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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.14

ゲルド王国の王宮




その深奥にある御前会議室には、地図を叩く音と荒い息遣いが満ちていた。


「報告! 東国のリザードマンの群れが国境を越え、スーシャの町を急襲! 現在、要塞にて防衛中ですが、敵の数はおよそ2000! 兵の消耗が激しく、早急なる援軍を!」


広大な国土を持つゲルド王国にとって、国境紛争は日常茶飯事だ。




だが、知能は低くとも強靭な肉体を持つリザードマンの集団は、放置すれば領土を喰い荒らす害獣となる。


「ふむ……リザードマン程度、同数の精鋭を送れば要塞の守備兵と呼応して難なく散らせましょう」 「左様。西方の異民族も不穏な動きを見せております。南方のイブン王国とは同盟中ゆえ憂いはありませぬが、戦力の分散は避けねば」




将軍たちが盤石の策を提言する中、玉座に深く腰掛けたゲルド王が、退屈そうに頬杖をつきながら口を開いた。


「この遠征……エンヴァ殿に、任せてみようと思うのだが」


「…………は?」


会議室の空気が凍りついた。




エンヴァ。




南方の王国から「人質」として送られてきた、あの小娘か?


噂では戦場を裏返した魔女だというが、この場にいる、あの凄惨な戦いを知らぬ将官たちにとっては、ただの「王のお気に入りの玩具」に過ぎない。




「王よ、正気ですか! あれはただの小娘。軍の指揮などできるはずもありません!」


「兵は……1000。それだけ預ければ十分だろう」




「1000!? 敵の半分ではありませんか! 万一のことがあれば、同盟国への面目も……!」


「構わぬ」


ゲルド王は、残酷な好奇心に目を細めた。


彼はエンヴァを愛でながらも、その底知れぬ「力」を疑っていた。


美しき小鳥が、本当に国を滅ぼす魔女なのか。それとも、ただの虚勢か。




「死ぬならそれまで。だが、もし噂が真実なら……1000でも多すぎるくらいだろう?」




王の呼び出しに応じ、会議室に現れたエンヴァは、軍装でも旅装でもない、いつもの軽やかなドレス姿だった。 周囲の将軍たちから投げかけられる、侮蔑と懐疑、そして色欲の混じった視線を、彼女は春風でも浴びるかのように受け流す。




「リザードマン2000を、1000の兵で退けろ、と?」


「そうだ。断る権利はそちにはない。人質なのだからな」




ゲルド王の言葉に、将軍たちがにやにやと下卑た笑いを浮かべる。


これは死刑宣告に等しい。誰の目にもそう見えた。




だが。


「……わかりました。ご命令とあらば、行って参りますわ」


エンヴァは、艶やかな唇をわずかに綻ばせ、優雅に一礼した。


その瞳の奥に、かつて戦場を血の海に変えたあの「恍惚」の兆しが宿っていることに、愚かな男たちは誰も気づかなかった。




ゲルド王宮の広場に集められたのは、王の命によりエンヴァに預けられた千の兵士たちだった。


「1000を上限として、好きな隊を連れて行くがよい」


王にそう告げられた時、居並ぶ将軍たちは内心で鼻で笑っていた。




軍略のいろはも知らぬ小娘だ。


どうせ見栄えの良い騎兵ばかりを集めるか、あるいは恐怖のあまり歩兵を厚くして自分を守らせるのだろうと。


しかし、エンヴァが淡々と指名した内訳は、彼らの予想を斜め上に裏切るものだった。




重装騎兵:200


歩兵:100


弓兵:700




「……正気か、あの娘は」


兵士たちの間に困惑と失笑が広がる。




この世界、戦場の主役はあくまで重厚な盾を並べて押し合う歩兵同士の衝突である。


弓兵など、接敵までの嫌がらせか、敗走する敵を射るための補助兵力に過ぎない。




「盾となる歩兵がわずか100だと? リザードマンの突撃をまともに受ければ、一瞬で崩壊するぞ」




「弓を700も揃えてどうするつもりだ。敵は鱗を持つリザードマンだぞ。生半可な矢など弾き返されるのがオチだ」


将軍たちは確信した。




「やはり、この娘は素人だ」と。




ゲルド王都を出立した千の兵。


その足取りは、これから戦場に向かう精鋭のそれとは程遠く、まるで処刑台へ引き立てられる囚人のように重かった。




「おい、本当にこの人数で勝てるのか……?」


「盾(重装歩兵)がいねえんだぞ。リザードマンの突撃をどうやって止めるってんだ」


「あの小娘、馬車の中で優雅に茶を飲んでやがる」




兵士たちの不満は、行軍の速さによってさらに増幅された。


通常、重装歩兵の行進速度に合わせる軍は一日15km程度が限界だが、身軽なこの軍は倍の速度で砂塵を上げた。


休息もそこそこに強行軍を強いる少女司令官に対し、兵士たちの憎悪はピークに達しようとしていた。




何度かの補給を受けつつも二週間の強行軍の果て。


エンヴァは崖の上から、眼下に広がるスーシャ要塞を冷ややかに見下ろしていた。




城門を囲む二千のリザードマン。鱗の鎧に身を包み、知性の低い咆哮を上げる異形の群れ。




門が破られれば、中にいる数千の民は「食糧」として蹂躙され、この要塞はゲルド東部を脅かす魔窟へと変貌するだろう。




「……ねえ、準備はいいかしら?」


エンヴァが、傍らに控える隊長たちに告げる。


その瞳には、民を救おうという使命感も、戦いへの高揚感もなかった。




ただ、これから始まる「作業」への段取りを確認するだけの、事務的な光景。




「弓兵はここで伏せて。わたしの合図があるまで、一射も許さないわ」


指示は簡潔だった。




そして、彼女は馬に跨る騎馬隊長を真っ直ぐに見据えた。


「騎馬隊、突撃。 敵のど真ん中を突き抜けてきなさい」




「……はぁ? 突撃、だと……?」


騎馬隊長は、自分の耳を疑った。


敵は二千。こちらは二百。




平地で、しかも鱗で守られたリザードマンの密集陣地へ真正面から突っ込めというのか。


それは戦術ではなく、ただの自殺だ。




「正気か! 十倍の敵だぞ! 我らを見殺しにする気かッ!!」


「いいから、行きなさい。……それとも命令違反?」




黄金の瞳がわずかに細められる。


ゲルド王国の法において命令違反は死を意味する。




「クソッ!! 一番のハズレクジを引きやがった! おい野郎ども、出るぞ! どうせ死ぬなら、トカゲの首の一つでも持っていけ!!」




ヤケクソの叫びと共に、二百の騎馬が崖を下っていく。


エンヴァは、死地へ向かう彼らの背中を、まるで水面に投げ込まれた石でも眺めるかのような冷たい目で見つめていた。




戦場に響き渡るは、絶望の蹄音ていおんと騎馬隊の悲鳴のはずだった。




死を覚悟し、瞳を血走らせて突撃した二百の重装騎兵。


しかし、彼らが激突の瞬間に見たのは、鉄の結束を誇る異形の軍勢ではなく、ただの「知性の無いモンスター集まり」だった。




「……なんだ? 手応えがねえぞ!」


隊長は拍子抜けした声を上げた。




本来ならリザードマンの指揮官が鋭い咆哮を上げ、盾を並べて隙間を埋めるはずだ。




だが、その指揮系統が死滅している。


騎馬隊は、まるで見えない道が用意されているかのように、敵陣のど真ん中を縦横無尽に突き抜けていった。




崖の上。


鉄と血の匂いが漂う戦場を眼下に見下ろしながら、そこだけが別の世界のように静まり返っていた。


馬車の横に設えられたテーブルとチェア。


日傘が優雅に日光を遮り、エンヴァは磁器のカップを傾けていた。


彼女が一口紅茶を啜ると、芳醇な香りが戦場の死臭をかき消す。




「……ふう。そろそろかしらね? 騎馬隊は撤退させて。」


「えっ? あ、はい! ……伝令! 騎馬隊、撤退だそうです!!」




傍らに控える侍女が慌てて声を上げ、困惑する軍官が撤退の銅鑼どらを鳴らす。


戦場に響く「ジャーン、ジャーン」という気の抜けた音。




「もう撤退か。……だが、助かった!」


敵の動きが鈍いとは言え明らかな多勢に無勢。


限界まで体力を消耗していた騎馬隊は、疑問を抱きつつも馬首を返した。




「ギャーーーーー!」


「シャアアアアアッ!!」


騎馬隊が背を向けた瞬間、リザードマンたちが一斉に、獣のような叫びを上げて追いすがってきた。 それは追撃という名の軍事行動ではない。




空腹の獣が、逃げる獲物に食らいつこうとする「捕食」の衝動そのものだった。


「隊長! 追ってきます! 凄い数だ、全員こっちを向いてやがる!」


「走れ! 捕まったらトカゲの餌食だぞ!!」


二百の騎馬を、二千のトカゲが野放図に追いかける。


隊長は疾走する馬上で、背筋に寒いものを感じていた。




(妙だ……。いくら知性が低いと言っても、これじゃただの野良犬の群れだ。指揮官はどうした? 命令を下すべき上位個体はどこへ消えた……!?)




戦場が混沌に陥る数刻前、勝敗はすでに決していた。


エンヴァはこの崖に降り立った瞬間、霧を通じて敵の指揮官の場所を見抜いていた。


軍勢を束ねる二十匹の上位個体、そして本隊に潜む指揮官。




彼女がその細指をぎゅっと握るだけで、彼らの心臓は内側から握りつぶされ、絶命していた。




リザードマンたちは、自分たちがすでに指揮官のいない烏合の衆に成り下がっていることも知らず、目の前の獲物に釣られて、勢いのままにがけ下の袋小路へと雪崩れ込んだ。




「さあ、お片付けの時間よ。……」


エンヴァがティーカップを置くと同時に、用意されていた「蓋」が閉じられる。




歩兵たちが一斉に大岩を突き落とし、細い通路の出口と入り口を完全に封鎖した。


逃げ場を失い、密集する千匹以上のリザードマン。


弓兵へ視線を送るエンヴァ。




「う、撃て! 撃てッ!!」


崖上の弓兵隊長が、恐怖と興奮に震える声で叫ぶ。




高所から放たれる七百本の矢の雨。重力という加速装置を得た矢は、リザードマンの堅牢な鱗を容易く貫き、逃げ惑う異形たちを次々と地面に縫い止めていく。


「ギ……ギャアアアアアッ!?」


出口を求め、岩壁を爪で掻き毟るリザードマンたち。


(……悲鳴を聞きながら飲む紅茶もおつなものね)


エンヴァは紅茶のおかわりとスコーンに手を伸ばした。




弓隊からすると安全な場所からひたすら矢を打ち込む、だけの戦。


そこには慈悲も魔法の輝きさえない。


ただ、重力という物理法則によって威力が倍化された降り注ぐ矢の雨があるだけだった。




残された敵軍は、そのあまりの惨劇に戦意を喪失し、四散して逃げ去った。


城門が開き、中から騎馬隊が残敵を追い始める。


「砦から追撃軍が出たようです!エンヴァ様!」


「そうなの、興味無いわ。軍をまとめてスーシャ砦へ、その後騎馬隊と弓隊の半分は周囲の残兵を掃討。」


「かしこまりました!エンヴァ様!」


小走りに指示を伝えに走る軍属の少年はこの大勝利に興奮していた。




こうして規模としては小さいが、一つの戦が終わった。




エンヴァ軍の被害、ほぼ皆無。




かつてゲルドの南方遠征軍を壊滅させた「魔女」の初陣は、誰の目にも「完璧な用兵による勝利」として映った。




「……素晴らしいわ、隊長さん。貴方の突撃があまりに鮮やかだったから、敵の指揮官たちは浮き足立って自滅してしまったのね」




戦後、返り血一つ浴びていないエンヴァは、困惑しきった騎馬隊長の手を握り、過剰なまでの賞賛を浴びせた。


「は……? いや、自分はただ、死に物狂いでご命令通りに……」


「貴方が第一功よ。私はただ、貴方の後ろについていただけ。王都へは、そう報告しましょうね?」




目の前の少女の微笑みは、聖母のように慈愛に満ちていた。


だが、その内側では冷笑が渦巻いている。




派手な魔法で敵を撃滅すれば、ゲルドの王は彼女を「御しきれぬ兵器」として警戒し、排除に動くだろう。しかし、こうして「運と部下の功績に助けられた無知な小娘」を演じておけば、彼女はより長く、深く、この国の心臓部へ入り込むことができる。




彼女にとって今回の勝利は、目的を果たすためのカモフラージュに過ぎなかった。



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