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第14話 砦の王

炎と土煙に包まれた廃砦の内部は、凄惨な有様だった。

ステラの魔法で正面門ごと吹き飛ばされたゴブリンたちは半数以上が炭と化し、生き残った者たちも混乱の中で逃げ惑っている。


俺は崩れた石壁を乗り越え、砦の中心部にある広場へと足を踏み入れた。

そこには、逃げ出そうともせず、玉座のように積まれた武器の山に腰掛ける巨大な影があった。


「ほう。人間の子供が、たった一人で乗り込んでくるとはな」


その怪物は、人間の言葉を流暢に喋った。

通常のゴブリンの三倍近い巨体。全身を王都製の特注と思われる重装甲で包み、手には禍々しい魔力を放つ大斧を握っている。

群れの頂点に立つ突然変異種、ゴブリンキングだ。


「貴様がたった一つの魔法でこの砦の門を吹き飛ばしたのか? 我らが高貴なる軍勢をコケにしてくれたな。王都の愚かな貴族どもから巻き上げたこの武器と、我が力をもって、貴様を肉片にして……」


「お前がここのボスか」


俺はゴブリンキングの長い前口上を遮り、間合いを詰めた。

相手の身の上話や野望になど興味はない。

テオが作った黒狼の性能を試すための、ただの的だ。


脚の筋肉に圧縮した魔力を解放し、瞬きする間に巨体の懐へと潜り込む。

ゴブリンキングが驚愕に見開いた目の前で、俺は黒狼を下から上へと無造作に振り抜いた。


鋼の重装甲ごと、大斧ごと。

ゴブリンキングの巨体は、スライムでも斬るかのようにあっけなく縦に両断され、左右に分かれて地面に崩れ落ちた。


「……やはり、刃こぼれ一つしない。いい剣だ」


俺が漆黒の刀身を見つめて頷いた、その時だった。


「いやはや、驚いた。まさか私が与えた知恵と武具で武装した軍隊が、こうもあっさりと壊滅させられるとは」


背後から、場違いなほど軽薄な拍手の音が響いた。

振り返ると、虚空から滲み出るように一人の男が現れていた。

漆黒の外套に、青白い肌。その額からは二本のねじれた角が生えている。

人間ではない。おとぎ話や神話の中でしか語られない存在、魔族だ。


「王都の貴族を操り、魔物を武装させてこの辺境を制圧する計画だったのだがね。まさかこんな辺境に、君のような規格外の怪物がいるとは計算外だったよ。君のその力は……」


男が余裕の笑みを浮かべて語りかけている途中で、俺は地面を蹴った。


相手が何者であれ、この異常な気配と魔力は敵だ。

一瞬で魔族の背後に回り込み、ゴブリンキングを両断したのと同じ力で、首筋に向かって黒狼を水平に薙ぎ払う。


だが。


ガァァァンッ!!


耳をつんざくような激しい金属音が、広場に響き渡った。

俺の渾身の一撃は、魔族の男が軽く持ち上げた左手の、たった二本の指によって完全に受け止められていた。


「……ほう」


俺は目を細めた。

今まで、俺の圧縮した身体強化の斬撃を受け止めた奴は一人もいない。


「あぶない、あぶない」


魔族の男は指先から黒い火花のような魔力を散らしながら、引きつった笑いを浮かべた。


「なんだ君は。純粋な物理的な腕力だけで、私の絶対防御障壁を削り切る寸前までいったぞ。魔法も使わず、ただ力任せに振っただけで空間が歪んでいるじゃないか」


男は二本の指で黒狼の刃を挟んだまま、興味深そうに俺を見つめてきた。


「君、名前は?」

「ルシアだ」

「ルシアくんか。私は魔族のザガン。いや、素晴らしいよ。王都の貴族どもがいかに無能で退屈な連中か、君を見ていると思い知らされる」


ザガンと名乗った魔族は、すっと指を離し、俺から距離を取った。


「今日は少しばかり偵察に来ただけだ。私はいま、本来の肉体を取り戻すための器の準備で忙しくてね。君と遊んでいる暇はないんだ」


ザガンの足元に、漆黒の魔法陣が浮かび上がる。


「王都の貴族を使った兵器集めは諦めるとしよう。だが、君という面白い存在を見つけられたのは大きな収穫だ。ルシアくん、君のその異常な力が、我々魔族の悲願の前にどこまで通用するか。また会える日を楽しみにしているよ」


影が溶けるように、ザガンの姿が魔法陣の奥へと消えていく。

完全に気配が消滅した広場で、俺は黒狼を鞘に納めた。


「魔族、か」


たった二本の指で俺の剣を止めた相手。

それは前世を含めても初めての、明確な壁だった。

前世の俺は、壁にぶつかるたびに逃げ出していた。だが、今は違う。不思議と焦りや恐怖はない。むしろ、体の奥底から静かな熱が込み上げてくるのを感じていた。


この世界には、俺の全力をぶつけても壊れない存在がいる。

ならば、さらに魔力を圧縮し、さらに剣を振り続けるだけだ。


俺のたった一つの魔法が向かうべき新たな高みが、明確に見えた瞬間だった。

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