第17話 辺境の迷宮
王都への連絡役を信頼できる部下に任せた後、ギルドマスターのメリルは俺たちに一つの提案をした。
「連絡が来るまで、ただ待っているだけじゃ腕が鈍るだろう。街から東にある辺境の迷宮にでも潜ってきな。あそこは魔力の溜まり場で多種多様な魔物が湧く。素材集めにはうってつけの場所さ」
その言葉に従い、俺たちはテオの運転する魔導車で迷宮の入り口へとやってきた。
切り立った崖にぽっかりと開いた巨大な洞窟。そこから漏れ出す空気は、素人の俺でも分かるほど濃密な魔力を帯びていた。
「すごい。洞窟の中なのに、植物が発光してるし、色んな属性の魔力が混ざり合ってる」
ステラが樫の杖を握りしめながら、迷宮の内部を不思議そうに見渡す。
壁面には青白く光る苔が群生し、松明がなくても内部は明るかった。
「メリルさんの言う通りだね。ここなら、僕の新しい相棒を作るための最高の素材が手に入りそうだ」
テオが背負った大きなリュックサックを下ろし、自作の探知魔道具を起動させる。
彼の狙いは、自律型兵器の動力源となる高純度の魔石と、骨格を形成するための希少な魔法金属だった。
「よし、進もう。どんな魔物が出ても、俺が斬る。ステラは後方からの援護と、魔法の精密操作の練習だ」
「うん、任せて」
俺が先頭に立ち、三人で迷宮の浅い階層を歩き始めた。
すぐに、メリルが多種多様と言った意味を理解することになった。
頭上の鍾乳石からは、風の刃を飛ばしてくるウィンドバットの群れが襲いかかってきた。
だが、それらが俺たちに届く前に、ステラの杖から放たれた無数の小さな氷の矢が、正確にコウモリたちの羽を撃ち抜いた。
「ウォーター・ニードル! ……よし、威力も狙いも完璧」
ステラが嬉しそうに微笑む。暴走することなく、的確に威力を絞った魔法による見事な迎撃だった。
「すごいよステラちゃん。じゃあ、落ちたコウモリから風の魔石を回収するね」
テオが手際よくナイフで素材を剥ぎ取っていく。
さらに奥へ進むと、今度は通路の土壁が蠢き、人間の背丈ほどある岩の塊が三体、ドスンドスンと立ち上がった。
物理攻撃に極めて高い耐性を持つ、ロックゴーレムだ。
「ルシアくん、あいつらは硬いよ! 私が土の魔法で足場を崩すから……」
「いや、俺がやる。新しい素振りの形を試すのに、ちょうどいい的だ」
俺はステラを制止し、黒狼を抜かずに鞘のまま構えた。
身体強化の魔力を、鞘の表面全体に極薄の膜として展開・圧縮する。
魔族ザガンの指を斬り落とすために編み出した、点ではなく線と面による斬撃。
ロックゴーレムが巨大な岩の拳を振り下ろしてくる。
俺は呼吸を止め、極薄の魔力膜を纏った鞘を一閃させた。
スッ、と。
岩を叩き割るような衝撃音は一切鳴らなかった。
ただ、熱したナイフでバターを切るように、鞘がゴーレムの分厚い岩の胴体をすり抜けたのだ。
直後、三体のロックゴーレムの上半身が、斜めにズルリと滑り落ち、地響きを立てて崩れ去った。
「……嘘でしょ。剣を抜いてすらいないのに、ゴーレムを豆腐みたいにスライスしたよ……」
テオがポカンと口を開けて固まっている。
「抵抗が全くない。やはり魔力を刃筋全体に薄く伸ばすのは正解だったか。だが、まだ魔力の消費が激しすぎるな」
俺は鞘を腰に戻し、微かに息をついた。威力は申し分ないが、持久戦にはまだ向いていない。
「これでゴーレムの核も無傷で回収できるね! 最高だよルシアくん!」
我に返ったテオが、崩れた岩の山からソフトボール大の黄色い魔石を三つ掘り出し、ホクホク顔でリュックに詰め込んだ。
その後も、猛毒を持つ巨大な蜘蛛、炎を吐く大蛇、全身が刃物のように鋭いカマキリの魔物など、階層を下るごとに魔物の種類は際限なく変わっていった。
だが、そのすべてが俺の新しい斬撃の的となり、ステラの精密魔法の実験台となり、テオのリュックサックの肥やしとなっていった。
「ふふふ……素晴らしい、素晴らしいよ。これだけ多様な属性の魔石と、硬質な装甲素材が集まれば、僕の思い描く最強の相棒が作れる……!」
テオが血走った目で、パンパンに膨れ上がったリュックを撫で回している。
もはや商人というより、狂気に憑りつかれたマッドサイエンティストの顔だった。
「テオくん、なんだかすごく悪い顔になってるよ……」
ステラが少し引き気味に俺の背中に隠れる。
「ほっとけ。あいつが満足するまで付き合ってやるさ」
俺たちは迷宮のさらに深い階層へと続く、不気味な巨大な階段を下りていった。
そこから先で待ち受けるものが、テオの求める究極の素材であると同時に、迷宮の主と呼ばれる最悪の化け物であることを、俺たちはまだ知らなかった。




