第16話 届かぬ頂きへの渇望
辺境都市ランカでの報告から数日。
王都からの連絡を待つ間、俺たちは辺境のあばら家でそれぞれの課題と向き合っていた。
魔族ザガン。
俺の剣を二本の指で止めた、圧倒的な未知の強者。
その事実は、俺の心に前世では決して抱くことのなかった、どす黒いほどの闘争心と渇望を植え付けていた。
あばら家の裏の森。俺は上半身裸になり、黒狼を構えていた。
ただ全身の魔力を刃の先端に圧縮するだけでは、あの二本の指は両断できない。
俺は目を閉じ、魔族の指が剣に触れた瞬間の感触を何度も脳内で再生した。
「……点ではなく、線か。いや、面そのものを極限まで薄くする……」
俺は呟きながら、新しい魔力操作を試みる。
これまでは打撃の瞬間、刃の一点に魔力を凝縮させていた。それを、刀身の刃筋全体に、目に見えないほど薄い「膜」として展開・圧縮し続けるのだ。
言うのは簡単だが、それは暴れ狂う激流を一本の絹糸に押し込めるような、常軌を逸した集中力を必要とする。
少しでも気を抜けば、圧縮された魔力が暴発し、黒狼の刀身ごと俺の腕を吹き飛ばすだろう。
ジリ、ジリと俺の皮膚から汗が滲み出し、空気が陽炎のように歪む。
極薄に圧縮された魔力の刃が、黒狼の刀身を覆った。
「ふっ!」
短く息を吐き、静かに素振りを一回。
音は無かった。だが、数十メートル先の巨大な岩が、なんの抵抗もなく斜めに滑り落ちた。断面は鏡のように滑らかだ。
威力は上がっている。だが、これでもまだ、あの指を切り落とせる気はしなかった。
俺はすぐさま構え直し、無言のまま狂気的な反復練習に没頭した。
俺から少し離れた岩場では、ステラが新しい樫の杖を握りしめ、特訓に励んでいた。
砦の門を消し飛ばしてしまった反省から、彼女の目標は「威力を出さないこと」に完全シフトしていた。
「焦らない、焦らない……炎属性だけを、指先の熱に集める……」
彼女は目を閉じ、額に汗を浮かべながらブツブツと呟いている。
膨大な全属性の魔力が暴走しようとするのを、彼女自身の意志と樫の杖で必死に押さえ込み、小さな火種だけを抽出しようとする。
ぽっ、と杖の先端に小さな火球が灯った。
今まではここから一気に爆発して大火球になっていたが、今日はその火球が震えながらも、ソフトボール大のサイズを維持している。
「できた……! 魔法の威力を、コントロールできてる!」
ステラが嬉しそうに目を開けた瞬間、気が緩んだのか、火球がボフッと音を立てて弾け、彼女の前髪を少し焦がした。
「あうっ」と小さな悲鳴を上げたステラだったが、すぐに気を取り直し、再び杖を構える。
俺の狂気的な素振りを間近で見続けている彼女にも、決して諦めないという執念が宿り始めていた。
そして、あばら家の中では、テオが机に向かって山のような魔道具の部品と格闘していた。
「くそっ、これじゃ魔力の伝導率が追いつかない! ザガンとかいうバケモノ相手じゃ、僕がステラちゃんの足手まといになるだけだ」
テオの目の下には、くっきりとクマができている。
彼は魔法が一切使えない。だからこそ、自分の頭脳と技術で戦局を左右する魔道具を作り出さなければならないという強烈な焦燥感に駆られていた。
机の上には、ステラの魔力を蓄積して放つリングの改良版や、自動で展開する防御障壁の設計図が散乱している。
だが、テオは設計図の一つをグシャッと丸めて床に投げ捨てた。
「だめだ、人間が手持ちで操作する魔道具には限界がある。反応速度も、出力も、魔族相手には絶対に間に合わない……!」
テオは髪を掻き毟り、血走った目で虚空を睨みつけた。
「僕の操作を必要としない、独立した思考と動力を持った『自律型の兵器』……いや、僕の相棒になってくれるような存在が必要なんだ。僕の代わりに魔法を受け止め、僕の指示で動く、究極の……」
テオのブツブツという呟きは、次第に狂気を帯びた天才の発明家特有の熱を放ち始めていた。
彼の中で、魔法適性ゼロという最大の弱点を克服するための、ある一つの「答え」が形作られようとしていた。
三者三様の焦りと渇望。
魔族という絶対的な壁の存在は、辺境のあばら家にいる落ちこぼれ三人組を、かつてないほどの速度で進化させようとしていた。




