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第10話 空白の五年

幼いギルドマスター、メリルとの面会を終えた俺たちは、無事に初依頼の報酬を受け取り、辺境都市ランカで一番賑わっている酒場兼食堂へと足を運んだ。


ゴブリン五十匹分の討伐報酬は、Fランクの初任給としては破格だった。

俺たちは奥の円卓に陣取り、焼きたての肉料理や温かいスープ、テオと俺はエール、ステラは果実水が入った木の実のジョッキで乾杯した。


「俺たちの初陣と、無事の再会に。乾杯」

「乾杯!」

「か、乾杯っ」


木のジョッキが打ち合わされる音が響く。

俺は目の前に並べられた香草焼きの肉を口に運び、思わず目を閉じた。


「美味い……まともな味付けの肉を食べたのは、本当に五年ぶりだ」


俺の言葉に、ステラが少し悲しそうな顔をした。


「ルシアくん、辺境に追放されてからの一人暮らし、すごく大変だったんじゃない? 今日はゆっくり、この五年間どんな風に過ごしていたのか教えてほしいな」


「大変というほどのことはないさ」


俺はスープで肉を流し込みながら、淡々と語り始めた。

あばら家を見つけてからの毎日は、ただの反復だった。朝起きて、素振りをする。魔力を先端に圧縮する感覚を掴むため、血反吐を吐きながら一日一万回剣を振る。

腹が減ったら、森に入って適当な魔物を狩って焼いて食う。その繰り返しだ。


「そういえば三年目くらいに、山みたいにでかい熊の魔物が出たことがあったな。素振りの邪魔だったから木の枝で叩き斬ったら、肉が数ヶ月分も保って助かったよ」


「ちょっと待ってルシアくん。山みたいにでかい熊って、もしかして額に三つの目がある暴虐のタイラントベアじゃないよね……?」

テオが引きつった顔で尋ねてくる。


「ああ、確かに目は三つあったな。毛皮が硬くて捌くのに苦労した」

「それ、王都の騎士団一個大隊がかりで討伐する災害級の魔物だよ! なんでそんなのが素振りのついでに狩られて、数ヶ月の保存食になってるのさ!」


テオが頭を抱え、ステラが目を丸くする。

俺としてはただの少し硬い非常食だったのだが、どうやら世間一般では大層な獲物だったらしい。


「まあ、俺のことはいい。テオ、お前はどうやって商会なんて立ち上げたんだ。平民の商人見習いには簡単なことじゃなかったはずだ」


俺が話を振ると、テオはジョッキを置いて胸を張った。


「そりゃあもう、死に物狂いさ。学園の授業は魔法至上主義ばかりで、僕の魔道具研究には何の役にも立たなかったからね。すっぱり中退して、王都の裏通りでジャンク品の修理から始めたんだ」


テオの瞳の奥に、確かな誇りと、商人としての野心が光る。


「ルシアくんのあのバカげた出力に耐える武器を作るには、最高級の素材と特殊な錬金設備が必要だった。だから僕は、自分が発明した生活用魔道具の特許を貴族に売りつけて資金を作り、自分の商会を立ち上げた。すべては、君に最高の武器を届けるためさ」


「テオ……」


平民が貴族相手に商売をし、特許を売りつける。言葉にするのは簡単だが、裏ではどれほどの苦労や汚い駆け引きがあったか想像に難くない。

こいつは俺のために、そこまでしてくれたのだ。


「恩に着る。黒狼は最高の剣だ」

「ふふん、まだまだ試作段階だよ。次はもっとすごいギミックを積んでやるからね」


俺とテオが笑い合うと、ステラが少しだけ俯き、ジョッキの両手で包み込んだ。


「二人はすごいな……目標に向かって、一直線に進んでいて。私なんて、ルシアくんがいなくなった学園で、ずっと逃げてばかりだった」


ステラが、ぽつりぽつりと語り始める。

俺が追放された後の学園は、彼女にとって息の詰まる地獄だったという。

全属性を制御できない彼女を、誰もが厄災と呼んで遠ざけた。兄のガルスたちエリートは彼女を露骨に見下し、彼女自身も誰かを傷つけることを恐れて、部屋に引きこもりがちになった。


「でもね」


ステラが顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめた。


「ルシアくんが毎日、裏庭でボロボロになりながら剣を振っていた姿を思い出したの。一つのことだけを、絶対に諦めないって。だから私も、魔法を使うのは怖かったけど、部屋の中で少しずつ、魔力の流れを感じ取る練習だけは続けてたんだ」


彼女の目には、以前のような怯えはなかった。


「そんな時に、テオくんが商会の馬車で迎えに来てくれたの。ルシアくんのところに行くけど、一緒に来るかいって。本当に、嬉しかった」


ステラの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。

それは悲しみの涙ではなく、長い孤独から解放された安堵の涙だった。


俺は手を伸ばし、彼女の頭をポンと撫でた。


「よく頑張ったな、ステラ。もう一人で抱え込む必要はない。お前の魔力が暴走しても、俺が全部叩き斬ってやる。テオがいれば、どんな問題でも解決の糸口を見つけてくれるさ」


「うん……っ、うん!」


ステラが涙を拭い、満面の笑みを浮かべる。

テオも優しく微笑みながら、自分のジョッキを掲げた。


「さて、しんみりするのはこれくらいにしよう。僕たちの冒険はまだ始まったばかりだ。ルシアくんの剣と、ステラちゃんの魔法、そして僕の頭脳と魔道具があれば、世界中どこだって行けるさ!」


「ああ、そうだな」


俺もジョッキを持ち上げ、三つの木の杯が再び中央で重なり合う。


魔法が少なすぎる俺。

魔法がないテオ。

魔法が多すぎるステラ。


かつて王都の学園で落ちこぼれと呼ばれた三人組は、五年という空白の時間を経て、互いの欠落を完全に補い合う、最強のパーティーへと成長を遂げようとしていた。

夜の辺境都市の喧騒の中、俺たちの宴はいつまでも続いた。

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