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転生の魔女  作者: RUSA
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5生 ep.20

かつてこの地を支配していた「統一ディルガム王朝」の栄華を象徴する、黄金の都。


砂漠を焼き尽くす太陽の下、かつてエンヴァ自身が居を構えていた王宮が、今も変わらぬ姿でその威容を誇っている。




旧ゲルド王宮。




現在は帝国から派遣された貴族が統治するこの地は、砂漠の中心にあってなお、産出される黄金によって眩いばかりの繁栄を維持している。




「おお! 皇女殿下! よくぞおいでくださいました。さあさあ、どうぞごゆっくりと逗留くださいませ!」


仰々しく手を広げ、媚びるような笑みを浮かべて出迎えるのは、この地を預かる伯爵だ。


だが、馬車から降り立ったエンヴァの瞳に、歓迎に応える熱はない。




「よろしくお願いします伯爵。補給を済ませたらすぐに出立しますから、おかまいなく」


にべもない返事。




伯爵の面目を一瞬で叩き潰すような冷淡さだが、彼女にとってこの男はただの宿屋の店番程度にしか価値が無い。




石畳を踏みしめ、見上げる天蓋。


ここは、前世のエンヴァが確かに生きていた場所だ。




傀儡かいらいとして飼っていた騎馬隊の隊長を王にまで仕立て上げ、砂漠に打ち立てた統一王国。


帝国との苛烈な争いの中で、戦争の指揮を取り様々な魔法で帝国軍を撃退したエンヴァは「お姉さま」の魔法によって命を落とし――


魔女の力を失ったディルガム王はエンヴァの前夫との子であるレオへ王位を譲り行方不明とされた。




(……何も、変わっていないわね)


壁に刻まれた紋章も、風に乗って流れる乾いた砂の匂いも、記憶の中のままだ。


隣に控えるセトは、主のどこか遠くを見つめるような、湿り気を帯びた眼差しに気づき、静かにその背を守る。


彼には、この王宮が彼女にどのような「痛み」を思い出させているのか、知る由もない。




「補給と休養で三日間逗留致します」


警備隊長が報告に来る。




「最低限の補給で構わない」


とエンヴァの意向を半分だけかなえた折衷案。




しかし、その微妙な日数が一つの騒ぎを醸し出してしまった。








「エンヴァ様が、この王宮にお戻りになられたぞ!」


「間違いあるまい。王宮に勤める息子が、確かにあの美貌をこの目で見たと言っている!」




噂は砂嵐よりも早く、都の路地から路地へと駆け抜けた。




現在は帝国の統治下に置かれている旧ディルガム王国の臣民たち。


彼らにとって「エンヴァ」という名は、教科書に記された歴史ではない。




かつて先頭に立って帝国と戦い、この砂漠に誇りを与えた「伝説の魔女」そのものだ。




「エンヴァ様! お帰りなさいませ!」


「我らが魔女、エンヴァ様! 万歳!」




気づけば、王宮の門前には数え切れないほどの群衆が押し寄せていた。


「帝国から来た第三皇女」


という公式の肩書きなど、彼らにとっては無意味な虚飾に過ぎない。


民衆は確信していた。




レオ王国へ去ったはずのあの誇り高き魔女が、再び自分たちの元へ舞い戻ってきたのだと。




「エンヴァ様!西門よりお出になってください!このままだと民衆が王宮になだれ込んでしまいます!」




旧ゲルドの都は、歓喜の咆哮から地獄の叫喚へと一変した。


「名前が同じ」という偶然だけで、民衆がこれほどまでの暴挙に出ることはない。




あの「魔女」と同じ銀髪、そしてすべてを見透かすような黄金の瞳。


その他に類を見ない美貌を目撃してしまった王宮警備兵たちの震える証言が、王宮に松明を投げ込んだのだ。




「この地に魔女エンヴァなどおらぬ! 静まれ、不届き者共め!」




伯爵の金切声が響くが、それはもはや怒れる民衆の波にかき消されていた。




彼らにとって、目の前の帝国貴族など路傍の石に過ぎない。


ただ一人の、自分たちの誇りであった女性を救い出す。




その狂信的なまでの熱情が、王宮の堅牢な門を内側から揺さぶっていた。




「エンヴァ様に会わせろ!」


「帝国からエンヴァ様をお救い申し上げるのだ!」


押し問答は一瞬で殺し合いへと変貌する。




王宮の廊下では、警備を突破した民衆と、恐怖に駆られた帝国兵の剣が交差した。




白磁の床には、かつての王朝の栄華を汚すように、生々しい血の海が広がっていく。


一方、その騒乱の渦中。




エンヴァは驚愕に目を見開くセトの腕を引き、伯爵の部下から誘導された王宮の隠し通路へと滑り込んでいた。




「エンヴァ様、一体何が……! なぜ彼らはあんなに……」


「……説明している暇はないわ。今はここを離れるのが先決よ」


湿った石壁の向こう側から、人々の叫び声と金属音が遠く響く。




かつて自らが守ったはずの民たちが、今は自分の名を叫びながら血を流している。


皮肉な現実に、エンヴァはわずかに唇を噛み、暗闇の先へと急いだ。




数時間の強行軍の末、一行は地下道を抜け、大きく回り道をして南西の宿場町へと辿り着く。


背後に見える王宮からは、不気味な煙が立ち上っていた。




「ご覧ください。駐屯地から王宮へと、制圧軍が入っております」


騎馬隊の隊長が指し示す先。黄金の王宮へと続く一本道に、分厚い砂塵が舞い上がっていた。 帝国の鉄の規律。反乱の兆しすら許さぬ圧倒的な武力が、今まさに「魔女の復活」を夢見た民たちを蹂躙しようとしている。


早晩、王宮における「暴動」は鎮圧されるだろう。




そして明後日の朝には、見せしめとして数多の首が城門に掲げられるに違いない。


その首の持ち主たちは皆、最期の瞬間まで「エンヴァ」の名を叫んでいた。




「エンヴァ様、なるべく馬車から顔を出さぬように。……宿を探します。外へお出になる時は、どうか布で顔をお隠しください」




騎馬隊長の進言は、極めて冷静で、かつ切実だった。




銀の髪、黄金の瞳。


この地において、彼女の素顔はもはや美の象徴ではなく、火薬庫に投げ込まれる松明そのものだ。




これ以上の無駄な血を流さぬため、そして一行が砂漠の民達の追及を逃れるためにも隠し通さねばならない。




エンヴァは黙って頷き、薄い布でその麗しき容貌を覆った。


セトの手を借りて馬車を降り、人目を避けるようにして古びた宿屋の門をくぐる。




(……皮肉なものね。自分の家だった場所で、泥棒のように顔を隠して歩くなんて)


布越しに見える景色は霞み、どこか現実味を欠いている。




帝国の兵士たちが廊下を固め、分厚い扉の向こうからは整然とした軍靴の音が響く。 女官の手による清拭を終え、ようやく「皇女」という儀礼的な役割から解放されたはずの、その時だった。




部屋の中に、かすかな、けれど乾いた異音が響く。


ガタン。


不自然に振動したのは、部屋の片隅、石造りの壁の一部。 装飾的なレリーフに見えた境界が滑るようにずれ、ぽっかりと黒い空洞が口を開いた。




部屋の中に、かすかな、けれど乾いた異音が響く。


ガタン。


不自然に振動したのは、部屋の片隅、石造りの壁の一部だった。


装飾的なレリーフに見えた境界が滑るようにずれ、ぽっかりと黒い空洞が口を開く。




「……っ」


咄嗟に身構えたエンヴァの視界に、闇の中から滑り出るようにして現れた一人の男の姿が映った。


護衛のセトは、今はこの部屋にはいない。




別の部屋で待機を命じられている少年に助けを呼ぶ暇など、一瞬たりともなかった。




「…………」


だが、男の姿を完全に捉えた瞬間、エンヴァの喉が小さく鳴る。


張り詰めていた警戒心は、別の、もっと激しく揺さぶられるような衝撃に取って代わられた。


黄金の瞳が驚愕に、そしてどこか深い既視感に彩られる。




そこに立っていたのは、旧統一王朝のかつての王、ディルガムだった。






「エンヴァ……早く来い! ここから逃げるぞ!」


焦燥に駆られたその声は、かつて砂漠を震わせた王のものではなかった。




そこにいたのは、かつての威光など見る影もない、みすぼらしい風体の男。


だが、その瞳に宿る精悍な輝きは、かつて騎馬隊長として大陸を駆け抜けていた頃のそれと、何ら変わりはなかった。




「……あなたは、誰ですか? むやみに近づけば、警備の兵を呼びますわよ」


エンヴァは、凍てつくような冷徹な声を放つ。




帝国の第三皇女という仮面を即座に被り、男を言葉の刃で制する。




彼女には、この男を部屋に入れたことが兵士に知られた際のリスクが痛いほど分かっていた。


「何を言っているんだエンヴァ! 俺のことを、ディルガムを忘れたというのか!」


男——ディルガムは、信じられないと言わぬばかりに彼女の小さな肩を掴む。




その必死な様子と、部屋から漏れ出た異質な物音に、廊下の兵士が敏感に反応した。


「殿下! 何かございましたか!」


扉の向こう側から鋭い声がかかる。




次の瞬間には、重い剣を帯びた兵士たちが部屋へなだれ込んでくるだろう。


「何でもないわ! 大きなネズミが出ただけ! 大丈夫、下がっていなさい!」

一瞬の迷いもなく声を張り上げ、兵士たちを退ける。




その一方で、エンヴァはディルガムの口に細い指を一本あて、「シー」と強く言い含めた。

混乱するディルガムを宥めるように視線で制し、彼女は優雅な所作で椅子に深く腰を下ろす。




「……さて。お話しなさいな」


静かに、けれど逃げ場を許さない響き。

皇女としての仮面の裏側で、かつての魔女の瞳が、再会した亡霊の言葉を待ち構えていた。

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