第26話 雪上の空回り
村を出て数時間。俺たちは見渡す限りの白銀の世界を歩いていた。
「うう……足が、抜け、ない……」
ステラが膝上まである新雪に足を取られ、ぜぇぜぇと息を切らしている。
テオも重い荷物を背負いながら、一歩進むごとに雪を掻き分けるのに苦労していた。アマルという万能の足に頼りきっていたツケが、ここに来て回ってきている。
「しっかりしろ。これくらい、身体強化で足に魔力を集めれば……」
俺は黒いロングコートを翻し、雪の上を軽く跳躍しようとした。
だが、地面を蹴ろうと魔力を込めた瞬間、足元の雪がその反発力に耐えきれずにボロリと崩れた。
「……ん?」
ドスッ、という鈍い音とともに、俺の右足が股の付け根まで一気に雪の中へ沈み込んだ。
踏み込むための硬い地面がない。ただの雪の塊をいくら強く蹴っても、力が逃げてしまい機動力が全く生み出せないのだ。
「ル、ルシアくんが雪に埋まった!?」
「ぷっ……あはは! いつも涼しい顔で跳んでるルシアくんが、雪だるまみたいになってる!」
テオとステラが指を差して笑う。俺は舌打ちをして、腕の力で強引に雪から這い上がった。
「笑い事じゃない。この足場の悪さでは、俺の踏み込みが完全に殺される」
俺がコートの雪を払っていると、不意に数十メートル先の雪だまりがモゾリと動いた。
真っ白な雪と完全に同化した毛並み。透き通るような氷の尾を持つ、中型犬ほどの大きさの美しい狐。
「出た! 白銀の幻狐だよ!」
テオが声を潜めて指を差す。
幻狐は俺たちに気づいているはずだが、逃げる素振りも見せず、ちょこんと座ってこちらを観察している。
「生け捕りだったわね。魔法で気絶させるなら……」
ステラが樫の杖を構え、威力を極限まで絞った小さな雷の球を放った。
パチパチと音を立てて飛んでいく雷球。
だが、幻狐は避けるどころか、大きな口を開けてそれをパクリと飲み込んでしまったのだ。
「えっ……!?」
幻狐がブルリと身震いすると、その美しい毛並みが微かに帯電し、さらに艶を増した。
「村の猟師の言う通りだ。魔法を食って、自分のエネルギーにしやがった」
「そんなぁ……私の魔法、おやつ扱いされちゃった」
ステラがガックリと肩を落とす。
魔法が駄目なら、物理で捕まえるしかない。
「俺がいく。斬らずに、気絶させるだけだ」
俺は鞘のまま黒狼を構え、幻狐に向けて一気に間合いを詰めようとした。
だが、やはり足元が最悪だ。
雪に足を取られないよう、表面を滑るように走ろうとするが、幻狐はその動きを完全に見切っていた。
俺が鞘を振り下ろそうとした瞬間、幻狐は雪の上をピンポン玉のように軽やかに跳ね、フワリと俺の頭上を飛び越えた。
「ちっ……!」
空振りした勢いで足場が崩れ、俺は前のめりにバランスを崩した。
そして、そのまま顔面から深い雪だまりの中へと突っ込んでしまった。
「ル、ルシアくーん!?」
「大丈夫かい!? 息できてる!?」
テオとステラが慌てて駆け寄ってくる。
俺は雪の中から顔を上げ、冷たさで赤くなった鼻を擦った。
「……あいつ、俺をからかってやがる」
振り返ると、幻狐は少し離れた岩の上から、雪まみれになった俺を見て「キュン」と楽しげに鳴いていた。
殺気を読まれている。俺が力加減をしていることを見透かし、この雪のフィールドを完璧に支配しているのだ。
「だめだ。ルシアくんの機動力もステラちゃんの魔法も、この雪原じゃあの子の格好の遊び相手にされるだけだ」
テオが雪の上に座り込み、リュックサックを下ろした。
「力ずくじゃ捕まらないなら、頭を使うしかない。僕の出番だね」
テオの目が、商人から発明家のそれへと変わる。
「ルシアくん、あの子を僕が指定する場所まで誘導できるかい? 斬ったり捕まえたりしなくていい。ただ、追い込むだけでいいんだ」
「追い込むだけなら、造作もない。だが、どうする気だ?」
「相手が魔法を食べるなら、それを利用するのさ。極上の『エサ』を使った、僕の特製トラップでね」
テオはニヤリと笑うと、リュックから様々な魔道具の部品を取り出し始めた。
雪原のドタバタ追いかけっこは終わりだ。ここからは、テオの知略が幻狐を追い詰める番だった。




