表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生の魔女  作者: RUSA
4/38

1生 ep.4~

――5年後、大陸の国々を飢饉が襲う。




大陸全土を覆ったのは、色を失った絶望だった。


空は泣き止まず、かと思えば地を割るような旱魃かんばつが続く。




飢饉という名の怪物が、人々の胃袋だけでなく心までをも食い荒らし、追い打ちをかけるように疫病が蔓延した。


しかし、その地獄のような風景の中で、村の端にある小さな住処だけは、奇跡のように「生」を繋ぎ止めていた。




「……どうしてだ。どうして、あいつらの畑だけが青々としている?」


村長の息子が吐き捨てるように呟いた。 周囲の畑が枯れ果て、土埃を舞わせている中で、レオとリナの育てた作物は、瑞々しい緑の葉を広げていた。




かつて魔女が二人に手渡した、痩せた土地でも育つよう品種改良を重ねた『魔法ならざる種』。それが、最悪の時代に、最悪の「目立ち方」をしてしまった。




「あいつらの親は、あの『沼地熱』で死んだんだ。……おかしいだろ。ガキ二人だけが生き残って、こんなに豊作なんてよ!」




「そうだ! 禁忌の魔女だ。あの森の化け物と契約を結んだに違いない!」


飢えで正気を失った村人たちにとって、誰かを「犯人」に仕立て上げることは、空腹を紛らわせる唯一の娯楽だった。


松明と鎌を掲げた大人たちが、怒号と共に二人の慎ましい家を包囲する。




「村長の権限で、全てを徴収する!」


その言葉は、三年かけて二人が積み上げてきた「日常」を粉砕する宣告だった。




血走った目をした村の男たちが、レオとリナの小さな畑になだれ込んでくる。


彼らは二人が丹精込めて育てた黄金色の穀物を、まるで害草のように無残に刈り取っていく。


一頭、一頭と着実に数を増やしてきた家畜も全て奪われた。




「やめてください! それは、私たちが食べる分と、来年植えるための大切な……!」




リナが叫び、レオが鎌を振り上げた男の前に立ち塞がる。


だが、彼らが対峙しているのは「村」という名の、理不尽な暴力そのものだった。




「うるさい! 黙れ、この使い魔が!」


鈍い音が響いた。




大人の男が振るった鍬の柄が、レオの脇腹に食い込む。


彼は声を上げる間もなく投げ飛ばされ、泥だらけの地面に転がった。




「お兄ちゃん!」


「動くな! 逆らえば、お前の妹も同じ目にあうぞ!」




村長の権限を傘に着た男は、倒れたレオの頭を革靴の底で踏みつけた。


顔を泥に埋められ、屈辱に歯を食いしばる兄。


「やめて!お兄ちゃんに酷い事しないで!」


泣きながら駆け寄り、男たちの腕にしがみつくリナ。




二人の努力が詰まった種袋も、越冬のための食料も、全てが奪われていく。


男たちは収穫物を荷車に積み込むと、最後に二人の家を指差して嘲笑った。




「今日はこれくらいにしておいてやる。村の一員なら皆平等に分け合わねばな」


ハハハハと笑い声が上がる。


「おい、俺達に逆らってこの村で生きていけると思うなよ!」


男たちの背中が遠ざかり、静けさが戻った畑には、無残に踏み荒らされた土と、絶望だけが残された。




……二人には、もう何もなかった。


「……行こう、リナ」


レオは、泥だらけの顔を拭い、妹の手を取った。




二人きりで、三度目の「禁忌の森」へと足を踏み入れる。


前回、彼らを拒絶したあの白い霧は、今日はまるで彼らを誘うように、薄く、静かに彼らを招き入れていく。




だが、絶望に心を奪われていた二人は、気づいていなかった。 霧の向こう側から、村長の息子である卑屈な男が、彼らの後を影のように尾行していることに。






「う……イタ、タタ……」


レオの口から漏れるのは、もはや悲鳴にもならない掠れた呻き。 その身体は、人間の醜悪な暴意によって無残に壊されていた。あばらを二本、そして右手の指を三本。不自然な方向に曲がった指先が、村人たちの「正義」とやらの執拗さを物語っている。


骨折による発熱がはじまっており、朦朧とした意識の中で何とか歩いていた。




「大丈夫……? お兄ちゃん、もう少しだから……」


泣きじゃくるリナに肩を貸され、這うようにして森の奥へと進む二人。




かつて魔女が教えたはずの「生きる術」は、皮肉にも彼らを死の淵へと引き戻す道標になってしまった。全く人間というものは。




「……また、あなたたちなのね」


脳の奥を刺すような、5年前よりも切実で、泥のように重い不快な気配。


魔女は読みかけの「魔導書」を閉じると、大きく、長く、吐き出すような溜息をついた。




扉を開けるより先に、家に飛び込んできたのは、三年前の面影を無残に塗り潰したあの兄妹だった。


「……あ、エンヴァ、さま……」


リナの声は掠れ、レオは全身傷だらけで、その瞳からは生きる気力が削げ落ちている。




魔女は彼らを無言で促し、あの日と同じ処置台へと向かわせた。


「……三日よ」


私が冷たく言い放つと、二人は弾かれたように私を見た。




「三日だけ、ここに居ることを許してあげる。怪我が治り、体力が戻ったら……四日目の朝には、さっさとこの森から出ていって頂戴。3度目の例外はないわ」


私の突き放すような言葉に、レオはボロボロと大粒の涙をこぼした。






(――たった、三日だなんて……お兄ちゃんはこんなにボロボロなのに)


寝台から身を起こし、驚愕に目を見開くレオの傍らで、私はぬるい薬湯を啜っていた。




三日前、複雑に砕けていたはずの彼の骨は、魔女の秘薬と掌から溢れる緑色の光によって、跡形もなく繋がっていた。


(――魔女の力)


二人は驚きを禁じ得ない、大人となった二人は目の前で起きた奇跡を異質なものとして捉える。




「もう十分でしょう、出て行って。そしてこれ以上、私の生活を乱さないでちょうだい」


魔女は突き放すように言い放つと、窓の外の淀んだ空を見上げた。




村長の息子がつけてきていたことは、すでに知っている。


この森の結界を抜けた瞬間、彼らがどうなるか。




その結末を回避する方法は、ただ一つしかなかった。


「……レオ、リナ。このまま、森の反対側へとお逃げなさい。あちらには帝国の街道へ続く古道があるわ。二度と、あの村に近づいてはならないわよ」




それは魔女の知恵が導き出した、唯一の生存ルート。


だが、私の言葉を遮るように、リナが私のローブの裾を震える指で掴んだ。




「……ブローチ」


「え……?」


「お母さんの、形見なの。あの家に……置いてきちゃった。あれがないと、お母さんが、いなくなっちゃう……」




消え入りそうな、けれど引き下がることのない意志を孕んだ声。


レオもまた、妹の潤んだ瞳を見て、迷いを断ち切るように私へ向き直った。


「魔女様、俺たちが自分たちの力で生きてこられたのは、あの思い出があったからです。あれだけは、捨てられません」




「……思い出、ね」


私は溜息を隠さなかった。


150年を生きる私にとって、形ある物などいつかは朽ちるゴミに等しい。




魂さえ刻まれていれば、ブローチなどあってもなくても同じこと。


けれど、短い時を懸命に繋ぎ合わせる人間にとって、その「小さな欠片」こそが、心を支える魔法そのものなのだと魔女は人間であった頃の経験から知っていた。




「お好きになさい。……後悔しないようにね」


魔女のその言葉を最後に、二人は何度も何度もお礼を言いながらも霧の中へと消えていった。




――そして。


住み慣れた自分たちの家に戻った二人が手にしたのは、銀色のブローチではなく、村人たちの包囲網だった。


「……捕らえろ! 魔女に魂を売った裏切り者どもだ!」


村長の野太い声が、静まり返った夕暮れの村に響き渡る。 思い出の品を取りに帰ったはずの家で、二人は再び、村人達に取り囲まれる事になった。




「この飢饉は……この凶作は、全てあの魔女のせいだ!」


一人の男が叫び、それが導火線となって広場に怒りの炎が燃え広がった。




男たちの荒い手が、レオの衣服を乱暴に剥ぎ取る。


そこには、数日前には無残に砕けていたはずの傷が、アザ一つなく、滑らかな肌を晒して存在していた。




「見ろ! 4日前に確かに折ったはずの骨が、もう治っていやがる!」


「ありえねえ……人間業じゃねえ! 悪魔の力だ!」


「やはり魔女と通じていたんだ! やっちまえ、この裏切り者どもを!」




殺意を孕んだ石が投げられ、レオの頬を裂く。 だが、騒つく群衆を片手で制し、村長が冷酷な足取りで二人の前に進み出た。


しかしその瞳には、救済ではなく、スケープゴートを見つけた安堵が宿っている。




「……魔女を捕らえ、神への生贄に捧げる。この飢饉を終わらせるには、それしかない」




「そんな……! 違う、エンヴァ様はそんなことしていません! 彼女は、僕たちを助けてくれた、ただの善良な……っ!」




レオの叫びは、村長の嘲笑にかき消された。


「善良、だと? ならば、レオ。お前たちもその魔女と同罪、火あぶりに処さねばなるまい。――まずは、その妹からだ。次に、お前だ」




「!!」




レオの身体が硬直する。 村長の合図で、数人の男たちがリナの細い腕を掴み、無理やり引き剥がそうとした。




「お兄ちゃん、助けて……!」




悲鳴を上げる妹。その首元に、冷たい処刑台の影が落ちる。


「……さあ、選べ。それでもお前たちは、あの忌まわしき魔女を擁護するのかね?」




村長の言葉は、蛇のようにレオの耳裏を這った。


周囲の村人たちの、飢えた獣のような視線が突き刺さる。




レオは、奥歯が砕けんばかりに口内を噛み締めた。


口の端から、どろりと熱い鉄の味が溢れ出す。




自分がここで何を言えば、リナの命が助かるのか。


自分が何を捨てれば、この狂った夜が終わるのか。




三年間、自分たちを支えてきた誇りと、あの森で過ごした温かな煮豆の記憶。


それら全てを、レオは血の味と共に飲み込んだ。




「……いいえ」




絞り出すような、掠れた声だった。




「魔女は……エンヴァは、僕たちを、たぶらかしただけです。あいつは……恐ろしい、化け物だ」




その言葉が放たれた瞬間、レオの背中に突き刺さっていたリナの視線が、凍りついたように静止した。 兄の背中が、かつてないほどに小さく、そして絶望に震えている。




涙を流し、言葉を失ったリナの瞳に映っていたのは、最愛の兄が、魂を切り売りして自分を守ろうとする――あまりにも残酷な「裏切り」の姿だった。






パチパチとはぜる火の粉が、夜の帳を暴力的に引き裂く。




普段なら侵入者を惑わし、永遠の彷徨を強いるはずの深い霧も、行く手を阻む鋭い茨の結界も、今のこの場所には存在しない。




魔女がその全てを、自らの手で解き放ったから。


あまりにも呆気なく、無防備な姿を晒した私の家の前に、荒い息を吐く群衆が群がった。




「ふぅ……」


私は、愛用の椅子に深く腰掛けたまま、ひとつ、静かに溜息を吐いた。 そして、戸を蹴破り、雪崩のように押し入ってきた村人たちを、冷めた目で見渡す。




「ようこそ、招かれざる人間たち。」


その怒号と熱気の中に、村人達は彼女を見つけた。


屈強な男に手荒く腕を掴まれ、腰に太い縄を巻き付けられた、レオとリナ。


魔女は傷だらけになり、絶望に瞳を濁らせた二人の姿を目に止めた瞬間。


その美しい口角は、無意識のうちに微かな弧を描いていた。




(――ああ、よかった。)




「見ろ! 魔女のこの若さを!」


「俺の爺様がガキの頃から、あいつはこの姿でここにいたんだ……!」


「化け物だ! 悪魔の力を吸って、老いさえも止めてやがる。ああ、恐ろしい!」




口々に浴びせられる恐怖と嫌悪の言葉。




――150年。




彼らにとっては数世代にわたる時間が、魔女にとってはただの退屈な一時に過ぎないという事実が、彼らの狂気をさらに加速させる。


「……私に用があるのでしょう? それとも、ただ私の若さを讃えに来たのかしら」


魔女は立ち上がり、群衆の先頭に立つ男を真っ直ぐに見据えた。




「あなたが村長?」




魔女の問いに、男は深々と頭を下げた。




「……魔女エンヴァ様。急で申し訳ありませんが、我々の村へとおいでいただけますかな?」




村長の顔に浮かんだのは、歪んだ敬意と打算が混ざり合った、醜い笑みだった。


エンヴァは、その皺に刻まれた男の過去を、まぶたの裏にありありと思い出していた。




数十年前。吹雪の夜、この森で迷い、魔獣の牙に喉元を晒していた一人の少年。


震えるその小さな命を、エンヴァの『茨の魔法』が守り抜いた。




あの時、涙を流しながら「ありがとう、妖精様」と縋り付いてきた、天使のような輝きを放っていた少年。


時の流れは残酷だった。




あの純粋な瞳は、今や権力という名の濁った欲に染まり、かつての恩人を「災いの元」として生贄に捧げようとしている。


けれど、魔女はその事実を指摘することもしなかった。


言ったところで、彼の記憶という名の書庫では、すでに都合よく改竄されているだろうから。




「わざわざ、こんな大勢で迎えに来てくれたのでしょう? 構わないわよ」


彼女は、抵抗らしい抵抗を一切見せず、愛用の椅子から静かに立ち上がった。


村人たちの間に、微かな動揺が走る。


もっと呪詛を吐き、魔法を振りかざして暴れるとでも思っていたのだろうか。




魔女の背後に回った男たちが、エンヴァの手首を荒縄で縛り上げる。




柔らかな肌に食い込む縄の感触。


百五十年、自由を愛し、誇り高く生きてきたその両手が、あっけなく自由を奪われていく。




「さあ、行きましょうか。折角煮た豆が冷めないうちに終わらせてほしいのだけど」


そんな空虚な冗談を口にしながら、彼女は彼らに促されるまま、住み慣れた家を後にした。




村の広場までの道すがら、エンヴァは一歩一歩、自分の人生が閉じていく音を聞いていた。


目的地に待っているのは、温かな食事でも、感謝の言葉でもない。




夕闇の中で異様に高くそびえ立つ、自分を焼き尽くすための――火刑台。




彼女は顔を上げ、夜空を仰いだ。


かつて救った子供たちが、今の自分の死を望んでいる。




その皮肉こそが、彼女の人生における幕引きとして相応しいのかもしれない。


魔女はまるで他人事のように自らの行く末を冷めた目で見守っていた。






「魔女め!」


「お前のせいで、皆死んだんだ!」


「ママを返して!この魔女め!」




どれもこれもエンヴァからすると預かり知らぬこと。




広場へと続く道には、生き残った村人たちが壁のように立ち並んでいた。


彼らの手には、怒りと恐怖の拠り所である石が握られている。




一発、二発と、投げつけられた「石くれ」がエンヴァの身体を叩く。


悪意を感じる程に角ばった石が魔女の左目に命中した。


鋭い角が眼球を切り裂き、鮮血が視界を赤く染めた。




けれど、彼女は足取りを乱さない。




縛られた手首の痛みよりも、向けられる言葉の刃よりも、彼女を強く打つものがあったから。


その群衆の最前列に、レオとリナがいた。




二人の手にも、石が握られていた。




村人たちの猜疑の目を逸らすため、自分たちが「魔女の仲間」ではないと証明するために、彼らはその手に証明の証を握らされていた。




目に溢れんばかりの涙を溜め、震える腕で石を放つ。


その石がエンヴァの肩を打った瞬間、彼女は足を止めた。




ふらつく視界の中で、エンヴァは二人を視界に捉える。


血に濡れた顔で、彼女は……少しだけ、優しく微笑んだ。




(――。)




声には出さない。けれど、視線を合わせたその刹那、その想いは二人へと伝播した。


「恩人を裏切った」という自責に潰されそうになっていた彼らの心に、エンヴァの慈愛が届いた。




彼女は今、自分を売った彼らを、救われるために石を投げる彼らを、何一つ責めてはいなかった。


「わあああああああ!!!!!」


沈黙を守っていたレオとリナの決壊が、その瞬間に崩壊した。


嗚咽とも悲鳴ともつかない、子供のような大泣き。




彼らは溢れ出る涙を拭うことさえ忘れ、喉が裂けるほどの声で泣きじゃくった。


村人たちはそれを、魔女の呪いに怯える子供の姿だと解釈しただろう。




だが、エンヴァだけは知っていた。それが彼女に贈られた、たった二人の、魂からの別れの挨拶であることを。


満足げに目を細めた魔女は、再び前を向いた。




一歩、一歩、薪が積まれた処刑台の階段を上る。


背中に二人の泣き声を聞きながら、魔女はついに、天を突く火刑台の頂へと立った。






「これより、魔女を火刑に処す!」


村長の野太い声が、広場の熱狂を切り裂いた。




高く積み上げられた薪の山、エンヴァはその光景をまるで見知らぬ他人の物語を鑑賞するかのように、冷ややかな瞳で見下ろしていた。




「魔女エンヴァ、最後に申し開きたいことはあるか!」


儀式的な村長の問いかけ。




だが、それを遮るように、飢えた獣のような群衆の声が地鳴りとなって響き渡る。




「早く燃やせ!」


「魔女を殺せ! 殺して、俺たちを救え!」




降り注ぐ罵声、向けられる殺意。


百五十年という長い歳月を費やして彼女が守り、慈しみ、時に救ってきたはずの人間の声だ。 エンヴァはふっと、乾いた唇を綻ばせた。




「最後に、ですって? 特に何も無いわ。……ああ、そうね。煮豆を暖炉にかけっぱなしにしてきたことだけが、少し心残りかしら」


「な……っ」




あまりにも世俗的で、あまりにも「普通」な最期の言葉。


村長は、彼女の穏やかな眼差しに射抜かれ、言葉を失った。




エンヴァは、その男の瞳の奥をじっと見つめ、少しだけ、慈しむように微笑んでみせた。




(――あの時、私の指にしがみついていた子供が)




魔獣に怯え、震えていた小さな温もりが、今、こうして立派な殺意を抱くまでに成長した。


その滑稽で残酷な時の流れを、彼女はただ受け入れていた。




「……そ、それでは火刑に処す! 縛り上げろ!」




村長はその視線に耐えかねたように、しどろもどろになりながら叫んだ。


命じられた男たちが、競うようにエンヴァを処刑柱へと押し付ける。




荒い麻縄が、すでに体中から血を流している彼女の身体を無慈悲に縛り上げていく。


足元には、乾燥した薪がうず高く積まれていく。


それが、百五十年の孤独と、ほんのわずかな未練を焼き尽くすための揺り籠だった。




次々と村人の手から松明が投げ込まれる。


その表情は狂気そのものに彼女の目には見えた。




音を立てて爆ぜる薪が、鮮烈な朱色の牙となって魔女の肢体を舐め上げる。


熱風と火花がが舞い、視界を歪めるほどの火柱が立ち昇る中、彼女はただの一度も悲鳴を上げることはなかった。




むしろ、エンヴァは冷徹な観察者のように、焼けていく自らの身体を静かに見下ろしていた。


皮膚が焦げ、命が灰へと還っていくその「現象」を、淡々と受け入れるかのように。




熱に揺れる視界の先。


そこには、自分を売り、自分に石を投げたはずの兄妹がいた。




顔をくしゃくしゃに歪め、涙を流し喉が潰れるほどの声で、何かを――おそらくは自分の名を、あるいは謝罪の言葉を――叫び続けている。




(……全く。つくづく、迷惑な子たちだったわ)




最期の瞬間、彼女の唇が小さく動いた。


それは呪詛でも絶望でもなく、どこか遠い日の悪戯を思い出すような、呆れた、けれど温かな独り言。


次の瞬間、巨大な炎が彼女の全てを包み込み、百五十年の孤独は、夜空へと昇る一筋の灰となって散った。




火刑の狂乱が去った後。


黒く焦げた跡地で、残骸の後始末を命じられたのはレオとリナだった。


村人たちの、罪悪感を隠すような冷たい視線を受けながら、二人は震える手で焼け残った白骨を拾い集めた。




彼らは、かつて魔女と過ごしたあの家の近くに、小さな、けれど誰よりも丁寧な墓を作った。


「魔女の呪い」を恐れた村人たちも、それを咎める者は誰もいなかった。




……そして、一年が過ぎた。


その村から遥か遠く、険しい山脈を越えた先の見知らぬ寒村で、一人の女児が産声を上げた。




産まれたばかりの赤子を抱き、若い両親は不思議な感覚に包まれていた。


まるで見えない何かに導かれるように。




あるいは、心の奥底に深く刻まれた約束を思い出すかのように。


二人は顔を見合わせ、慈しみを込めてその赤子に名を与えた。


「――エンヴァ」


それが、次の人生を歩むことになる彼女の、新しい始まりの音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ