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転生の魔女  作者: RUSA
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1生 ep.2

荒い呼吸を繰り返し、泥と脂汗にまみれて床に伏す少年。


首元には妹と同じ発心が浮かび、意識の混濁が始まって


「リナ……リナを……」と呟くばかり。


その、あまりにも無防備で無様な姿を、魔女はただ冷ややかに見下ろした。




「……全く。人間というものは、つくづく愚かな生き物ね」


自分の血管にも、彼らと同じ赤い血が流れていることなど忘れてしまったかのような、傲慢な呟き。




救える保証などどこにもないのに、自分まで死の淵に飛び込むその献身が、150年を孤独に生きた魔女には酷く不合理で、滑稽にさえ見えた。




けれど、口元に刻んだ冷笑とは裏腹に、彼女の指先はすでに淀みなく動いている。


二人を乗せた処置台、これから起こる事を予見していた魔女は兄と妹の服をすべて脱がせて隣の台に綺麗に畳んで並べた。部屋の温度を少し上げるために乾燥した薪を暖炉にくべる。


高熱にうなされる兄妹は完全に意識混濁を起こしておりされるがままになっている。




魔女は物言わず、棚から使い古された道具と、ラベルの剥がれかけた薬瓶を取り出した。


「……今日は、乾燥豆をゆっくり煮戻す予定だったのだけど」




まるで街角の主婦が献立の狂いに眉をひそめるような、そんな世俗的な独り言。




けれど、魔女の手はすでに「それ」へと切り替わっていた。


石鉢の中で乾燥させた根をゴリゴリとすり潰し、地下室の冷暗所に秘蔵していた、どろりと妖しく揺れる紫色の液体を注ぎ込む。それを暖炉の火にかざすと、混合液は不気味な泡を立て、やがて意志を持つかのようにぼんやりとした光を放ち始めた。




「さあ、飲みなさい。……零したら、死ぬわよ」


意識の混濁した二人の口に、そのうすらぼんやりと光る液体を流し込む。




「ゴホッ! ウゥ……!」


猛烈な拒絶反応。




毒物を流し込まれたと錯覚した身体が、激しい咳と共にそれを吐き出そうとする。


魔女は、むせる兄妹の口を両手で無慈悲に塞いだ。 逃げ場を失った薬液が、無理やり彼らの食道を通り、病魔の巣食う臓腑へと流れ落ちていく。




「全く……一人ずつ来てくれれば、手間が省けたものを」




毒づきながらも、魔女の掌からは温かな、生命の色をした緑色の光が溢れ出した。




その光は波紋のように広がり、兄と妹、二人の身体を優しく包み込んでいく。


「ゲホッ、オエェッ!!!」


ひときわ大きな咳と共に、魔女の手では抑えきれないほどの胃液が逆流した。


それだけではない。死病に冒され、自由を失っていた括約筋が弛緩し、処置台の上は二人分の汚物によって見るも無惨な惨状を呈していく。




鼻を突く悪臭。飛び散る嘔吐物。 並の人間なら目を背け、吐き気を催すような光景だろう。 けれど、魔女は眉ひとつ動かさない。




魔女はただ、淡々と、機械的に。 汚れを拭う暇さえ惜しみ、この過酷な「治療」を四度、五度と繰り返した。 魔力を練り、薬を注ぎ、生死の境界線上で暴れる魂を、無理やり現世の側へと繋ぎ止める。


……ふと気づけば、窓の隙間から白磁のような光が差し込んでいた。




「……夜が明けたのね」


嵐は去っていた。 処置台の上、ひどい有様の中で眠る兄と妹。 けれど、昨日まで彼らを苛んでいた死病の気配は微塵もない。 聞こえてくるのは、驚くほど静かで、力強い――生を謳歌する者の寝息だった。




周囲を見渡すと、二人の吐き出した胃液と容赦無くまき散らされた汚物にまみれた床。


ハァ……とため息をつくと魔女は外の井戸に水を汲みに出た。




その約2時間後……


重く湿った瞼を、レオはゆっくりと押し上げた。




視界に飛び込んできたのは、朝露に濡れた森の緑と、窓から差し込む白磁のような光。


脳を焼くような高熱は去り、代わりに全身を包んでいるのは、泥のように重い倦怠感だった。


「……あ、あ……」




乾いた喉から、掠れた声が漏れる。




レオは弾かれたように身体を起こそうとしたが、力が入らず、薄い毛布の上で身悶えた。


その視線の先――昨晩妹を預けた処置台の上には、穏やかな寝息を立てるリナの姿があった。


その頬には、死の色ではなく、林檎のような赤みが戻っている。


ふわりとかけられた毛布はとても暖かそうで、自分にも同じものがかけられている事をこの時彼は認識した。




「……よかった……リナ……生きてる」




安堵が涙となって溢れそうになった時、部屋の隅からカチャリと無機質な音が響いた。




「ようやく目が覚めたのかしら。随分と長寝だったわね、そろそろ起きれるでしょう?」


と、一言。




「まずはそこに畳んである服を着てくれないかしら?」


レオが目をやった先には丁寧にたたまれた粗末な服。






声の主は、魔女だった。 彼女は昨晩の凄惨な光景が嘘であったかのように、いつもの清潔な黒いローブを纏い、先ほどまで暖炉の前で鉄鍋をかき混ぜていた。




昨晩、処置台を埋め尽くしていた汚物や悪臭は、跡形もなく消え去っている。代わりに部屋を満たしているのは、香ばしいハーブの香りと……何かの豆を煮る、生活感の溢れる匂いだ。


「飲みなさい」


魔女が手渡したのは熱く熱せられた湯気の立ち昇る薬湯。


濃い緑色のそれを口にすると強烈な苦みが走る、しかしそれはとても滋養に良さそうな香が立ち込めており彼は疑う事も無く本能的にそれを時間をかけて飲み干した。






「あの、魔女様……リナを、俺たちを、助けてくれて……」


レオは震える声で感謝を口にしようとした。けれど、魔女は彼の方を見ようともせず、素っ気なく言葉を遮った。




「お礼なら、その汚れた毛布を洗い終えてからにしてちょうだい。あなたたちが床に撒き散らしたもののせいで、今日の予定が台無しだわ」




魔女は鍋からお玉ですくい上げた豆を、味見するように一口啜った。


「……少し、煮すぎたわね。火加減を間違えたわ」




その横顔には、隠しようもない疲労が滲んでいた。150年という長い歳月を生きる彼女にとって、一晩の徹夜など造作もないことかもしれない。けれど、その指先には、何度も何度も二人の身体を拭き、床の汚物を拾い雑巾を絞った形跡が、仄かな震えとなって残っていた。




「ごめんなさい……でも、本当に、ありがとうございました。俺、なんでもしますから」


「……なんでも、ね」


魔女はそこで初めて、レオの方を振り返った。


深い金色の瞳が、真っ直ぐに少年を射抜く。




「なら、二度とあんな無茶な真似はしないことね。死病の妹を背負って嵐を走るなんて、救いようのない馬鹿のすることだわ。次にそんな真似をしたら……」




ゴクリと唾を飲むレオ。


「畑の肥やしにしてあげるわ」


「……はい」




レオは、叱られた子供のように首を縮めた。けれど、その表情はどこか明るい。


魔女の言葉は鋭く冷たい。けれど、その裏側に不思議な温もりを感じていた。




「さあ、動けるなら妹が起きていたら連れてきて」


どこか不満げな表情。


「豆を戻しすぎたわ。三人分でも、余るくらいにね」




魔女は、ぶつぶつと文句を言いながら、戸棚から不揃いな三つの器を取り出した。 窓の外では、昨晩の嵐が嘘のように、小鳥たちが新しい一日の始まりを告げていた。

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