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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.16

魔女エンヴァが去ってからの三年間。イブン王国は、かつての脆弱な小国から、大陸南端を飲み込む「怪物」へと変貌を遂げていた。


イブン王国においてその心臓を動かしていたのは、抜け殻となった元英雄王ではない。


第一王妃、ステラ。

ゲルド王国から贈られた「砂漠の薔薇」は、その聡明さによって軍事政務共に王国を先導していた。



「全軍、前へ。我らが王、イブン陛下に続け!」



最前線。



煌びやかな鎧に身を包み、馬上で剣を掲げるイブンの姿があった。

兵士たちの士気は爆発する。


だが、その鎧の内側にあるのは、虚無だ。


戦場に立ちながら、彼の瞳は常に北の空を——そこにいるはずの魔女を追い求めている。




実質的な指揮を執るのは、常にその傍らに控えるステラだった。

彼女は、夫を「戦場の英雄」として演出する天才だった。




イブンに華々しい武勲を譲り、民の前では彼を立て、その裏で緻密な兵站へいたんを組み、西方・南方の諸部族を冷徹な外交と圧倒的な武力で次々と支配下に置いた。




「魔女など、所詮は移ろいゆく影。我らを真に救うのは王妃ステラ様だ!」


「聖女ステラ様!王妃殿下万歳!」


民衆の声は、いつしかエンヴァへの「魔女信仰」を上書きしていた。




かつての民たちのエンヴァへの心酔は、理解不能な「恐怖」への依存だった。

対して、ステラ王妃への熱狂は、産業を興し、腹を満たし、勝利を確約してくれる「有能さ」への信頼だった。


知性において、ステラはエンヴァと互角以上だった。




三年の月日は、南方の土を黄金色に、そして一人の女の心を鋼鉄に変えた。


今、その背後にはイブン王国軍三万の精鋭軍が、地平線を埋め尽くす黒鉄の森となって控えている。




ステラ王妃が心血を注いだ軍事改革。




アデル王の時代よりも長く鋭い槍、最新の鍛冶技術で打たれた強固な盾。


そして、これまで届かなかった距離を射抜く改良された長弓。


南方の広大な草原で育まれた軍馬は、精強な騎馬隊として組織され、一度駆け出せば大地を揺るがす地響きを上げた。




対する北の雄、ゲルド王国。 かつての栄華はどこへやら、東西の国境から押し寄せる異民族やモンスターの襲撃、国内反乱に国力を削られ、その牙は目に見えて磨り減っていた。




南方のイブン王国。


その王座の隣に座るステラ王妃は、今やかつての「清廉な姫君」ではない。

彼女の瞳に宿るのは、夫の魂を抜き取った魔女エンヴァへの、灼熱のような憎悪と、氷のように冷え切った復讐心だった。




「……あの方に、もっと『餌』を送りなさい。それと解らぬよう、商隊の荷に最高級の鉄器と、北の防衛網の写しを混ぜて」


ステラは暗がりの執務室で、冷ややかに命を下す。




彼女が援助の手を差し伸べたのは、ゲルド王国に反旗を翻す諸部族や、国境を侵すモンスターの群れ、王都にて不満を持つ反乱分子。


普通であれば、一国の王妃が自らの母国を弱体化させるなど、狂気の沙汰だ。




だが、ステラにとってゲルドはもはや「帰るべき故郷」ではなかった。 憎きエンヴァが王妃として君臨し、あろうことかステラにとっても「義理の母」となって王国を支配している、唾棄すべき呪われた地に他ならないと感じていた。



ある日


ーーその知らせがイブン王宮へ届いた時、ステラの内で何かが音を立てて千切れた。


「ゲルド王国の第一王妃……ステラ様のお母さまが、病没なさいました。第一王子、第二王女様もご一緒に」


冷徹な報告を聞き、ステラは血が滲むほどに唇を噛み締めた。


実際には、それは運の悪い流行り病に過ぎなかった。


大陸中を襲う自然の猛威。




しかし、もはや正気と狂気の境界線上に立つステラにとって、それは「ただの病」であるはずがなかった。


「エンヴァ……また、貴女なのね。やってくれたわね……っ!」


ステラの瞳には、もはや真実を映す力は残っていない。




母を奪った病も、夫の心を奪った熱情も、すべてはあの金色の瞳を持つ魔女が仕掛けた呪いに違いない。そうでなければ、これほどまでに自分の人生から光が奪われ続けるはずがない。




ステラが嫉妬に狂い、孤立を深めていく一方で、ゲルド王国における「第一王妃エンヴァ」の地位は揺るぎないものとなっていた。








南方の王宮。


ステラ王妃は、机上に広げられた大陸図を冷ややかに見下ろしていた。


そこには、かつての故郷であるゲルド王国を蝕むように、いくつもの「赤い印」が付けられている。




ステラが三年間、その白い指先で操ってきたのは、平和への祈りなどではなく、故郷を締め上げるための「毒の糸」であった。




彼女は、ゲルド王国に反目する東西の諸部族や、国境を侵すモンスターの群れに対し、商人や工作員を介して執拗な援助を続けてきた。


それは国家の利益のためですらなく、ひとえに魔女エンヴァへの復讐を果たすという、彼女一人の「女の意地」に端を発するものだ。




「……父上、ごめんなさい。ですが……あの魔女を、夫を壊した報いは受けていただきます」




寝所では、今宵も夫イブンが、主のいない黒いローブを抱いて眠っている。


その背中を見るたび、ステラの心にはどす黒い憎悪が積み重なる。




嫉妬ではない。




それは、自分の人生を、夫の魂を、母と兄弟の命を、そして国家の尊厳を土足で踏みにじった「不浄なる存在」への、根源的な拒絶。


ステラは窓を開け放つ。 そこには、彼女を信奉する三万の精鋭が待機していた。


ゲルドの防衛網は、彼女の暗躍によってすでにボロボロだ。


魔女エンヴァが身を捨てて敵国の人質になる事で作り上げた「偽りの平穏」を、ステラは今、根底から塗り潰そうとしていた。






年が明けた一月。凍てつく空気を切り裂くように、南方の地平から地を揺らす蹄音が響き渡った。


イブン王国は、長年保たれてきたゲルド王国との不可侵条約を一方的に破棄。

全軍三万を以て、ついに北伐の火蓋を切ったのだ。


先陣に立つのは、黄金の鎧に身を包んだ「英雄王」イブン。


だが、そのバイザーの奥に宿る瞳は、かつての輝きを失い、濁った執着だけが渦巻いている。




「……エンヴァ。……エンヴァ……今迎えにいく」


譫言うわごとのようにその名を繰り返す王。


彼をこの狂行へと突き動かしたのは、最愛の王妃ステラによる三年にわたる「毒」の囁きだった。




「……エンヴァ様を取り戻したいのでしょう? 大丈夫、彼女は今が女盛り。連れ戻すのに、決して遅くはありませんわ」




毎夜、耳元で繰り返される甘い誘惑。


それはイブンの理性を少しずつ削り取り、「奪われた魔女を奪還する」という妄執に取り憑かれた生ける屍へと作り替えてしまったのだ。




「実家であるゲルドとの戦いには、忍びなくて参陣できません」


そう涙ながらに告げ、王宮に残ったステラ。




だが、彼女がその手に握っていたのは、涙を拭うハンカチではなく、大陸の勢力図を塗り替える「密約の密書」だった。


ステラは、ゲルド王国の弱体化を虎視眈々と狙っていた周辺四カ国の諸侯へ、一斉に書簡をバラまいた。




『ゲルドを落とした暁には、その広大な領土を五等分し、参陣した国々で等しく分配せん』




この破格の「餌」に、飢えた狼たちが食いつかないはずがなかった。


南から押し寄せるイブン王国の三万に加え、東西北の四方向から、領土欲に駆られた四つの軍勢がゲルドへと牙を剥く。


内側から蛮族に蝕まれ、疲弊しきっていたゲルド王国にとって、それは抗いようのない包囲網であった。

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