「レオ」と「リナ」 ep.5~
「母さんの……だって……?」
リナの言葉は理解できた。
だが、眼前に跪く「自分たちより遥かに老いた二人」を即座に肉親として受け入れるには、あまりに時間が足りなすぎた。
二人からこれまでの歩みを聞いたレオは二人に問う。
「……あなた方が、母上に伝えたいこととは……何ですか?」
絞り出すようなレオの問いに、老いたレオとリナは、黄金の瞳に涙を湛えて答えた。
「はい。一言……愛していると」
「ええ。もう一組の、あの世界で死に別れたレオとリナの分まで」
(……不老の魔女……) レオは心の中でその名を反芻する。
母、エンヴァ。
彼女がかつて別の世界で愛し、そして遺してきた「想い」が、いま実体となって目の前にいる。
「もう良いでしょう、レオ王。私たちは母様にその一言が伝われば、それで良いのです」
「この日のために旅をしてきました。世界のあらゆる魔女の言い伝えを、その足跡を、探し続けて……」
切実な願い。人生のすべてを賭けた巡礼。
隣に立つ妹リナが、兄の顔を不安げに見上げた。
「……兄さん……?」
「わかった。母さんに会わせてやる」
レオは、何かに憑かれたような、凄絶な決意を瞳に宿した。
次の瞬間、腰の剣が一閃。
——シャキィィィンッ!!
音も無く、老いたレオの首が宙を舞った。
さらに、凍り付いたように動けない老リナの胸を、レオの剣が深々と貫く。
「……っ!!」
溢れ出す鮮血。
老リナは己の胸を刺し貫く鋼を掴み、ゴボリと血を吐いた。
「兄さん!!」 悲鳴を上げるリナ。
だがレオは、血に濡れた剣を握りしめたまま、断魔の如き形相で叫んだ。
「お前たちの気持ちは受け取った! 心配するな、俺がお前たちの分まで、母さんに伝えておく!」
死の淵で、老いたリナは口をパクパクと動かし、震える手を虚空へと伸ばした。
「……たのみ……ます……愛……してるって……」
その言葉を最後に、老女の瞳から光が消え、静かに事切れた。
「何をするの! この人たちは、私たちの……!」
「だからこそだ!!」
レオの怒号が、壁に反響した。
「母さんはもういないんだ! それをこの人たちに伝えてみろ! 我が国に魔女無しと他の国に伝わるだろう!」
「……っ」
「そうなれば、我が国の『魔女の祝福』という建前はどうなる! 守護を失ったと知れれば、周囲の部族や帝国が黙っていると思うか!? 母さんが守りたかったこの国は、一瞬で灰になるんだ!」
レオは肩で息をしながら、床に広がる血溜まりを見つめた。
それは王としての決断だった、リナもそれをレオの涙から理解した。
「最後の言葉は、本当だ。リナ、俺たちで母さんを探し出す。この世の果てか、あの世の深淵か……どこにいたとしてもだ!」
「……兄さん」
「約束だ、リナ。この……俺たちの兄さんと姉さんの分まで。母さんを見つけ出して……俺が……俺達が必ず伝えるんだ……!」
頬を伝う熱い涙を拭うことすら忘れ、レオは妹を壊れそうなほど強く抱きしめた。
足元には、ようやく「旅の終わり」を迎えた、もう一人の自分たちの亡骸が、静かに横たわっていた。
王国で血塗られた「愛の誓い」が交わされ、若き王が絶望の淵で咆哮していたその時。
遠く離れた帝国の深奥、豪奢を極めた漆黒の宮殿に、一筋の鋭い産声が響き渡った。
「オギャア……オギャア……ッ!!」
その声は、死にゆく者が放つ断末魔とは正反対の、生命力に満ち溢れた力強い響き。
産室の重い扉が開かれ、興奮を隠しきれない医師が、玉座に座す男へと平伏した。
「陛下! お生まれになられました! 元気な女の子です!」
「……そうか。また女か……」
「陛下」と呼ばれた男は、歓喜に沸く周囲の喧騒をどこか他人事のように聞き流していた。
その瞳は、眼前の光景を見ているようでいて、遥か遠く――かつて戦場を蹂躙し、己が祖国を恐怖に陥れた「最悪の災厄」の残影を追っているかのようだった。
男の目が、ふいと焦点を失う。
無意識に、、唇がその名を形作った。
「エンヴァ……。この娘の名前は、エンヴァとする」
「は! かしこまりました! エンヴァ様……素晴らしいお名前です、陛下!」
臣下たちは、それがかつて自国の兵を万単位で葬り去った魔女の名であることも知らず、新たな皇女の誕生を祝して万歳三唱を繰り返した。
帝国の臣民たちは、希望に満ちていた。
「皇帝の娘」として生まれたこの赤子が、やがて帝国をさらなる高みへと導く「祝福」であると信じて疑わなかった。




