「レオ」と「リナ」 ep.2
町を去る足取りに迷いはなかった。
必要最小限の荷物とサリが遺した遺産の残金を革袋に詰め込み、二人は西へと向かう馬車に揺られていた。
車輪が軋む音だけが響く中、リナが膝の上で組んだ指を強く握りしめ、ぽつりと問いかける。
「お兄ちゃん。……もし、不老の魔女の伝承が本当で、もう一人の『私達』に会えたとして。何を話すつもりなの?」
「……解らない。ただ、あの処刑台で母さんが言わなかったこと、父さんたちが信じていたものの正体を、聞いておきたいだけだ」
レオの答えは低く、どこか投げやりだった。 だが、その瞳はかつての父モーヴが獲物を追う時よりも鋭く、母の瞳に宿っていた「虚無」に近い色を帯び始めている。
「私達って……ママにとって、本当は何だったんだろうね」
リナの呟きは、風にさらわれて消えそうだった。
二人の記憶にある母は、いつも儚げで、壊れ物を扱うように自分たちを愛してくれた。
けれど、あの西方の村の伝承が真実ならば、母は自分たちが「自分を殺した名前」と同じ名前の子の頬を撫でていたことになる。
もし今、この馬車の隣にエンヴァが座っていたら。
彼女なら、こう思考するに違いない。
(何って、あなたたちの父親の欲望の成れの果てよ。……それ以外の何だと言うの?)
彼女にとっての「家族」とは、過酷な環境を生き抜くためのピースに過ぎない。
あの時、エンヴァは気まぐれに二人の夫を持った、ただそれだけの事。
レオとリナという存在も、二人の夫と暮らしたことによる「副産物」でしかないのだ。
けれど、彼女は決してそのような事を口にはしないだろう。
母としての仮面を完璧に被り、どこか寂しげな、それでいて吸い込まれるように美しい微笑みを浮かべて、こう囁くはずだ。
「何を言っているの。……あなたたちは、私とあの人たちが愛し合った証。私の、たった二人の愛の結晶よ」
思ってもいない優しい言葉。
心などこもっていない、けれど、聞く者の魂を震わせる福音。
「……愛されていたと、思いたいだけなのかもしれないな」
レオが自嘲気味に笑い、窓の外に広がる荒野を見つめた。
西の村へ近づくにつれ、空気はより重く感じる。
数十年前、実の息子に首を撥ねられたという魔女エンヴァ。
そして二人の目の前で、異端審問官が群衆に焚きつけた憎悪の中で焼き殺された母エンヴァ。
二人の乗る馬車はどこか消化しきれない思いを乗せたまま西の村を目指していた。
二か月半に及ぶ、乾いた土と埃にまみれた旅。 かつて母・エンヴァが「異端」として焼かれた街から遥か遠く、沈みゆく夕陽に赤く染まった西の村。
そこは、物語が始まり、そして一度目の終わりを迎えた、因縁の村だった。
「すみません、お話を伺いたいのですが……村長のレオ様はいらっしゃいますか?」
リナの凛とした声が、村の入り口に響く。 門番の老兵は、二人の姿——とりわけ、リナの黄金の瞳と、レオの圧倒的な体躯——を認めると、一瞬だけ奇妙な既視感に眉をひそめたが、すぐに無言で村の奥へと案内した。
案内された先は、村の中でも一際頑強な造りの石造りの館だった。
かつてエンヴァを愛人として囲ったギアとその正妻エルメが過ごしていた場所。
扉が開かれ、二人はついに、自分たちと同じ名を持つ「英雄」と対面する。
「……何の用だ。この村に旅人は珍しいが」
重厚な椅子から立ち上がったのは、初老に差し掛かりつつも、その身に鋼のような威圧感を纏った男だった。 彼こそが村長レオ。 その隣には、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる妻、そして父譲りの逞しい肩幅を持つ青年——彼の息子が控えていた。
館の空気は、リナが放った一言で完全に凍りついた。
「私達も、魔女エンヴァの子供なんです」
その言葉が落ちた瞬間、村長レオの眼光が獲物を射抜く猛禽のように鋭くなった。彼は背後にいた妻と息子を振り返り、低く、抗いがたい威厳を込めて告げた。
「……二人とも下がっていなさい。これは『毒』の話だ」
困惑する家族を部屋から追い出すと、村長は窓の外を指さし、傍らにいた従者に命じた。
「それと、リナを呼んできてくれ。至急だ」
数分後。 扉を乱暴に開けて入ってきたのは、初老の落ち着きを纏いながらも、どこか浮世離れした知性を漂わせる女性だった。
「レオ兄さん、藪から棒に何……」
言いかけて、彼女——かつての「リナ」は、立ち尽くした。
そこにいたのは、自分たちと同じ金色の瞳を持つ兄妹。
レオとレオ。 リナとリナ。
世代を超えて、同じ名を持つ四人の男女が一つの部屋で対峙する。
かつて母の首を落とし、英雄となった者たち。
そして今、母を異端審問による火刑で失なった者たち。
「……信じられないわ。ママは、どこで何を繰り返したの?」
年長のリナが、震える声で呟いた。その視線は、若いリナの顔に釘付けになっていた。




