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転生の魔女  作者: RUSA
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4生 ep.8

エンヴァは、わずかな希望を抱いていた。 自分よりも遥かに古い記憶を持つこの「先輩」なら、魂を蝕むこの「輪廻」という名の呪い、その鎖を断ち切る方法を知っているのではないかと。


しかし、返ってきたのは、突き放すような一言だった。


「そんなものは無いよ」


「……ないの? どこにも?」


「ああ、無い。だがね……そろそろ終わりかも、と思うこともあるんだ。若き魔女よ」


その一言を耳にした瞬間、エンヴァの背筋に冷たい氷を押し当てられたような衝撃が走った。




エンヴァには解っていた。 先ほど先輩の深層に潜り、触れたあの「巨大な傷口」。


魂を内側から引き裂くような漆黒の断絶、無限の虚無




——あれこそが、世界が不死者に与える唯一の「救済」なのだと。




輪廻を断ち切る魔法など存在しない。




ただ、狂うほどの生を重ね、自分という形を保つことができなくなるまで魂が磨り減り、崩壊し、霧散する。その「消滅」だけが、唯一の出口。


(……あれほどまでに、魂を削らなければいけないの?)




エンヴァは自分の内側に意識を向ける。




まだ魂は瑞々しく、欲望に溢れ、自分という個が鮮明だ。


先輩が見せたあの「断絶」に辿り着くには、あと何十回、何百回の人生を、孤独を積み重ねればいいのだろう。




王宮の一室は、今やこの世界の理が書き換わる「聖域」へと変貌していた。 エンヴァは確信していた。今、目の前で起きているのは、単なる肉体の死ではない。


悠久の時を駆け抜けた魂が、その役割を終え、宇宙の塵へと還る儀式——世にも稀なる「魔女の消滅」だ。




世界が一周するほどの長い歳月の間に、たった一人立ち会えるかどうかという奇跡。


エンヴァはその瞬間を、瞬きさえ惜しむように見つめていた。




「あぁ……」


ベッドに横たわる「先輩」の体が、小刻みに震えだす。


もはやその瞳には光はなく、鼓膜は世界の音を拒絶している。




けれど、彼女の唇からは、今の生では決して呼ばれるはずのない、古の、あるいは別の生での名が漏れ出した。




「やっと……やっと逝けるのかい? サフィス……ゴードン……来てくれたのかい……」




エンヴァの知らない、数千年前の恋人か、あるいは親友の名だろうか。


最期の瞬間に彼女が呼び戻したのは、大陸を支配した魔王の誇りではなく、ただ一人の人間として誰かを愛し、求めた記憶だった。




直後、先輩の体から凄まじい密度の魔力が溢れ出した。


ブルブルと激しく震える肉体から、エメラルドグリーンの光が奔流となって溢れ出す。


ある流れは床へと染み込み、王宮の石畳を透過して母なる大地へと還っていく。


またある流れは天へと立ち昇り、天井を抜けて夜空の星々へと霧散していった。




(……なんて魔力なの……っ)


エンヴァは息を呑んだ。


それは、一人の魔術師が保持できる限界を遥かに超えていた。




これまで自分自身が「最強」だと信じていた魔力など、大海の一滴に過ぎないと思わされるほどの質量。それはまるで、惑星そのものが放つ息吹に触れているかのようだった。




しかし、その奔流は決して暴力的ではなかった。 母の胎内に戻る子供のように、あるいは川が海へと注ぐように。 あまりにも穏やかで、静謐で、慈愛に満ちた「帰還」の感触。




光が薄れ、先輩の存在が希薄になっていく中で、エンヴァの胸に一つの悟りが降りてきた。


(……ああ、そうか。これは……借り物だったのね)


どんなに強大な魔力も、どんなに不滅に見える魂も。




それは個人の所有物ではなく、この星から一時的に切り出された断片に過ぎない。


「私の魔力」と傲慢に振る舞っていた自分さえも、大きな循環の中の一つの結節点でしかないのだという事実に、彼女は初めて触れた。




光が完全に消えた時、ベッドの上には静寂だけが残された。


偉大なる先駆者は、自らの魂という膨大な負債をすべて星へと返済し、ついに無へと辿り着いた。




(私は……先輩のように逝けるのだろうか?)


「先輩」が星へと還った後の静寂の中で、その問いだけがエンヴァの胸に澱のように溜まっていた。




「先輩」は、その果てしない輪廻を逃げることなく駆け抜けた。


時には恐怖の象徴たる魔王として、時には民を導く聖女として。


あるいは一国を統べる王として立ち、そして——


何よりも尊く、痛ましいことに——ただ一人の男を愛する無力な女としても生きた。




彼女は、あらゆる人生を「精一杯」やり遂げたのだ。


その魂がボロボロに引き裂かれ、最後には名前さえ捨て去るほど摩耗したのは、逃げずに生を全うし続けた結果だった。




「エンヴァ、開けてくれ。……顔を見せてくれるだけでいいんだ」


扉の外で繰り返されるイブンの悲痛な訴えも、侍女たちの案じる声も、今のエンヴァには遠い異国の雑音にしか聞こえなかった。




それから一か月の間、彼女はすべての公務と接触を絶ち、一人きりで部屋に籠もった。


ただ「先輩」が最期に横たわっていたベッドの傍らに座り、空っぽの空間を見つめ続けた。




彼女は学んでいた。 先輩から引き継いだ膨大な記憶の断片、そして彼女が最後に身をもって示した




「世界の理」




(個としての魂は、世界という大海から汲み上げられた一滴の雫。世界は私たちの生という経験を吸い上げて広がり続け、私たちは還るべき場所を忘れないために、この『借り物』の命を燃やす)




それが本当の真理であるかどうかはエンヴァにも解らない。




そして、いつか気の遠くなるような未来。

いずれ世界が何周かした時に訪れるかもしれない「消滅」という名の唯一の赦し。


その一か月は、エンヴァにとって、これまでの人生をすべて繋ぎ合わせ、今をどう定義し直すかのための儀式だった。




部屋に籠もる彼女の周囲では、時折、物理法則を無視した現象が起きていた。


床から芽吹くこともないはずの花が咲き、窓を閉め切っているのに星の光が液体のように降り注ぐ。




一か月が過ぎたある朝。




彼女は、鏡の前に立った。 そこには、以前よりもどこか透明感を増し、けれど瞳の奥に底知れぬ深淵を湛えた、一人の魔女の姿があった。


「……お待たせ、イブン」

低く、けれど部屋中に響き渡るような声。 エンヴァは、ゆっくりと扉に手をかけた。


「先輩」とのこの出会いは、エンヴァを魔女として一段も二段も高い存在に昇華させていた。

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