第25話 白銀の村
辺境都市ランカを出発し、アマルに乗って北へ向かうこと数日。
景色は緑豊かな森から、見渡す限りの純白の雪景色へと姿を変えていた。
吐く息は白く染まり、肌を刺すような冷たい風が吹き付ける。
「さ、寒い……! 北の雪原って、こんなに冷え込むのね」
ステラがアマルの背中でガタガタと震えながら、薄手のローブを掻き合わせている。
俺も身体強化の魔力で体温を維持してはいるが、それでも指先の感覚が鈍くなるほどの極寒だった。
だが、一番深刻な影響を受けていたのは、俺たちではなくアマルの方だった。
「ピ、ピュイィ……」
アマルの鳴き声が、いつになく弱々しい。
そして、数時間前から明らかに移動速度が落ちていた。しなやかだった銀狼の四肢の動きがギクシャクとし、関節が軋むような嫌な音を立てている。
「まずいな。アマル、一度止まってくれ」
テオが慌ててアマルから飛び降り、その銀色の脚に触れた。
「やっぱりだ。アマルの流体金属ボディが、この異常な寒さで硬化し始めている。ロックゴーレムの岩の成分と金属の結合が、低温のせいで流動性を失ってるんだ」
「それじゃあ、このまま進んだらどうなるんだ?」
「完全に凍りついて、ただの銀色の彫像になっちゃう。熱い場所なら逆にドロドロに溶けちゃう危険があるとは思ってたけど、寒さにも弱かったなんて……僕の設計ミスだ」
テオが悔しそうにアマルの首元を撫でると、アマルは申し訳なさそうに「ピュイ」と鳴いて、スライムの待機形態へとシュルシュルと縮んでいった。だが、そのスライムの体も普段の弾力はなく、半ば凍りかけたゼリーのように硬くなっている。
「アマルは僕の懐に入れて、体温で温めておくよ。とりあえず、すぐ先にある国境の村まで歩こう」
万能の移動手段を失った俺たちは、膝まで埋まる雪道を自らの足で歩き、なんとか最北の集落である雪村フローズへと辿り着いた。
丸太と分厚い獣の皮で覆われた家屋が並ぶ、小さな村だ。
「まずは装備の調達だね。こんな薄着じゃ、幻の魔物を探す前に僕たちが凍死しちゃう」
宿屋に部屋をとった後、俺たちは村の防寒具屋へと駆け込んだ。
店内には、雪国の魔物の毛皮を使った分厚いコートやブーツが所狭しと並んでいる。
ステラが選んだのは、純白の分厚い毛皮で作られた、もこもこのフード付きハーフコートだった。足元も保温性の高い白いムートンブーツで揃えている。
「どうかな、ルシアくん。これなら雪に紛れられそうだし、すごく暖かいよ」
フードを被ったステラが、少し照れくさそうにくるりと回ってみせる。白い雪だるまのような、あるいは雪の妖精のようなその姿は、素直によく似合っていた。
「ああ、いいんじゃないか。俺はこれにする」
俺が手にしたのは、漆黒の巨大な熊の毛皮で作られた、丈の長い重厚なロングコートだ。
黒狼の鞘を腰に差したまま羽織れるよう、機能性を重視したデザインになっている。身体強化を使えば服の重さは気にならない。
テオも、商人らしくポケットがたくさんついた分厚い革の防寒着と、耳まで覆える帽子を被り、完全防備を整えていた。彼の懐の専用ポーチの中では、アマルがカイロ代わりの魔石と一緒に丸まって眠っている。
「よし、これで雪原に出る準備は整った。次は情報収集だ」
俺たちは真新しい防寒具に身を包み、村の酒場へと向かった。
温かい暖炉の前で村の猟師たちに酒を奢り、目的である『白銀の幻狐』についての話を聞き出す。
「幻狐を捕まえるだと? やめときな、よそ者」
顔に傷のある老猟師が、呆れたように鼻を鳴らした。
「あいつらは雪と氷に完全に同化する。おまけに、魔法の気配を感じ取って吸収しちまう厄介な性質を持ってるんだ。魔法使いがいればいるほど、あいつらの餌食になるだけだぜ」
「魔法を吸収する……なるほど、だから討伐じゃなくて捕獲依頼だったんだね」
テオが納得したように頷く。
「それに、ここ数日は猛吹雪の予兆がある。村の外に出れば、方向感覚を失って一瞬で氷の塊だ。あんたらの言ってた空が光る現象……オーロラってやつも、その大吹雪が過ぎ去った後の、空が澄み切った極寒の夜にしか現れねえよ」
老猟師の言葉に、俺とテオ、そしてステラは顔を見合わせた。
万能の乗り物であるアマルは使えない。
頼みの綱であるステラの魔法は、相手の餌になるだけ。
そして、村の外には命を奪う猛吹雪が待ち受けている。
「……面白い」
俺は黒狼の柄をポンと叩き、口角を上げた。
「魔法が通じないなら、俺が逃げ道を叩き斬って捕まえるだけだ。オーロラの特等席を探しに、行くぞ」
頼れる相棒を懐に抱え、俺たちは猛吹雪が吹き荒れる真白き死の世界へと、自らの足で足を踏み入れていった。




