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転生の魔女  作者: RUSA
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5生 ep.35

かつて泥にまみれ、鎖に繋がれていた少年と少女。彼らが今、帝国の版図を塗り替えた「王国」の中心で、眩いばかりの光の中にいた。




「わあああああ! こっちも素敵、そっちも可愛い! お兄ちゃん見て見て!」


王宮の一角、かつて帝国の高官が贅を尽くした私室に、ミーナの歓喜の叫びが木霊していた。




周囲を取り囲むのは、洗練された所作の女官たち。




彼女たちは、まるでお気に入りの人形を愛でるかのように、最高級の絹やレースをあしらったドレスを次から次へとミーナの身体に宛がっていく。




奴隷から「王女」へ。




そのあまりにも急激な転身に、十三歳の少女は夢から覚めることを拒むように、ただ目の前の幸運に溺れていた。




「……あんまり浮かれるんじゃない、ミーナ。」


玉座の重みに耐えかねたような顔で、セト「王」が低い声を出す。




だが、その膝の上に遠慮なく飛び乗ってきた妹の瞳には、かつての絶望の影など微塵も残っていない。




王宮では二人が「元奴隷」であるという事実は、すでに周知の事実となっていた。




だが、旧ゲルド領の官僚たちに動揺はない。


彼らにとって、この二人は「魔女の所有物」であり、彼女が「王」だと言えば、それが路傍の石であっても跪く。




彼らが向ける礼節は、セトたち個人へではなく、その背後に立つ「魔女」への畏怖そのものだった。




そこに、冷ややかな、すべてを見透かすような声が降る。


「……随分と楽しそうね。二人とも」


部屋の入り口に、エンヴァが立っていた。




彼女が放つ圧倒的な威圧感に、女官たちが一斉に平伏する。




エンヴァは戯れる兄妹を冷たく一瞥し「命令」を口にした。




「暇だったら勉強でもなさい。……歴史、軍学、帝王学、言語。王として必要な『全て』を」




それは、剣を振るうことよりも、泥水を啜ることよりも過酷な、終わりのない研鑽の始まり。


十五歳の王と十三歳の王女に、魔女は「知る」という名の、最も逃げ場のない檻を授けた。




魔女エンヴァの、あの日下された残酷な「命令」。


十五歳の王と十三歳の王女は、その言葉の真の恐怖を、翌朝知ることとなった。




「おはようございます、陛下。本日はまず、帝王学、経済史、そして帝国の外交儀礼を叩き込みます」




「ミーナ王女殿下、あなたは毒草の見分け方と、扇子を使った暗号を。さあ、一分も無駄にはできませんよ!」




ーー夜明け前。




セトとミーナがまだ夢心地の中にいる間に「教師」たちが部屋になだれ込んできた。






「待っ……一気に言われても……っ!」




「陛下! 弱音を吐く暇があるならこの条約文を暗記してください! 間違えたら針で刺しますから」


「はぁ?そんな事誰が決めたんだ?」


「エンヴァ様です、お赦しを貰っています、さぁ!」






隣ではミーナが、十人の侍女(という名の教育係)に囲まれ、正しい姿勢を保ちながら同時に三つの言語で返答するという、もはや拷問に近い訓練を受けていた。




「お兄ちゃん……先生たちの目が……みんな充血してる……」


「ああ……。エンヴァ様に『成果を出せ』って、脅されてるんだろうな……」




教師たちも必死だった。


彼らにとって、この「勉強会」は戦場だ。


魔女の期待に応えられなければ、次はない。


その殺気にも似た情熱が、セトとミーナの精神を容赦なく削っていく。




三日後。




「……セト、ミーナ。休憩よ。スープを飲みなさい」


エンヴァの声が天啓のように響く。




だが、机に突っ伏したセトの瞳は完全に上を向き、口からは


「……関税、撤廃……兵糧、三割増し……」と、うわ言が漏れている。




ミーナに至っては、最高級のドレスを纏ったまま床に転がり、白目を剥いて手にした羽ペンを離そうとしない。




「あら。まだ三日目なのに、もう魂が抜けかけているの?」


エンヴァは、白目を剥いて完全に「無」の境地に達した二人を眺め、優雅に紅茶を啜った。








百人の教師による地獄の講義から三か月。


かつて泥を啜り、鎖に繋がれていた少年と少女は、今、砂漠の月明かりの下、眩いばかりの光の中にいた。






「……見事なものね」


砂漠のオアシスに築かれた、一夜限りの豪奢な舞踏会場。




その喧騒から少し離れたテラスで、エンヴァは黄金の瞳を細めた。


視線の先には、完璧な仕草でロンドを踊るセトとミーナ。




十五歳の少年王は、仕立ての良い礼服を纏い、その背筋はかつての奴隷の卑屈さを微塵も感じさせない。




十三歳の王女ミーナは、砂漠の風にドレスをなびかせ、その笑顔は見る者を魅了する。


ダンスが終わり、挨拶に訪れた客たちとの会話が始まる。




「セト王、東部国境の防衛に関して、我が部族の騎馬隊を配備する案ですが……」




「……ええ、存じております。ですが、あそこは補給路が脆弱だ。部族長、貴方の提案は素晴らしいが、まずは街道の整備を優先すべきでは? 帝国の別働隊に背後を突かれれば、一溜まりもありませんよ」




セトの口から滑らかに飛び出す、軍学と地政学の専門用語。


砂漠の部族の王子や、様子見に訪れた帝国領の貴族たちは、その少年の「見識」に、隠しきれない驚きを浮かべた。




隣ではミーナが、貴婦人たちに囲まれている。


「まぁ! この茶葉……ほのかな甘みと、奥深い香り。……帝国の、あの有名な『鴉の止まり木』ですわね!」




「さ、流石はミーナ王女殿下! 一口でそこまでお分かりになるとは……!」


彼女が披露するのは、かつて教師に無理やり飲まされた毒草の見分け方……の副産物として身に付いた、味覚と嗅覚の鋭さ。


そして、地獄のマナー教育で叩き込まれた、完璧な外交辞令。




「……ふふん♪」


その様子を、少し離れた場所から眺めていたエンヴァが、満足げに鼻を鳴らした。




百人の教師たちに「死ぬ気で教えなさい」と命じた、あの日々。


白目を剥いて泡を吹いていた二人が、今完璧な王族を演じている。






華やかな砂漠の舞踏会。そこで完璧な「王」と「王女」を演じきった二人が、重い扉を閉めた瞬間に見せたのは、洗練された貴族の顔ではなく、かつての泥にまみれた兄妹の素顔だった。




「もう! エンヴァ様っ!」


「本当ですわ! 私たちをどうするおつもりなんですの、あんな……あんな本物の地獄みたいな生活!」




王宮の奥深く、限られた者しか立ち入れないプライベートルーム。




つい数刻前まで、東部防衛の戦略を冷徹に語っていたセト王は、なりふり構わずエンヴァに詰め寄っていた。


隣では、最高級のドレスを纏ったミーナ王女が、淑女の仮面をかなぐり捨てて頬を膨らませている。




百人の教師。


不眠不休。


毒草の試飲に、意識が飛ぶまで繰り返されたマナーの反復横跳び。


それは教育という名の「人間改造手術」に等しかった。




「ふふ……。良かったじゃない。あれだけ完璧に立ち回れたんだもの」


ソファに深く腰掛けたエンヴァは、手に持ったグラスを揺らしながら、珍しく上機嫌に目を細めた。




三か月。




常人なら発狂して脱落するであろうその期間で、彼女は「奴隷」という概念を二人の脳内から完全に消去し、代わりに「支配者としての知識」を力ずくで強制注入したのだ。




「思い出しただけで吐きそうです、あの暗記地獄!」


「わたくしもです! スープを飲むたびに毒の種類を脳内で列挙しちゃう癖、どうしてくれるんですの!」


「答えられなかったら針で刺すとか、あんまりじゃないですか!」


「そう?そうした方が早く覚えるでしょう?」




喚き、散々に文句を垂れる二人。




だが、その光景こそが、彼らにとっての唯一の救いだった。


帝国の軍勢を前にしても、数万の民衆を率いても、彼らが「子供」に戻れる場所。




それは、自分たちを地獄の淵から救い出し、同時に新たな地獄へと叩き落とした、この魔女の御前だけなのだ。




文句を言いながらも、その瞳にはかつての怯えはない。


地獄を生き抜いたという自負と、魔女に認められたという確信。




「思い出したら吐く」




ほどの過去を背負い、少年と少女は、本物の覇道へと足を踏み出そうとしていた。

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