第4話 崩壊する矜持と再会
王都にそびえ立つ、魔法剣士一族の壮麗な本邸。
その厳格な執務室に、次期当主であるはずのガルスは泥と冷や汗にまみれた姿で這いつくばっていた。
「……申し開きはそれだけか、ガルス」
執務机の奥から見下ろす父の眼差しは、酷寒の氷のように冷たかった。
「ち、違うのです父上! あの森には突然変異の上位種がいました! 私の最高位の複合魔法ですら傷一つつけられないバケモノです。決して私の不手際では……!」
必死に弁明するガルスだったが、父の表情はピクリとも動かない。
王属騎士団の精鋭を失い、討伐対象を前に逃げ帰ってきたという事実は、名門一族にとって拭いようのない汚点だった。
「そのバケモノから、お前はどうやって逃げ延びたというのだ」
「そ、それは……ルシアです! あの無能のルシアが、ただの鉄の棒を振っただけで、そのバケモノを背後の森ごと真っ二つに両断したのです! あいつは人間じゃありません、本当のバケモノはあいつの方です!」
恐怖で錯乱したように叫ぶガルスを見て、父は深く、心底呆れたように溜息をついた。
「恐怖のあまり、ついに頭がおかしくなったか。初級の身体強化しか使えないあの欠陥品に、上位種が倒せるはずがなかろう」
「本当です! 私のこの目で見たのです! あの圧倒的な暴力……あれに比べたら、我々の魔法など児戯に等しい!」
「黙れッ!」
父の怒鳴り声が、執務室の空気を震わせた。
ガルスは肩をビクッと跳ねさせ、床に額を擦りつける。
「自分の無能さを取り繕うために、一族の恥であるあのガラクタを引き合いに出すとは。お前には底知れぬ失望を覚えたぞ」
父は冷たく言い放つと、書類から目を離さずに告げた。
「次期当主の座は、三男に譲る。お前はもう下がるがいい」
「ち、父上! それだけは……!」
すがりつこうとするガルスだったが、無情にも入室してきた護衛たちによって両脇を抱えられ、執務室から引きずり出されていった。
自慢の魔法が通用しなかった絶望と、次期当主の座を奪われた事実。エリートとしてのガルスのプライドは、ここに完全に崩壊した。
一方その頃。
王都から遠く離れた辺境の森では、爽やかな風が吹いていた。
俺、ルシアはあばら家の前で、いつものように素振りの動作を確認していた。
昨日の夕飯のミンチ(オーク・ミュータント)は、なんとか食べられる部分だけをかき集めて焼肉にしたが、やはり威力の調整が課題だった。
魔力の圧縮率を微細にコントロールできなければ、真の極致には至れない。
そんなことを考えながら木剣を振っていると、森の入り口へと続く荒れた道から、ガタガタと車輪の音が聞こえてきた。
辺境には不釣り合いな、しかしどこか見覚えのある装飾が施された馬車だった。
いや、馬は繋がれていない。車輪の軸に複雑な錬成陣が刻まれた、自走式の魔導車だ。
車が家の前で不格好な音を立てて止まると、扉が勢いよく開き、見慣れた二つの人影が飛び出してきた。
「ルシアー! 生きてるかー!」
大きく手を振って駆け寄ってきたのは、親友のテオだった。
背は伸びて青年らしい顔立ちになっているが、魔道具オタク特有のキラキラした目は五年前と少しも変わっていない。
「テオ……それに、ステラも」
テオの後ろから、控えめな足取りで近づいてきたのはステラだった。
彼女もまた美しく成長しており、貴族令嬢らしい気品を纏っている。だが、その瞳には昔と同じ、俺への深い信頼と少しの不安が入り混じっていた。
「久しぶり、ルシアくん。急に押し掛けちゃってごめんなさい」
「いや、驚いたよ。二人とも、学園は卒業したのか?」
俺が尋ねると、テオはケラケラと笑いながら答えた。
「僕は中退だよ。学園の授業じゃもう僕の知的好奇心は満たせなくなったしね。王都で自分の商会を立ち上げたんだ」
「私は……相変わらず魔力の制御がうまくいかなくて。でも、どうしてもルシアくんに会いたくて、テオくんの馬車に同乗させてもらったの」
ステラが少し恥ずかしそうに俯く。
あの息の詰まる学園で、こうして自分の居場所を見つけ、あるいは探し続けている二人の姿を見られたことが、俺は素直に嬉しかった。
「そうか。よく来てくれたな。何もないところだが、歓迎するよ」
俺が微笑むと、テオは思い出したように魔導車に戻り、細長い頑丈なケースを抱えて戻ってきた。
「へへっ、手ぶらで来たわけじゃないさ。約束してたからね」
テオがケースを開けると、中には漆黒の刃を持つ、両刃の直剣が収められていた。
ただの鉄の棒だった五年前とは違う。刃の表面には緻密な錬成陣が幾重にも彫り込まれており、柄の構造も洗練されている。
「名付けて『試作七号・黒狼』。竜の鱗を錬金術で極限まで圧縮して打ち直した。魔法の付与は一切なし、純粋な物理的強度と伝導率だけに全振りした、君のあの異常な出力のためだけのバカげた剣さ」
「……素晴らしいな。これなら、俺の圧縮した身体強化にもしばらくは耐えられそうだ」
俺が黒狼を手に取り、軽く振ってみる。
刃が空気を切り裂くのではなく、空間そのものを押し退けるような重厚な音が鳴った。
「ふふっ、ルシアくん、すごく嬉しそう」
ステラが口元を綻ばせる。
「ああ。最高の土産だ」
王都での因縁など、もはや俺の知る由もない。
たった一つの魔法を極める道と、それを理解してくれる親友たち。
辺境の空の下、俺の二度目の人生は、確かな熱を帯びて動き始めていた。
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