第1話 無能の烙印
俺、ルシアが王立魔法学園に入学してから、すでに三年が経っていた。
ここは魔法の才能がすべての絶対的な実力主義の場だ。
適性属性なし、使えるのは初級の身体強化のみという俺の扱いは、当然ながら最底辺だった。
周囲の冷たい視線を無視して、俺は今日も学園の裏庭でひたすら木剣を振っていた。
前世の記憶を思い出し、一つのことだけを極めると決めたあの日から、一日たりとも欠かしたことはない。
「あーあ、また木剣を折っちゃったのかい。君の身体強化は、やっぱり少し異常だよ」
呆れたような声とともに現れたのは、親友のテオだった。
平民出身の商人見習いで、魔法適性はゼロ。だが、魔道具の構造を理解し改造する腕は天才的だ。
彼は重そうな布包みを地面に置き、得意げに笑った。
「はい、これ。試作品の第三号。ただの鉄の塊を僕特製の錬成陣で極限まで圧縮しただけだから、斬れ味は皆無だけど、絶対に折れないことだけは保証するよ」
「助かる。普通の木剣じゃ、もう魔力に耐えきれなくてな」
俺は鉄の棒を受け取り、軽く振ってみる。
ずしりとした重みだが、圧縮した身体強化の魔力を流し込んでも、軋む音一つしない。
「ふふん。今はただの頑丈な鉄の棒だけどね。いつか君のその馬鹿げた出力に完璧に応える、最高のロマン武器を作ってやるから覚悟しておいてよ」
「期待してるよ」
「……あの、ルシアくん」
木陰からおずおずと顔を出したのは、ステラだった。
彼女は名門貴族の令嬢であり、百年に一人と言われる全属性持ちの天才。
だが、魔力が多すぎて全く制御できず、少し魔法を使おうとするだけで周囲を吹き飛ばしてしまうため、歩く災害として誰からも恐れられ孤立していた。
「また、暴発させちゃって……私、魔法を使うのが怖いの」
泣きそうな顔で俯くステラに、俺は鉄の棒を静かに振り下ろしながら答える。
「なら、今は使わなくていいんじゃないか。俺みたいに、一つだけ完璧に制御できるまで、ゆっくりやればいい」
空気を切り裂く鋭い音が響く。一切の無駄がない、洗練された一振り。
ステラは俺のその素振りを、いつも食い入るように見つめていた。
多すぎる才能に押し潰されそうな彼女にとって、たった一つの底辺魔法を研ぎ澄ませていく俺の姿は、ある種の救いとして映るらしい。
魔法が少なすぎる俺。魔法がないテオ。魔法が多すぎるステラ。
学園の落ちこぼれ三人組が過ごすこの裏庭だけが、息の詰まる学園生活の中で唯一の息抜きの場所だった。
だが、その平穏は唐突に終わりを告げた。
「おい、ゴミクズ。こんな裏庭で底辺同士、仲良く傷の舐め合いか?」
取り巻きの学生たちを連れて現れたのは、二つ年上の兄だった。
多彩な魔法を操る学園のエリートであり、次期当主。
彼は虫けらを見るような目で俺を睨み下ろした。
「父上からの伝言だ。お前のような無能をこれ以上学園に置いておくのは一族の恥辱。今日限りで退学し、辺境の領地へ赴けとのことだ」
事実上の、追放宣告だった。
「ルシアくんを辺境に追いやるなんて、そんなの酷すぎます」
ステラが庇うように前に出るが、兄は鼻で笑うだけだ。
「歩く災害が偉そうに口を出すな。おい無能、さっさと荷物をまとめて出て行け。二度と俺の前にその顔を見せるなよ」
兄たちが去った後、ステラは涙ぐみ、テオは悔しそうに拳を握りしめていた。
だが、俺の心は不思議なほど晴れやかだった。
学園の授業など、とうに俺には必要なかったからだ。辺境の地に行けば、誰にも邪魔されず、一日中剣を振ることができる。
「心配するな。俺にとっては、むしろ好都合だ」
俺は二人に笑いかける。
「テオ、次に会う時までに、もっとすげえ武器を作っておいてくれ。ステラも、焦らず自分のペースで魔力を制御できるようになればいい」
「……うん。絶対に、最高の武器を用意して待ってる」
「私、頑張る。ルシアくんが戻ってきた時に、驚かせられるくらいに」
こうして俺は、学園と実家から追放された。
向かう先は、魔物が蔓延る過酷な辺境の森。
俺のたった一つの魔法が、世界の常識を両断する日までの始まりだった。
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