表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生の魔女  作者: RUSA
53/159

5生 ep.7

「お姉さま」による昨夜の「坊や」発言、そして失禁し崩れ落ちた皇帝の姿。




エンヴァは収穫した豆の重みを感じながら、頭の中でバラバラだったパズルを組み上げていた。


父である皇帝は、ただの傀儡くぐつですらなかった。




魔女に「飼われ」、口を封じられ、ただ玉座に座らされている「繁殖用の家畜」。

それが、大陸の三分の一を支配する為政者の正体だった。



(……そんな人の娘に産まれたアタシも、大概だけどね)


もはや皇帝にこれ以上何を問うても無駄だろう。

彼は「魔女」という概念そのものに魂を折られている。




そんな中、外界ではエンヴァの「妖精のような美しさ」に毒された貴族たちが、一斉に動き出していた。




「エンヴァ様、また縁談の申し込みです。今度は北の公爵家から……」




セトが困惑した顔で、山のような書簡を抱えてくる。


先日の舞踏会。12歳のエンヴァが見せた、この世のものとは思えぬ気品と美貌。




それに当てられた大貴族たちは、こぞって自慢の御曹司を「供物」として差し出してきたのだ。


「『エンヴァの好きにさせるがよい』、ね。……お父様も、投げすぎでしょう」




皇帝は判断を放棄した。


というより、娘の背後に潜む「魔女」の不興を買うのが怖くて、口を出す勇気すら失ったのだ。




エンヴァの前に並べられたのは、帝国屈指の6つの名家、そして2つの隣国の王子からの求婚。


その中の一通――砂漠の熱風を孕んだような派手な封筒に、エンヴァの指が止まった。




『砂漠の王国・南域。レオ王が嫡子、イブン王子との婚約提案』


「……イブン? レオ……?」




一瞬、思考が止まる。 前世、この手で命を奪った砂漠の王、イブン。


そして、その後に残された、エンヴァが慈しみ育てたはずの「息子」レオと「娘」リナ。




(……はぁ。ちょっと、嘘でしょ)


報告書を読み進めるほど、エンヴァの顔からハイライトが消えていく。




レオとリナ。血の繋がった双子である二人が、禁忌を犯して結ばれ、王国を統治していること。


そして、その間に産まれた息子に、先代の名である「イブン」を冠したこと。




「……あの子たち、本当に何やってんのよ。」


前世の「子供たち」が犯した背徳。


そして、その「孫」にあたる少年が、いまや自分(転生した祖母)に求婚してきているという、喜劇にもならない地獄のような構図。




エンヴァは、深く、深く、底の見えない溜息をついた。








砂漠の王国、その深奥にある執務室には、乾いた熱気とともに一人の男の絶叫が響き渡っていた。


「金貨、10万枚だと……!? 正気ですか、レオ王! それではこの国が滅びまする! 砂を噛んで生きろとおっしゃるのか!」


財務を預かる大臣は、羊皮紙に記された桁外れの数字を前に、泡を吹かんばかりに詰め寄る。

小国の3年分の国家予算を軽く飲み込むその金額は、もはや外交の持参金ではなく、国家の「身代金」に等しい暴挙だった。


しかし、玉座に座るレオ王の瞳に、揺らぎは微塵もなかった。




「……これくらい色を付けねば、あの方……エンヴァ殿下はこちらを向いてすらくれない」




レオは静かに告げた。


その瞳は、眼前の家臣ではなく、遥か東にある「帝国の檻」に囚われた実の母の影を凝視していた。




「この縁談は私達にとってどうしても必要なの。……大臣、私たちも今日から節制するわ。王妃としての宝飾品もすべて売り払って構わない。だから、分かって」




王妃リナもまた、レオの隣で祈るように胸元を握りしめる。


レオとリナ。


二人は紛れもないエンヴァの実の息子と娘。




前世でエンヴァが命を懸けて産み、慈しみ、そして志半ばで遺していかざるを得なかった、血を分けた半身だ。




帝国から流れてくる「黄金の瞳を持つ、美しき第三皇女」の噂。




その特徴を聞いた瞬間、二人の魂は確信した。あそこにいるのは、自分たちの母上だ。


自分たちを遺して逝ってしまった、あの愛しいお母様が、別の体で息づいているのだと。




(お母様。……今度は、絶対に離さない。国を売ってでも、あなたを迎えに行く)


砂漠の小国など、帝国から見れば吹けば飛ぶような存在。


帝国の官吏たちは冷徹に「金」で縁談を足切りしていく。


ならば、王としてのプライドも、国民の安寧も、すべてを二の次にする。




「他家が銀を積むなら、我らは国を削って金を積むまで。……我が息子の縁談は、あの方へ近づくための唯一の『橋』なのだ」




レオ王の言葉は、王としての決断ではない。母を亡くしたあの日から時が止まったままの、迷子の子供の叫びだった。






エンヴァは自室で、深すぎる溜息とともに頭を抱えていた。



これまで数多の修羅場を潜り抜け、前世では最強の魔女として君臨した彼女ですら、今この瞬間に突きつけられた「家庭事情」の複雑さには処理落ち寸前だった。




(……何なの、この家系図)


自分が腹を痛めて産んだ双子、レオとリナ。




かつて慈しみ育て、その幸福だけを願って死んだはずのあの子たちが、まさか兄妹の禁忌を犯して結ばれ、挙句の果てに子供まで成しているなんて。




「……いや、その一つ前なら、まだしも……」


エンヴァの脳裏に、さらに古い前世の記憶がよぎる。




その時、北限の地で彼女は二人の異なる男との間に、それぞれ男の子と女の子を宿した。




もしその二人(異父兄妹)が結ばれたというなら、まだ「そういうこともあるわね」と飲み込めなくもない。




だが、レオとリナは違う。


紛れもなく同じ腹から産まれ、同じ父を持つ、鏡合わせのような双子なのだ。




「……で、その二人の子供と、私が結婚? つまり……孫と結婚しろって言うの?」


無意識に、傍らにいたミーナを抱きしめる力が強くなる。




「い、痛いですエンヴァ様! 苦しい、エンヴァ様!」


「ああ、ごめんなさいね。……少し、混乱していたわ」




慌てて腕を解いたが、エンヴァの胸中の嵐は収まらない。




縁談をすべて断ることは容易だ。


今の彼女には皇帝から全権を委ねられている。


だが、レオとリナが国を傾けてまで10万枚の金貨を積んだという事実。


その「異常なまでの執着」が、喉に刺さった魚の骨のように、どうしても引っかかっていた。




あの子たちは何を考えているのか。


ただ母に会いたいだけなのか、それとも。




「……一ヶ月。一ヶ月だけ、待たせなさい」


エンヴァが答えを出すまでに、それだけの時間を要したのは、決して傲慢さゆえではない。


エンヴァは本気で迷っていたのである。







「ウフフフフ!!!面白いわ!面白すぎるわ、エンヴァちゃん!」


帝国の暗部、誰も立ち入ることのできない「魔女宮」の奥底で、その声は愉悦に震えていた。




ソファに身を横たえ、行儀悪く足を放り出した「お姉さま」が、涙を浮かべて腹を抱えている。




「あの子の心の声、聞いた!? 本当に迷ってるのよ! 自分の産んだ子供が作った『孫』と結婚するべきか、真剣に悩んでるの! 可愛いったらないわ! ねえ!」


「お姉さま」にとって、一国の王位継承や倫理の禁忌など、所詮は盤上の駒が勝手につれ合っている程度の認識に過ぎない。




けれど、あの常に冷徹な魔女エンヴァが、家系図のバグに本気で頭を抱えている姿は、彼女たちにとって極上の余興だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ