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転生の魔女  作者: RUSA
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5生 ep.5

エンヴァは、自室のベッドでミーナを抱き枕にしながら、意識の深淵で細い魔力の糸を紡いでいた。 脳裏に焼き付いているのは、前世の最期に叩きつけられた、あの絶対的な拒絶の言葉。


《迷惑なの。……次使ったら、殺すわよ》


帝国軍を塵に帰そうとした大規模な「消滅魔法」。

死を恐れぬ魔女エンヴァが、初めて味わった「格の違い」による戦慄。




あの時、上位の魔女はただ「迷惑だ」という理由だけで、エンヴァの首を落とした。



(……迷惑? 冗談じゃないわ。私にとっては死活問題だったのに)


だが、その真意を確かめないことには、この新しい人生の「安全圏」すら測れない。




エンヴァはそれ以来、執拗に、けれど極小の波長で「念話」を飛ばし続けていた。




まるで暗闇の中、見えない主に向かって小石を投げ続けるように。


(ねえ、いるんでしょ。……返事くらいしなさいよ)




その試行が、ちょうど百回を超えた、その時だった。


半ば諦め、微睡まどろみかけていたエンヴァの脳内に、冷ややかでどこか楽しげな「返信」が直接響いた。


『……いつまでもうるさいわね。そろそろやめてもらっていいかしら?』


(っ! やっと出たわね。……話がある。どこに行けば、あんたに会えるの?)


エンヴァは即座に念話を返した。


少女の身体が、緊張でわずかに強張る。


しかし、返ってきたのは、期待した招待状ではなく警告だった。




『私には、あなたに話すことなんて何一つないわ。……いい加減にしないと、またその可愛い首をチョッキンしちゃうわよ?』


ふっ、と糸が切れるように念話が途絶える。




冷たい汗が背中を流れる。


だが、エンヴァの唇には、前世の魔女としての獰猛な笑みが浮かんでいた。




(……捕まえた。やっぱり、近いわね)


今の念話の強度、指向性、そして減衰率。


エンヴァの高度な魔力探知は、その発信源を弾き出していた。




(歩いて、一日以内。……つまり、この帝都のどこか。あるいは……)


視線の先には、窓越しに夜空を突く「魔女宮」のシルエットが、不気味に沈んでいた。








「ねえ、この国に魔女はいるかしら?」


そんなことを聞いて回るわけにはいかない。

ただでさえ「奴隷と土遊びをする奇行の皇女」として、エンヴァは社交界の底に沈んでいるのだ。



そんな質問を投げかけようものなら、今度こそ「気が触れた」と断じられ、母と同じように見られるのが落ちだ。


エンヴァは、セトの母が丁寧に干した「豆」の袋を弄びながら、前世の記憶を反芻していた。




あの日――戦場。


死に物狂いでエンヴァの防壁に挑んでいた帝国兵たちが、狂信的な喜びと共に叫んだ言葉。


「魔女の祝福だ!」

エンヴァが展開した地形変化を上書きするように、巨大な「山」が隆起し、防壁を無力化させた。

あの圧倒的な魔力量。


だが、その気配の出所は帝国軍の本陣ではなく、戦場から遠く離れた、深い森の奥底にあった。




(……帝国軍に使役されていたんじゃない。逆だ)



そう。


帝国が魔女を囲っているのではない。

魔女が帝国に退屈しのぎの箱庭として「囲わせている」のだ。




エンヴァは自室の寝台で、天井の豪華な彫刻を睨みつけた。




現在、彼女の周囲にいるのは、自分の「所有物」であるセト、その母、そしてミーナの三人だけだ。


「エンヴァ様、街で仕入れた噂ですが……北の塔の周辺では、時折、空の色が変わると言う者もおります」


「そう。……まあ、あてにはならないわね」


セトが懸命に集めてくる「情報の断片」は、所詮、平民の噂話に過ぎない。


宮廷の機密、魔女の噂。まるであてにならない。




それらにアクセスするためのパイプは、


母を狂気に追い込み、父に忌避されている今のエンヴァには、一本も存在しなかった。






十二歳を迎えたエンヴァは、鏡の中に映る自分を、どこか他人事のように眺めていた。


普段の泥遊びに最適な作業着を脱ぎ捨て、纏ったのは帝国の至宝を惜しみなく注ぎ込んだ豪奢なドレス。


「……ちょ……ちょっと、きつすぎないかしら?」


「我慢してください、エンヴァ様。コルセットを締めなければ、このドレスの真価は発揮されませんから」


セトの母が、情け容赦なく紐を引く。


その瞬間


「グェッ」


普段のエンヴァからは決して出ないうめき声を母は微笑ましく感じていた。






細い腰を限界まで絞り、広大な円を描くスカートを広げ、仕上げに宝石を散りばめたヘッドドレスを戴く。


そこには、かつて「下賤」と蔑まれた少女の面影は微塵もなかった。


雪のように白い肌、知性を湛えた黄金の瞳、そして前世の魔女としての経験が醸し出す、圧倒的な気品。


それは、並み居る貴族令嬢たちが一生をかけても届かぬ、残酷なまでの「美」の完成形だった。




「行くわよ、セト。……エスコートなさい」


「仰せのままに、マイ・レディ」


燕尾服に身を包み、見違えるほど精悍に成長したセトが、恭しく手を取る。


この日のために、二人は菜園の隅で密かにステップの練習を重ねてきたのだ。




重厚な扉が開かれ、皇帝の誕生を祝うダンスホールの喧騒が、一瞬で凪いだ。


「おおおお……」


「……何だ、あの少女は? 天上から舞い降りた妖精か?」


「馬鹿を言え。あれは……まさか第三皇女エンヴァ様か!?」


会場中の貴族たちが、魂を抜かれたように立ち尽くす。




これまで彼女を「土遊びの皇女」と嘲笑っていた者たちの顔から、血の気が引いていく。


エンヴァは、優雅な微笑みを浮かべ、セトと共にホールの中心へと進み出た。


音楽が始まると同時に、二人の身体が流れるように重なる。




セトのリードは、もはや一介の奴隷のそれではない。


エンヴァという至高の宝石を輝かせるための、黄金の台座だ。




二人のダンスは、もはや「遊戯」ではなく、一つの「儀式」だった。


観衆を惹きつけ、圧倒し、跪かせるための――。




エンヴァがこの場に現れた理由は、社交を楽しむためではない。

この世で最高級の「お人形」を演じ切り、父である皇帝の目を引く事だった。




ホールの中心、割れんばかりの喝采が渦巻く中、エンヴァは静かにセトの手を離した。

エンヴァに次のダンスを申し込む貴族はいない、それ程にその場の全員が彼女に「呑まれて」いた。

門閥貴族の最高峰公爵家の嫡男ですらエンヴァのかもしだす「高み」に気後れし声をかけることができなかった。


一歩、また一歩。


彼女が上座へと歩みを進めるたび、周囲の貴族たちはモーセが海を割るように道を開け、深々と頭を垂れる。




その視線の先――


玉座に座る父、皇帝フリードリヒは、背もたれに預けた拳を「ギリっ」と音を立てて握りしめていた。


(……今更、何の用だ……ッ!魔女め)


皇帝の脳裏を過るのは、数年前のあの「狂気に走った側室」の惨劇。


そして、幼き日の娘の瞳に見た、自分と同じ、いや、自分よりも遥かに濃密な「黄金の深淵」。




彼は逃げ続けてきた。この娘を「変わり者」として放置し、透明な存在として扱うことで、自らの内にある魔女の呪縛から目を背けてきたのだ。


だが、今、目の前に立つ十二歳の娘は、そんな逃避を許さぬほどの輝きを放っていた。




「……素晴らしいダンスであったな。」


歩いてきたエンヴァを抱きとめる。

「ありがとうございます、お父様」



「それにしても、そちがこれほどまでに美しく成長していたとは知らなんだぞ」


皇帝は、乾いた喉から絞り出すように賛辞を贈った。




それは大陸の主としての余裕ではなく、追い詰められた者が精一杯に取り繕った、薄氷のような建前であった。


「ありがとうございます、お父様」


エンヴァは完璧な、非の打ち所のないカーテシーを捧げる。


そして顔を上げた瞬間、彼女はその至近距離から、逃げ場のない「黄金の瞳」で父の双眸を真っ直ぐに射抜いた。




「っ……!」


皇帝の背筋を冷たい汗が伝う。


周囲からは、仲睦まじい父娘の会話に見えるだろう。




だが、皇帝には分かっていた。


その瞳の奥で、魔女の記憶が自分を嘲笑い、品定めしていることを。




「お父様。……後で少し、二人きりでお話がしたいわ」

鈴の鳴るような、可憐な声。


けれどそれは、逆らうことを許さぬ絶対的な王命に等しい重圧を伴っていた。


「……あ、ああ。分かった。後ほど執務室へ来なさい」


皇帝に、拒絶の選択肢は残されていなかった。




もはやこの場において、真の支配者がどちらであるかは二人の間では明白であった。

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