第3話 理外の一太刀
王都から遠く離れた辺境の森。
次期当主である兄、ガルスは苛立たしげに舌打ちをした。
「なぜ俺が、こんな泥臭い場所でオーク狩りなどしなければならない」
「若様、これも輝かしい経歴に箔をつけるためです。安全は我々エリート騎士団が保証いたします」
取り巻きの騎士たちが媚びへつらう。
魔法学園を優秀な成績で卒業間近のガルスにとって、辺境のオーク討伐などただの消化試合だった。
現に、森の浅い場所にいた数匹のオークは、ガルスの放つ炎と風の複合魔法であっけなく消し炭になった。
「ふん、他愛もない。あの無能のルシアがこの森に追放されて五年か。とうの昔に魔物の餌になっているだろうな」
ガルスが冷笑を浮かべた、その時だった。
森の奥から、木々をなぎ倒して巨大な影が現れた。
通常のオークの三倍はあろうかという巨体。鋼のように黒光りする皮膚。血走った眼。
突然変異の上位種、オーク・ミュータントだった。
「な、なんだあの巨体は。構わん、俺の魔法で蜂の巣にしてやる」
ガルスは前に出ると、自身が最も得意とする炎と風の複合魔法の詠唱を始めた。
「燃え盛る劫火よ、吹き荒ぶ暴風よ。我が魔力のもとに交わり、全てを灰燼に帰す嵐となれ! 炎風複合魔法、紅蓮爆炎渦!」
次期当主としてのプライドと、ありったけの魔力を込めた紅蓮の嵐が上位種に殺到する。
激しい爆発音が連続して森を揺らし、視界を遮るほどの土煙が巻き起こった。
「ははっ、どうだ。形すら残っていないだろう」
だが、煙が晴れた後、ガルスは自分の目を疑った。
上位種は、傷一つ負っていなかったのだ。
鋼の皮膚が、ガルスの自慢の魔法を完全に弾き返していた。
「ば、馬鹿な。俺の最高位の魔法だぞ……」
パニックに陥るガルスの横を抜け、上位種の丸太のような腕が振り下ろされる。
護衛に出た数人のエリート騎士が、悲鳴を上げる間もなく紙切れのように吹き飛ばされた。
「ひっ」
ガルスは腰を抜かし、地面にへたり込んだ。
圧倒的な暴力と、死の恐怖。極限の恐怖の前では、もはや次の詠唱すらまともにできない。
上位種の巨大な足が、ガルスを踏み潰そうと高く振り上げられた。
俺は、ここで死ぬのか。こんな泥にまみれて。
「少し、騒がしいな」
静かな声が、森に響いた。
ガルスの目の前に、いつの間にか一人の青年が立っていた。
ボロボロの服に、無骨な鉄の棒を片手に提げている。
「ル、ルシアか」
ガルスは目を疑った。五年前、自分がゴミのように追放した弟がそこにいた。
ルシアはガルスを一瞥することもなく、見上げるほど巨大な上位種に向かって、ただ自然体で構えた。
魔法の詠唱はない。ただ、静かに息を吸うだけ。
次の瞬間、ルシアは鉄の棒を軽く振り抜いた。
凄まじい轟音とともに、上位種の巨体が斜めにズレて崩れ落ちた。
それだけではない。上位種の背後にあった数百メートルの森の木々が、一直線に綺麗に両断されていたのだ。
遅れて、暴風が吹き荒れる。
魔法による現象ではない。極限まで圧縮された純粋な物理の斬撃が、空間の理すらも断ち切った結果だった。
「やはり、まだ力の制御が甘いな。今日の夕飯がミンチになってしまった」
ルシアは鉄の棒を見つめ、微かに首を傾げた。
最強の魔法を無傷で耐え抜いた絶望の化身を一振りで消し飛ばしておきながら、彼の関心はただ自身の素振りの精度にしかなかった。
「あ、あ、ああ」
ガルスは震える唇から、意味のない音を漏らすことしかできない。
詠唱を重ねた自慢の魔法も、エリートのプライドも、ルシアの放ったただの一振りの前に、完全に粉砕されていた。
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