深刻な顔で切り出した。
「このままじゃ、僕たち遠からず飢え死にするか、資金ショートを起こすよ」
テオが机に広げたのは、王都から持ってきた資金の残高と、今後の生活費の概算だった。
俺が実家から追放された身であり、テオも学園を中退して商会を立ち上げたばかり。ステラの実家に頼るわけにもいかない。何より、俺の異常な出力に耐えうる武器を作るための希少素材には、莫大な金がかかる。
「それに、ステラちゃんの魔法特訓にも問題がある。この森で無闇に全力の魔法をぶっ放したら、生態系が崩れるか、最悪この家まで吹き飛ぶからね」
「うっ……ごめんなさい」
ステラが申し訳なさそうに身を縮める。
確かに、彼女の規格外の魔力を安全に消費し、かつ制御の練習をするためには、頑丈な的と、周囲に被害が出ない環境が必要だった。
「俺としても、威力の微調整をするための手頃な動く的が欲しいところだな。この間のオークは完全にミンチになってしまって、食べられる部位が少なかった」
俺の言葉に、テオはポンと手を打った。
「そこで提案だ。この森を抜けた先に、辺境都市ランカがある。そこの冒険者ギルドに登録しよう。魔物討伐のクエストを受ければ、ステラちゃんは合法的に魔法の的にできるし、ルシアくんも力加減の練習ができる。倒した素材を売れば当面の活動資金も稼げる。完璧な計画だろ?」
俺とステラが頷き、方針は決まった。
辺境都市ランカは、王都の洗練された街並みとは違い、むき出しの土と木材で作られた粗野で活気のある街だった。
俺たち三人は、テオの運転する魔導車を街外れに停め、冒険者ギルドの扉を叩いた。
「すごい熱気……王都の学園とは全然違うね」
ステラが俺の背中に半分隠れながら、周囲をキョロキョロと見渡す。
ギルド内には、傷だらけの鎧を着た大男や、鋭い目つきの斥候など、いかにも荒事になれた冒険者たちが酒を飲みながら談笑していた。
身なりの良い若い三人組の入場に、何人かの冒険者が値踏みするような視線を向けてくるが、テオは全く気にする様子もなく受付のカウンターへ進み出た。
「すみません、冒険者登録をお願いしたいんですが」
受付嬢は俺たちを交互に見ると、困ったように眉を下げた。
「登録は可能ですが……あなたたち、家出してきた貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんじゃないでしょうね? ここは辺境よ。魔物も凶暴だし、遊び半分なら王都へお帰りなさい」
「遊びじゃありませんよ。ほら、ちゃんと実力も証明しますから」
テオがすかさず懐から銀貨を数枚滑らせると、受付嬢はため息をついて奥から一つの水晶玉を持ってきた。
「魔力と身体能力を測る測定器よ。これに全力で触れて、赤く光れば最低ランクのFとして登録してあげる」
まずはテオが水晶玉に手を伸ばす。
彼は袖口に仕込んだ小さな魔力蓄電池をこっそり起動させ、水晶玉に触れた。
ぽうっ、と水晶玉が微かに赤く光る。
「……魔道具頼みみたいだけど、まあ合格よ。次はそこのお嬢ちゃん」
ステラがビクッと肩を揺らす。
王都の学園では、水晶玉を何度も爆発させてきた彼女にとって、これはトラウマの儀式だった。
「だ、大丈夫だよステラ。限界まで魔力を抑え込んで、指の先だけで触れるんだ」
テオの助言に頷き、ステラは極度の緊張で震える指先を、そっと水晶玉に触れさせた。
パァァァッ! と、水晶玉が強烈な赤い光を放ち、ピキッと小さな亀裂が入る。
「ひっ! ご、ごめんなさい!」
「い、いえ……すごい魔力ね。でも制御が甘いみたいだから、ランクは同じくFからよ。最後はあなたね」
受付嬢が呆気にとられながら、俺を見る。
俺は腰に差した黒狼ではなく、代用品として持ってきたただの木の棒を握った。
魔力適性ゼロの俺は、どうせ水晶玉を光らせることはできない。
なら、身体能力の方で最低限の基準を満たすしかない。
「俺は魔法が使えない。物理的な力でもいいか?」
「ええ。水晶玉を力一杯叩いてみて。頑丈にできてるから壊れることはないわ」
俺は頷き、木の棒を構えた。
ステラの魔力とは違い、俺の力は物理法則に直結する。この狭いギルド内で本気を出せば、建物ごと吹き飛ばしてしまうかもしれない。
極限まで、力を抜く。
身体強化の魔力を一切込めず、ただの十五歳の少年の腕力として、そっと水晶玉を叩く。
コンッ、という軽い音が鳴った。
一秒後。
パァンッ!! という破裂音と共に、絶対に壊れないはずの測定用水晶玉が、粉々に砕け散って宙を舞った。
それだけではない。水晶玉を置いていた分厚いオーク材のカウンターが真っ二つに割れ、その衝撃波でギルドの奥の壁にまで大きなヒビが走った。
ギルド内が、水を打ったように静まり返る。
酔っ払っていた冒険者たちの顔から、完全に表情が抜け落ちていた。
「……しまった。木の棒を握ったせいで、無意識に身体強化の魔力が刃の先端に圧縮されてしまったか」
俺は真っ二つになったカウンターを見て、小さく呟いた。
呼吸をするように魔力を圧縮する癖がついてしまっているため、完全に威力をゼロにするのが一番難しいのだ。
「弁償はする。これで登録はいいか?」
俺が尋ねると、腰を抜かした受付嬢は、コクコクと壊れた機械のように首を縦に振った。
「あはは……うちのリーダーは少し不器用でね。よろしく頼むよ」
テオが引きつった笑いを浮かべながら、ギルド内に響き渡る声でフォローを入れる。
ステラはまたやっちゃったねという顔で俺の袖を引いていた。
こうして俺たち三人は、辺境のギルドで冒険者としての第一歩を踏み出した。
もっとも、周囲の冒険者たちからは、得体の知れないバケモノの集団として完全に道を空けられることになってしまったが。
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