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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.10

西方の戦場に魔女が降臨していたその時、北方の戦場では「国家」という名の虚像が、音を立てて崩れ去っていた。


「カシム将軍が裏切りました! 敵軍を誘導し、本営の背後に迫っております!」


「……なんだと!? カシムが、あの男がか!」


アデル王の絶叫は、押し寄せる鋼鉄の波に飲み込まれた。




背後の撤退路を確保し、王の背中を預かるはずだったカシム将軍。


あの日、見張りをサボって眠りこけていたところを寛大なアデルによって許され、長年の奉公への報酬として将軍の位を授かった男。




だが、彼がアデルから受けた「恩義」など、ゲルド王国が差し出した「傀儡かいらいの王」という甘い毒に比べれば、羽毛よりも軽かった。




「間に合いません! 来ます! うああああああ!」


信頼していた自軍の槍が、背を貫く。




最悪の裏切りによって、アデルが誇った主力15,000は瞬く間に壊滅した。


兵士たちの多くは武器を捨てて降伏し、これを吸収して3万を超えるゲルド王国の軍勢は、もはや遮るもののない王都への大街道を怒涛の勢いで突き進み始めた。




アデル王の最期は、かつての覇王の影もないほど呆気ないものだった。


その亡骸は無造作に砂漠へと打ち捨てられ、夜には野犬の餌食となるだろう。




代わりに取り出されたのは、恐怖に歪んだまま硬直した彼の「首」だ。


槍の先に高く掲げられたアデルの生首は、道行く都市の城門を「無血開城」させるための、何よりも雄弁な道具へと成り果てていた。






「……ふん、アデル様。ようやく不釣り合いな椅子から解放して差し上げましたよ」


血の滴る槍の影で、カシムは冷ややかに笑う。




ゲルド王国の手先として、自分はこの国の新しい王になる。


残った出来損ないの息子さえ始末できれば、自分は永遠の栄華を掴める。




彼はまだ知らない。


自分が売った「王都」に、今どのような怪物が帰還しようとしているのかを。






カシムの計算は、軍略家としては極めて真っ当だった。 西方の連合軍8,000に対し、イブンが率いたのはわずか3,000。


地の利もなく、多勢に無勢。順当にいけば、今頃イブンの首も砂漠のどこかで干からびているはずだった。


だが、報告に訪れた斥候の顔は、勝利の喜びに沸く軍の中で唯一、青ざめていた。


「イブン軍勝利……!? すでに王都へ帰還し、我らを迎え撃つべく城壁には旗が翻っているだと?」 「は、はい……。信じがたいことですが、連合軍はわずか一日で『消滅』したとのことで……。逃げ延びた者たちは皆、一様に狂ったように『魔王』の名を叫ぶばかりで、詳細は要領を得ません」




「ふむ……」 カシムは顎を撫で、思考を巡らせた。


一日で壊滅。そんなことが可能なはずがない。だが、事実としてイブンは生きている。




(……だが、それがどうした。イブンが連れ帰った残兵など、多く見積もっても数千。対する我が軍は、北の精鋭を含む3万だ)


カシムはチラリと右前方を見やった。


そこには、変わり果てた姿で槍の先に掲げられたアデル王の生首がある。




(いかに奇策で西を退けようと、この腐りかけた父の顔を見せ、10倍の軍勢で包囲すれば、あの甘い坊ちゃんの心など容易く折れる。かつて見張りをサボった私を許したアデル様のように、坊ちゃんも懐柔してやればいい。城門を開けさせ、歩み寄ってきた瞬間にその首を落とせば、王都は戦わずして私のものだ)




カシムの脳内の算盤そろばんは、揺るぎない「勝利」を弾き出した。


「よし! このまま前進! 王都を完全包囲せよ!」




カシム率いる3万のゲルド軍が、砂塵を上げて王都を包囲した。




城壁には確かに旗が並び、守備兵の姿も見える。


だが、そこには包囲された軍が放つはずの焦燥も、死を覚悟した悲壮感もなかった。


ただ、不気味なほどに静かだった。




「坊ちゃん! 見えるか、この父上の無惨な姿が! 無駄な抵抗はやめて門を開けい! 今なら貴様の命だけは、このカシムが保証してやるぞ!」


カシムの声が、静まり返った王都の城壁に木霊する。




その時。 城門が、ゆっくりと重い音を立てて開いた。


だが、そこから出てきたのは降伏の使者でも、絶望したイブンでもなかった。


そこから一人歩いて出たのは戦場にはあまりに場違いな、黒いローブに身を包んだ黄金の瞳を持つ少女だった。




「……女?」


王都を包囲する3万のゲルド軍。その最前列から、どよめきが波紋のように広がっていく。


開かれた門の先に、ただ一人。




武装もせず、戦場の土埃を拒絶するように佇む少女の姿に、兵士たちは困惑し、眉をひそめた。


だが、その中央で馬に跨るカシムだけは、喉の奥が引き攣れるような感覚を覚えた。


(あれは……エンヴァ……嬢ちゃん……。)


カシムは一人呟いた。




数時間前。


王都へ帰還したエンヴァは、血の匂いを纏ったまま困惑するイブンを、空位となった玉座の間へと連れて行った。


「あなたはここで、座っておいでなさい」


エンヴァは、象牙と金で装飾された王の椅子を指差した。




「しかし! あそこは父上の……アデル王の席だぞ!」


「アデル王は死んだわ」


事も無げに、まるで明日の天気を告げるような軽さでエンヴァは言い放った。




「っ……! 父が……王が死んだと、なぜ断言できる! 貴女はここにいたはずだ!」


「だから、言ったでしょ。死んだの」


エンヴァの黄金の瞳が、射抜くようにイブンを捉える。


その瞳の深淵に、イブンの反論は凍りついた。


彼女が「死んだ」と言えば、それは彼にとって確定事項なのだ。




「……っ、しかし、どうするというのだ! 敵は我が軍の10倍以上、3万を超えている! いくら貴女でも、多勢に無勢だ。ここは籠城して……」




「黙らないと、また尻を焼くわよ」


「……っ!」


反射的に、イブンは両手で自らの尻を押さえた。


かつて、この我儘な魔女に「教育」された時の、熱く、屈辱的な痛みが脊髄を駆け巡る。


「……大人しく座ってなさい。……」


最後の一言は、彼だけに聞こえる微かな声だった。


逆らう術を奪われたイブンは、震える膝を突き、父の遺した冷たい玉座に深く沈み込むしかなかった。




そして今。 エンヴァは城門の真ん中に立ち、3万の軍勢を、そして裏切り者カシムを見据えていた。


「おい、嬢ちゃん! そこで何をしている! 命が惜しければ退け! イブンの坊ちゃんを出し……」


カシムの怒声が途切れる。 エンヴァが、ゆっくりと右手を掲げたからだ。


「カシム。……あの時眠っていたのがあなたの運の尽きよ」




王都の上空を覆い尽くしたどす黒い渦。それはもはや気象現象ではなく、この世界に空いた「穴」から溢れ出した魔女の悪意そのものだった。


その中心で、エンヴァは自らの内側から汲み出される莫大な魔力の奔流を感じていた。


「先輩」が言っていた「魂を削る」感覚。




肉体を、そして存在の芯を、高熱の鉄が突き抜けていくような、耐え難い痛み。


そして、その痛みの裏側に張り付いた、脳を焼き溶かすような至高の快楽。




「ハァ……ッ、あぁ……」




その唇から漏れたのは、祈りでも呪いでもない、恍惚の吐息。


少女のものとは思えない、濡れた艶を帯びた瞳。


彼女は今、自らの魂を世界という砥石で削りながら、自分が「生きている」という事実に酔い痴れていた。




エンヴァが指を弾くと同時に、大地が激しく脈動した。


城壁の周囲、乾燥した砂が意志を持つ生き物のように蠢き、みるみるうちに巨大な形を成していく。 ズズ、ズズズ……と音を立てて這い出してきたのは、身長5メートルを超える土人形。


一体、また一体。 瞬く間に数百体もの巨躯が、三万の軍勢を包囲するようにして「生えて」きた。




「うわあああああ! 助けてくれ! 飲み込まれるッ!」


軍勢の背後、後軍の輜重しちょう隊が絶叫に包まれる。 突如として発生した巨大な流砂が、物資を積んだ馬車や食料を貪欲に飲み込み始めた。 鎖で繋がれた奴隷たちは、沈みゆく牛舎に引きずられ、逃げる術もなく、牛と共に砂の深淵へと消えていく。


「左右もダメだ! 紡錘陣形を取れ! あの砂人形共に突撃し、そのまま城門を突き破るのだ!!」


カシムの声が、裏返りながらも荒野に響く。 もはや、包囲戦も調略も意味をなさない。 背後は流砂、周囲は巨人の群れ。 カシムに、そして三万のゲルド軍に残された道は、魔女が待つ城門へと、死に物狂いで突っ込むことだけだった。


「突撃! 突破せよ! 立ち止まるなッ!!」


それは軍の進撃ではなく、屠殺場へと追い込まれる家畜の群れだった。




城壁の上では、イブンの兵たちがその光景を悪夢でも見ているかのように凝視していた。


「おい、何が起こっているんだ……? 敵の悲鳴がここまで聞こえるぞ」 「魔王、と言っていた。あの部族連合の生き残りが、あの少女を『魔王』だと」 「エンヴァ様が……? いつも王子に我がままを言って困らせていた、あの愛らしい少女がか?」


兵士たちの困惑をよそに、戦場はもはや人知を超えた破滅を振りまいていた。




ドン! ドガン!


砂の巨像たちは、戦略など持たない。ただ巨大な腕を、密集するゲルド軍の頭上へ振り下ろす。それだけで、前衛の兵士たちは鎧ごとひしゃげ、肉塊となって大地にめり込んだ。


「盾だ! 盾兵を前に出せ! 衝撃に耐えろ!」


指揮官の叫びに応じ、熟練の盾兵たちが規則正しく壁を築く。だが、その鉄の壁の上からゴーレムが「ドン」と拳を落とすと、次の瞬間には並んだ盾の下から、絞り出されたような血だまりがじわりと広がった。


「グモモモモ……!」


意思を持たない砂の巨人は、痛みも恐怖も知らない。槍が突き刺さろうが、矢が降り注ごうが、それはただの「砂への異物混入」に過ぎなかった。


「流砂が広がってくる!」 「早く前衛を押し出せ! 後ろから呑まれるぞ!」


左右背後から迫る流砂は、飢えた獣のようにゲルド軍の端を次々と食らっていく。逃げ場を失った兵士たちは、死の波に押されるようにして、魔女が待つ中央へと凝縮されていった。




「突破したぞ! 一箇所に集まれ! 門を攻撃するんだ! 城門の前にいるあの魔女を殺せッ!!」


カシムの捨て身の命令。人海戦術の果て、数体のゴーレムの隙間を縫って、ゲルドの精鋭騎馬隊がついにエンヴァの射程圏内へと飛び込んだ。


「取った! 死ね! この魔女め!!」


先頭の騎士が、勝利を確信して長槍を突き出す。 その切っ先が、エンヴァの白い肌に届こうとした刹那——。




ぐちゃり、と。


生物が立ててはいけない音が響いた。 槍を構えた騎士の肉体が、まるで布を裏返すように、一瞬で「内側と外側」が逆転した。


臓物が外へ、皮と鎧が内へ。


それは魔法というよりも、世界の法則そのものを強引に書き換えたような、おぞましい「現象」だった。


「…………ハァッ!!」


その瞬間、エンヴァの体がビクンと激しく波打った。


強烈な快楽と、魂を削り取られる激痛が同時に彼女の脳髄を突き抜ける。


(……これなのね、「先輩」……)




自らの意志で世界に致命的な干渉を加え、その反動として魂の摩耗を直接受け止める。


返り血さえ浴びていないはずなのに、エンヴァの頬は紅潮し、その瞳にはかつてないほどの、生々しい「性の輝き」が溢れ出していた。




「逃がさない」


鈴の鳴るような、透明な声だった。




恐怖に駆られ、馬の腹を蹴って逃げようとした後続の騎兵たち。


だが、エンヴァが慈しむように空中で手を振ると、その動きに合わせてぐちゃりという湿った音が連鎖した。


逃げる背中が裂け、鎧の内側から真っ赤な内臓が噴き出し、瞬時に皮と骨を飲み込んでいく。騎士も、彼らが跨っていた馬も、等しくこの世界の「外側」を失った。




気が付けば、城門の前には世にもおぞましい光景が広がっていた。


数百もの裏返ったモノ。


それはもはや人間でも動物でもない。赤い筋肉組織と血管が剥き出しになり、本来なら内側にあるべき肺が空気に触れて喘いでいる。




だが、彼らは死んでいない。


「……ア、……が……」


言葉にならない、濡れた喉の震えが重なり合う。




裏返った肉塊たちは、まだ生きているままに、泥濘の中でビクン、ビクンと不規則な脈動を繰り返していた。




「う、うわあああああああ!!」


馬上でその光景をまともに見てしまったカシムは、槍の先に掲げていたアデル王の生首を、恐怖のあまり投げ捨てた。




砂の上に転がった王の首は、泥にまみれ、実の息子であるイブンや、かつての愛娘のような少女の変貌を、死んだ瞳で見つめている。




「魔王……本物の魔王だ! ゲルドの兵ども、何をしている! 殺せ! あの化け物を殺せぇ!!」


だが、彼の命令に応える者はもういない。




ゴーレムに踏み潰されるか、流砂に呑まれるか、あるいはエンヴァの近くで「裏返る」か。 三万の精鋭軍は、今やパニックを起こした家畜の群れと化し、王都の城壁という「屠殺場の壁」に向かって、自ら破滅の突撃を繰り返すことしかできなかった。




戦場の狂気は、ついに内側から弾けた。


ゲルド王国から派遣された三人の将校が、砂塵と返り血にまみれ、カシムの前に立ち塞がった


その瞳に宿るのは騎士の誇りではなく、生き残るための卑劣で切実な、獣の生存本能だった。




「カシム殿! もはやこれまで! 我らは降伏いたす!」


「……降伏……だと?」


カシムの顔が引きる。




戦場における敗軍の「降伏」が何を意味するか——それは総大将である自分の首を差し出し、勝者に慈悲を乞うための供物にされるということだ。




「ならぬ! ならぬぞ! もう一歩だ、もう一歩で魔女の首を落とせる! 突撃、突撃せぬかぁッ!!」


カシムの絶叫を、将校たちは冷たい沈黙で塗りつぶした。


彼らは無言で頷き合う。 二人がカシムの両腕を羽交い締めにし、一人が腰のシミターを抜いた。




「短い天下だったな、カシム」


「や、やめろ! 助けてくれ! 命だけは! 命だけはああああ!!」




「ゴリ……ゴリ……ゴリ……」


砂漠の流儀による斬首は、一撃では終わらない。


生きたまま、獲物の喉に刃を食い込ませ、何度も何度も前後にこすりつける。


カシムの絶叫は、気管を断たれた瞬間に濡れた泡のような音へと変わり、噴き出す鮮血が将校たちの鎧を赤く染め上げていく。




首の骨を断つための、気が遠くなるような執拗な往復運動。


ようやく肉と骨が泣き別れになった時、将校の一人がカシムの髪を掴み、その重みを高く掲げた。


「魔女殿! 我らは降伏する! 殺戮をやめられよ! 魔女殿!!!」




その叫びが戦場に木霊こだました瞬間。


あれほど猛り狂っていた砂のゴーレムたちが、石像のように動きを止めた。


飲み込む対象を求めて広がっていた流砂も、ピタリと砂の波を沈めた。




「おお……感謝いたす……!」


「反乱の首謀者、カシムの首を持参いたした!」


「我らはこやつに騙されていたのだ!」


三人の将校は、必死で降伏の旗を掲げ「裏返った肉塊」たちの間を、震える足で城門へと向かった。 そこには、依然として恍惚とした表情を浮かべたまま、満足げに喉を鳴らしているエンヴァが立っていた。


彼女の足元には、裏返った兵士たちのうめき声と、ビクン……ビクン……という心臓の鼓動だけが、一定のリズムで響いている。




カシムの生首を差し出した将軍たちは、一瞬だけ、自分たちが生き延びたという「錯覚」に安堵した。 だが、彼らが対峙しているのは、もはや言葉の通じる政治的生物ではない。




「ベロン」


差し出されたカシムの首が、将校の掌の上で、まるで熟した果実の皮が剥けるようにおぞましく裏返った。


「魔女殿っ!?」


叫び声が、湿った音にかき消される。


将軍三人の肉体もまた、流れるように内と外が反転し、物言わぬ、ただ脈動するだけの肉塊へと成り果てた。




快楽の極みに達し、視界が白く霞むほどの恍惚の中にいるエンヴァ。




彼女は虚ろな瞳のまま、恐怖で硬直するゲルド軍本体へと、死の散歩を再開しようとした。


彼女が歩を進めるたびに、周囲の兵士たちが連鎖的に「裏返り」、赤い地獄が広がっていく。




しかし、その時。 背後から、不快なほどに真っ直ぐで、聞き慣れた声が響いた。




「エンヴァ! やめるんだ! 彼らの半分は我が民! 裏切りを強いられた我が兵だ! 無駄に殺してはならぬ!」




玉座の間で大人しくしているはずの、イブンの叫びだった。


(……煩いわね。言いつけを守れない子は、あとでじっくりと、尻を焼いてやるわ……)


エンヴァは振り向きもせず、心の奥底で舌打ちをする。




魂の摩耗がもたらす極彩色の陶酔を邪魔され、彼女の内にどす黒い不快感が芽生える。


「頼む、エンヴァ! 王国の民を……心ならず従っている兵たちの命を助けてやってくれ! 頼む、この通りだ!エンヴァ!我はどうなっても構わぬ!」




何度も、何度も。




英雄としての矜持も捨て、なりふり構わず民の助命を乞うイブンの声。


それは、かつての「まがい物の愛」を演じていた頃の自分に、そして先代の「先輩」が最期に守り抜いた「人間としての些細な時間」に、微かに触れるノイズだった。




「…………わかったわよ」


エンヴァは、ふっと憑き物が落ちたように立ち止まり、掲げていた手を下ろした。


空を覆っていた魔力の渦が霧散し、砂のゴーレムたちが音を立てて崩れ落ちる。


彼女の瞳から狂気と快楽が引き、元の、どこか冷めていて、けれど底知れない黄金の色彩が戻ってくる。


「……飽きたわ。後処理は、あなたの好きになさい。……」


そう言い捨てると、エンヴァは血の海のただ中で、まるで散歩の途中で飽きた少女のように背を向けた。

彼女が許したのは「民」ではない。



自分を人に繋ぎ止める「鎖」であるイブンの、必死な願いを一つだけ聞き入れるという、極めて身勝手で尊大な「赦し」だった。



そしてその夜、イブンは約束を破った罪を償う為エンヴァに尻を焼かれた。

酷い火傷を負ったイブンはそれでも晴れがましく民を守った王として誇らしい笑顔を見せていた。

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