第2話 狂気の反復
辺境の領地は、王都の人間からすれば流刑地と同義だった。
魔物が頻繁に出没する深い森と、荒れた大地。名ばかりの領主の館はとうに朽ち果てており、俺は森の入り口にある小さなあばら家を拠点とした。
だが、俺にとってここは理想郷だった。
父からの干渉も、兄からの嘲笑もない。学園の退屈な座学もない。
ただひたすらに、剣を振るうことだけが許された世界。
夜明けとともに起き、テオが作ってくれた鉄の棒を握る。
発動するのは、初級魔法の身体強化のみ。
それを極限まで練り上げ、ただの一振りに全神経を注ぎ込む。
呼気とともに振り下ろす。
吸気とともに構え直す。
一日一万回。
血豆が潰れ、手の皮が剥け、骨が軋んでも止まらない。
前世で何一つやり遂げられなかった自分への怒りと後悔が、俺の身体を突き動かしていた。
一年が経った頃、変化が訪れた。
ただ身体を強化して力任せに振るだけでは、これ以上の威力は出ない。
俺は身体強化の魔力を自分自身の肉体から鉄の棒へと延長し、さらにその刃の先端、目に見えない極小の一点へと圧縮し始めた。
最初は魔力が霧散してうまくいかなかったが、狂気的な反復は嘘をつかない。
三年が経過する頃には、魔力の圧縮は息をするのと同じくらい自然な行為になっていた。
極限まで圧縮された無属性の魔力は、もはや光すらも歪ませる高密度の刃となっていた。
そして、五年。
俺の身長は伸び、少年の面影は消え去っていた。
十五歳になった俺は、いつものように森の奥深くで素振りをしていた。
上空から、一枚の枯れ葉が落ちてくる。
俺は自然体から、息を吐くように鉄の棒を振り抜いた。
音はなかった。
枯れ葉が空中で真っ二つに分かれる。
それと同時に、俺の目の前にあった巨大な岩山が、豆腐のように斜めに滑り落ちた。
遅れて、轟音が森を揺らす。岩山だけではない。その奥にある分厚い雲すらも、一本の線を描くように両断されていた。
「……ふむ」
俺は鉄の棒を眺める。
テオの錬成陣がなければ、とっくに粉々になっていただろう。
「少し、魔力を圧縮しすぎたか。威力の調整が難しいな」
俺は岩山が消し飛んだ景色を見ても、自分の素振りの威力が少し上がった程度にしか認識していなかった。
世界最高峰の魔法使いが束になっても不可能な破壊力を、ただの物理的な一振りで引き起こしているという自覚は、今の俺には全くない。
まだまだ、極めるには程遠い。
満足することなく、俺は再び鉄の棒を構え、果てのない素振りを再開した。
その数日後。
この静かな辺境の森を、招かれざる客が訪れることになる。
実績作りのために簡単な討伐依頼を受け、ピクニック気分でやってきた、エリートの兄と騎士団たちだ。
だが彼らは知らない。
この森がすでに、理外のバケモノの庭になっていることを。
そして、彼らが狙うオークの群れの中に、さらに凶悪な突然変異が紛れ込んでいることを。
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