表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生の魔女  作者: RUSA
82/146

5生 ep.36

イブンがレオ王国へ帰還して三か月と少し。




旧ゲルド領、現「セト王国」の王宮に、風塵にまみれた一団が紛れ込んだ。


顔を隠し、キャラバンの商人に扮して秘密の通路を通り、息を切らして現れたのは、イブン王子その人であった。




「……誰だ、そこか!」


玉座の間の背後、隠し通路の扉が開く音に、セトが鋭く反応した。 姿を現したのは、砂埃にまみれた商人の装束に身を包み、深くフードを被った男。




彼が顔を覆っていた布を外した瞬間、セトは驚愕に目を見開いた。


「イブン王子……!? なぜ、そんな格好でここに!」


再会の喜びに駆け寄ろうとしたイブンだったが、セトの顔を間近で見た途端、その足が止まった。




「せ、先輩……!? どうしたって言うんですか、その顔! ミーナさんも……なんだか、抜け殻じゃないですか!」




そこにいたのは、精悍さをどこかへ置き去りにしてきたような、心身ともに削げ落ちたセト王。


そして、隣で虚空を見つめて微動だにしない、心ここにあらずといった風情のミーナ王女。


彼らの後遺症はまだ続いていた。


それに100人の教師はいなくなったわけではない。




「あ、ああ……。ちょっと、色々あってね」


「思い出し……ウェップ」


突然、口元を押さえて蹲るミーナ。




セトが手慣れた様子でその背中を優しくさする。


「大丈夫だ、ミーナ。もうあの先生たちはいない……。ああ、イブン王子、僕たちは何とか生きている。本当に、何とか、だけどね」




その惨状の背後で、優雅に扇子を揺らしながら「ククク……」と忍び笑いを漏らす影。




「相変わらずね、イブン。キャラバンに紛れてまでやってくるなんて、相当な急用かしら?」


エンヴァの問いに、イブンは居住まいを正した。




やつれた二人を案じつつも、懐から大切に保管されていた、レオ王国の封蝋が押された親書を取り出す。


「……父レオから、縁談の申し込みを預かって参りました。わたくしイブンと……ミーナ王女殿下の婚儀を」




「縁談? 突然ね」


エンヴァが眉を動かす。




差し出されたのは、かつて彼女が慈しんだレオ王とリナ王妃からの直筆の手紙。


セト王国とレオ王国。




この二つの王国が手を取り合うことこそが、砂漠の平和を繋ぎ止める唯一の鎖となる――。


戦略的に見れば、これ以上の手はない。




レオ王国は表向き帝国の臣下であり、もし彼らが敵に回れば、セト王国は東と南から挟み撃ちを食らう。


だが、この婚姻が成れば、砂漠は巨大な一つの意思として纏まる。




エンヴァは、レオとリナの国を戦火に巻き込みたくはなかった。


だが、手紙に込められた王と王妃の並々ならぬ決意と、キャラバンに紛れてまでやってきたイブンの真っ直ぐな瞳。




そして、地獄の教育を経て「戦う知恵」を身につけたセトとミーナを見つめ、決断した。


「……ミーナさえ良ければ、構わないわよ」


エンヴァの許しが出た瞬間、ミーナの虚ろだった瞳に、ほんの少しだけ生気が戻った。






「え? 私、結婚するの? ……イブンと?」


ミーナが呆然と呟いた。


その言葉の響きには、驚きと共に、この三か月間で叩き込まれた「知識」の重みが混じっていた。




「政略結婚」


――その四文字の残酷さを、ミーナは嫌というほど知っていた。




ある時は強大な部族長を繋ぎ止めるために娘が差し出され、またある時は、城を包囲する敵軍を退かせるために、王女が大量の金品と共に敵陣へと送られた歴史。




王家に生まれた女に、心を通わせる自由など存在しない。




それが、百人の教師たちが異口同音に語った「王道」の真理だった。




だが、その暗記させられた事例たちが、今、自分自身の現実として目の前に突きつけられている。




「……別に、お前が嫌なら断ったっていいんだぞ。ミーナ」


沈黙に耐えかねたように、セトが隣で声をかけた。


王としての顔を脱ぎ捨て、かつて妹を守り抜いた兄の顔で、彼は優しくミーナの背中を叩く。




数秒の沈黙がとても長く感じられた。


そしてミーナが口を開く。




「私は……。……イブンなら、いーよ!」




一瞬の逡巡の後、ミーナは弾けるような笑顔を見せた。




その細い腕で、商人の服を纏ったイブンに迷いなく抱きつく。


「わ、わわっ! ミーナさん……!」


「私はもう、ただ守られるだけの女の子じゃないもん。……イブンとなら、一緒に戦える気がするの!」




自分を「王女」としてではなく「ミーナ」として見てくれる青年。




知識としての政略結婚を、彼女は自らの意志で「希望」へと書き換えたのだ。




「……はは、まいったな。正式なプロポーズは後日、改めて。まずはこの承諾を、父さんと母さんに大急ぎで報告してくるよ」




顔を真っ赤にしながらも、イブンは力強くミーナを抱き返した。


そして、感極まった様子でセトの方を向き、深々と頭を下げる。




「これからもよろしくお願いします! お義兄にいさん!」


「お、お義兄さんって……気が早いよ、イブン王子」




照れくさそうに頬をかくセトと、幸せそうに笑うミーナ。


殺伐とした最前線に、一筋の温かな光が差し込んだ瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ