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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.24

「撃て! 撃ち尽くせ!」


エンヴァ軍の指揮官たちが、魔法で造り上げられた「城壁」の上から一斉に号令を下す。




放たれた矢の雨は、かつてのリザードマン戦を彷彿とさせる軌道を描いた。


高地から重力に従って加速し、その貫通力を極限まで増した一撃が、盾を構えた帝国兵たちを次々と串刺しにしていく。




「同時に行け! 梯子をかけろ! 数で押し潰せ!」


怒号が飛び、帝国軍の歩兵たちが城壁に取り付く。




数に任せて幾本もの梯子をかけ、城壁の頂上に橋頭堡きょうとうほを築こうと躍起になる。


「させぬ! 歩兵前へ! 叩き落とせ!」


そこへ待ち構えていたのは、エンヴァ軍の精鋭歩兵たちだ。彼らは盾を構えて殺到し、群がる帝国兵ごと梯子を突き飛ばす。真っ逆さまに落ちていく兵士たちの悲鳴が、地響きのように重なった。




「怯むな! もっと梯子をかけろ!数はこちらの方が上だ!」


帝国の将軍たちは、これが本来は障害物のない「野戦」であったことを、半ば忘れかけていた。


エンヴァが敢えて、一般的な攻城梯子が届く程度の「中途半端な高さ」に地形変化を留めていたからだ。


元々、王都攻略を見据えて攻城兵器を携行していた帝国軍にとって、この壁は「攻略不可能な天険」ではなく、「力押しで落とせそうな獲物」に見えてしまった。




(――そう、その調子よ)


エンヴァは冷めた瞳で戦況を見下ろしていた。


これは、敵の戦意を維持させるための高度な心理誘導。


最初から高すぎる壁を作れば敵は撤退を選んでしまう。




だが、「あと少しで手が届く」という幻想を見せ続けることで、帝国軍の五万というリソースをこの一地点に縛り付けていた。




「騎馬隊はまだ背後に回れんのか! 報告を上げろ!」


焦燥に駆られた将軍が叫ぶが、別動隊からの返信は途絶えたままだ。

彼らは知らない。迂回を試みた別動隊が、既にエンヴァが組織した特殊部隊によって全滅させられていることを。




砂漠の猛毒を染み込ませた「毒矢」。

かすり傷一つで命を奪う死の伝導体、魔女の真骨頂。




エンヴァは城壁の上から放つ矢をあえて「通常の矢」に限定することで、敵に「正面装備は普通である」という誤認を与えていた。


情報が遮断され、混乱し、しかし目の前の「壁」への勝利を信じて突き進む帝国軍。




彼らは自分たちが、魔女の手のひらの上でじっくりと煮込まれている「獲物」であることに、未だ気づいていなかった。




「北方より敵影! あの旗印は……東方のウマル公! 我らへ向けて突撃してきます!」

「何だと!? 中立を宣言していたはずではなかったのか!」


戦場を覆う喧騒を突き破り、絶望的な報告が響き渡った。 城壁の頂上、戦況を俯瞰していたエンヴァの軍勢に走る動揺。大きく迂回し、背後から退路を断とうとするウマル公の軍勢は、まさに喉元に突きつけられた冷たい刃だった。


「裏切り者め……! 全軍、後方に反転――」 「いいわ。その必要はないわよ」


浮き足立つ将軍の言葉を、エンヴァの冷徹な声が遮った。 彼女は北の地平線、砂塵を上げて迫る一団に、ただ淡い視線を向けた。




「見つけた」


エンヴァが指先をかすかに動かすと、戦場に薄い霧が立ち込めた。 それはただの気象現象ではない。魔女の意志を運ぶ、無数の触手。

霧は瞬時に北方の軍勢を飲み込み、その中心に座す「大将」の所在を、エンヴァの脳裏に鮮明に描き出した。


金銀の装飾を施した鎧に身を包み、自らの勝利を確信して馬を走らせるウマル公。




エンヴァは彼を特定すると、白い右手を宙に掲げ、ギュッと握りしめた。




――グチャリ。




何百メートルも離れた場所で、ウマル公の心臓は魔女の不可視の握力によって文字通り握り潰された。 断末魔の叫びを上げる暇もなく、贅を尽くした鎧を纏った肉体は、力なく泥土の上へと転げ落ちた。




「て、敵の突撃が止まりました……!?」

「何が起きたんだ!? ウマル公が落馬したぞ!」


大将を失った軍勢は、糸の切れた人形のようにその足を止めた。 指揮系統は一瞬で崩壊し、兵たちは混乱の極みに陥る。それを見た王国軍の将校が、警戒を露わに叫ぶ。




「罠かもしれぬ! 歩兵の一隊を背後に回せ、警戒を解くな!」


「……あれはそのまま放置でいいわ。」


エンヴァは興味を失ったように視線を戻し、小さく吐息をついた。

(ああいう軍は楽ね)


彼女にとって、政治も裏切りも、この圧倒的な暴力の前では些末な出来事に過ぎない。


「ハ! かしこまりました、エンヴァ様!」




主君の超常的な力に陶酔した部下たちの返答が、城壁の上に力強く響く。


この瞬間、エンヴァ軍は、帝国軍と裏切り者の軍勢を同時に手玉に取り、戦場の主導権を完全に掌握していた。




ウマル公の死によって一瞬の静寂が訪れた戦場。しかし、その静寂はさらなる絶望の重低音によって打ち消された。


「敵軍、背後より本体出現……! す、凄い数です! 地平線が埋まっていく!」


王国軍の斥候が、震える指で北方の地平線を指さした。そこには、先ほどまでの有利を嘲笑うかのような、圧倒的な威容が姿を現していた。




現れたのは、帝国の真の主力。 鈍い光を放つ装甲を纏った巨大な戦象が横一列に並び、その背後には歩兵と騎兵が精密な「升目」の陣形を保って、一糸乱れぬ足取りで接近してくる。




ドシン、ドシン、と大地を揺らす象の歩みは、王国軍の兵士たちの心臓を直接踏みつけるかのような圧迫感を与えた。


「あれが来たら……この壁はどうなるんだ」


「嘘だろう。今まで戦っていたのは、ただの前衛部隊だったというのか……?」


王国軍の将兵たちの顔から血の気が引いていく。




先ほどまでの勝利の予感は、質量という名の圧倒的な現実に押し潰されようとしていた。




帝国の軍略は、開戦前から既に王国を飲み込んでいた。


当初、情報部が掴んでいた「五万」という数字は、帝国による周到な情報操作の産物だった。帝都を発った際は確かに五万であったが、彼らは道すがら、従属する部族や小国の兵力を貪欲に吸収し、その規模を膨れ上がらせていたのだ。




現実に戦場へ到達した兵力は、六万五千。


一万五千という「計算外」の戦力差。


それは急造の統一王国にとって、決定的な死神の鎌となるはずだった。




城壁の上、冷たい風に髪をなびかせながら、エンヴァはその「鋼の海」をじっと見つめていた。




(なるほどね。数をごまかし、疲弊したところへ巨獣をぶつける。……あの子たちの仕業かしら)




彼女の視線は、帝国軍のさらに奥、先ほどの「姉妹」が潜む本陣の更に向こうの森へと向けられる。




「あ、今こっち見たよ! お姉さま!」


戦場の怒号を突き抜けるような、無邪気な少女の声。


血飛沫と泥土が舞う凄惨な光景を背に、妹分の魔女は楽しげに指を指した。




「そうね。でも、ちょっと気が早いかしら?」


返された声は、どこまでも涼やかだった。




戦場のど真ん中、飛来する矢も届かぬ不可視の結界に守られたその場所で、「お姉さま」と呼ばれた女は、どこから取り出したのか優雅なティーカップを傾けていた。


琥珀色の液体が、戦象の地響きに合わせて微かに揺れる。




二人の魔女が優雅に時を過ごす傍ら、帝国軍の巨体は止まらない。


六万五千の軍勢。




そして横列を組んで進撃する戦象の群れ。 そこにはもはや、小細工も、奇策も、裏かきも存在しなかった。ただ、圧倒的な質量をもって、目の前の障害を「平らげる」だけ。




「ただ進むだけで勝てる。これこそが軍略の極致よ」


帝国軍の将軍たちは、必勝の確信とともに冷徹に指揮を執る。




どんな地形変化も、どんな毒矢も、数万という「肉の壁」の前では微々たる消耗に過ぎない。




城壁に梯子をかけ、戦象をぶつけ、兵の海で埋め尽くせば、いずれ魔女の魔力も、王国軍の矢も尽きる。


それは、これまでのエンヴァの知略をあざ笑うかのような、最も原始的で、最も残酷な戦術だった。




地響きを立てて迫りくる六万五千の鉄靴と、地平線を埋め尽くす兵士達。


轟音を立てる100の角笛と地響きを立てる1000の陣太鼓。




その圧倒的な「物質的脅威」を前にしてもなお、エンヴァの視界はそれらを透過し、遥か後方――優雅に茶を啜る二人の魔女を射抜いていた。




(茶会……? ずいぶん余裕ね)




周囲の王国兵たちが絶望に震え、帝国軍の将軍たちが勝利の雄叫びを上げようとする中、エンヴァだけが場違いなほど美しい笑みを浮かべる。それは、いたずらを思いついた子供のようでもあった。




「……いいわ。そのお茶、少し苦くしてあげる」


それは、戦場に響くあらゆる怒号をかき消すほどに澄んだ、しかし氷のように冷たい呟きだった。 エンヴァは突き進む軍勢には目もくれず、真っ白な掌を高く、天へとかざした。

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