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転生の魔女  作者: RUSA
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5生 ep.11

「約束、よね。公爵」


エンヴァの冷ややかな一言が、静まり返った馬場に死刑宣告のように響き渡った。


公爵は真っ青な顔で、がたがたと膝を震わせている。


その視線の先には、馬から振り落とされ、土塗れになって這いつくばるあの使者の姿があった。




「お、お助けください! 公爵閣下! 私はただ、閣下のために……!」


必死に主人の裾に縋り付く使者。




しかし、公爵はそれを冷たく振り払った。


いま、この場でエンヴァの機嫌を損ねれば、公爵家そのものの権威が地に落ちる。




家門を守るため、彼は「トカゲの尻尾」を切り捨てる決断を下したのだ。


「……騎士、出よ! この愚か者を捕らえ、エンヴァ殿下への捧げ物とせよ!」


「ひ、ひぃっ、やめてくれ! 助けてくれええ!!」


騎士たちに取り押さえられ、地面に押し付けられた使者が、無様に涙と鼻水を流して喚き散らす。 先日までまで高圧的に奴隷の少年を鞭打っていた傲慢さは、影も形もない。




(……そんなに叫ばれると、耳に障るわね)


エンヴァはゆっくりと歩み寄る。


その足取りは、死神の歩みよりも優雅で、それでいて不可避な重圧を伴っていた。




跪く使者の目の前で止まった、泥一つ付いていない白い靴。


使者は恐怖のあまり、失禁しそうなほど震えながら彼女を見上げた。




「……首を、もらうと言ったわね。公爵」

エンヴァは黄金の瞳を公爵へと向ける。



(……ここでこの男の首を落とす、あるいは公爵自身に落とさせるのは容易いけれど)


目の前の12歳の少女が「殺して」と囁くだけで、この男の首と胴はおさらばする。

その残酷な真実を、当の使者は誰よりも痛いほど理解していた。




ペロリと指を舐めるエンヴァ。


「へ……な、何を……?」


まるで小さな悪魔のような表情で震える使者の首筋に、エンヴァは先ほど舐めた白く細い指を添える。


そのまま、首にスーッと一本の線を引いた。


ぬらぬらと湿った線が、彼の喉元をなぞる。




「ひ、ひいいいいい! 命ばかりは! エンヴァ様!!! お助けをぉぉ!!」




かつての傲慢な騎士の威厳など、もはや微塵もない。




帝国一の美少女を前にして、男は無様に失禁し、恐怖のあまり脱糞までして文字通り泥にまみれ、12歳の少女に泣いて命乞いを繰り返す。




散々、男のプライドを粉々にし、その恐怖心をもて遊んだ挙句。




会場中に鼻を突く悪臭が漂い始めたところで、エンヴァは冷たく指を離した。




「……このあたりで赦してあげることにするわ。帰るわよ、セト」


ようやく気が済んだと言わんばかりに、エンヴァは背後の執事に声をかける。




「は、はい……っ! 畏まりました!」




「せっかく公爵から頂いた『もの』だもの。あなたが持って帰りなさい」


「承知しました、エンヴァ様!」




エンヴァは震えている公爵の方を、一度も振り返ることなく優雅に歩き出す。


「それでは、ご機嫌よう公爵。……良い『馬』をありがとう」




その言葉を残し、悠然と去りゆくエンヴァ。


公爵家の一族も、メイドたちも、何が起きたのかさえ理解できず、ただ呆然とした顔でその背中を見送るしかなかった。






数日後

「エンヴァ様! 肥料をお持ちしました!」


朝の爽やかな空気の中、セトの明るい声が響く。 エンヴァは縁側に腰掛け、気怠げに視線を上げた。


「そう。倉庫へ運んでおいて」


「はい! ……それにしても、公爵から頂いたこの馬車、本当に作りが良いですね。土でも肥料でも、スイスイ運べますよ!」


「そう。それは良かったわ」

エンヴァ自身、あの公爵からせしめたこの馬と馬車については、心から満足している様子だった。








あの日以来、公爵家の名誉は文字通り泥にまみれ、地に落ちた。


帝国の社交界において、その家名は常に「例の、馬車との駆け合いに負けた……」という、屈辱的な前置詞と共に語られることになったのだ。


激昂した公爵によって、あの日醜態をさらした使者は即座に暇を出され、公爵家の台所を預かっていたシェフたちは、その日のうちに全員が総入れ替えを命じられた。






あの日、エンヴァが馬場の片隅で即興で作り上げた、赤と白のコントラストが美しい料理。


それは瞬く間に帝都の貴族たちの間で噂となり、やがて定番の献立として定着することとなった。


瑞々しいトマトの赤と、純白のモッツァレラチーズ。

そこにバジルの緑と黄金のオリーブオイルが添えられたその一皿は、いつしかこう呼ばれるようになる。


「妖精の恵み」


「あの、美しき第三皇女エンヴァ様が、生み出した美食」

として、皇帝や諸外国の王たちの食卓をも彩るお気に入りとなったのだ。





そんな事はつゆ知らず。

当の魔女エンヴァは今日も鼻歌を歌いながら豆を煮戻していた。

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