銀光の断罪。
ゆるふわもふもふが描きたくて、戦闘シーンの練習をしようと思いました。
陽光の下、緑広がる広大な草原へ、強い乾風が吹いている。
輝ける白。否、銀糸にも近き絢爛たる柔毛に覆われた優美な獣が、「ラ、メェェェン」と鳴いている。
四足の足元には、硬く大きな蹄。尾は短い。
モコモコとした毛皮に覆われた体躯には、みっしりと詰まった筋肉が、隠されている。
だが、そんなものは些細な特徴にすぎない。
彼は、この高山地帯において、最も価値ある家畜であった。
この、二つの巻角と頭頂部より長く伸びた杭の如き角を持つ羊蹄類の名は、三角銀光羊と呼ばれている。
愛らしい顔付きに、硝子細工を思わす、透き通った瞳を持った「経済動物」は、鼻面を天へと向けて、また「ラ、メェェェン」と鳴いた。
彼には、危険が迫っている。
彼を囲む、四つの巨体がその元凶であった。
毛足が長く、丸く大きな瞳を潤ませた愛らしい顔付きの肉食獣。
愛面貪食獣と呼ばれる、内臓と脊髄を啜る、凶悪な捕食者であった。
ヤツらは、「クゥゥン」と哀愁を帯びて鳴くが、それは飽くなき食欲の発露であるのも、よく知られた事だった。
今、彼等が狙うのは、最高級の肉質と、極上の栄養を備えた獲物。三角銀光羊。四頭の愛面貪食獣に包囲されながら、優雅に頭を上げ下げする、草食動物であった。
また一つ、強い風が吹く。
四頭のうち、最も体躯の優れた一頭が、その湿った瞳をさらに潤ませた。
直後、巨体が弾ける。緑の大地へ陥没を残して。
狙いは、銀光羊ルキウスの項、脊髄の一点。
朝靄の残る大気を切り裂き、牙を剥き出しにしたチワワが迫った。
変わらずルキウスは、優雅に首の上げ下げをしている。それは旋律を刻む様であり、また数式を虚空を描き出す様な、深い挙措であった。
だが、その四肢は、堅い蹄をが支える膝は、撓められている。全身が、一定の律動を保っていた。
牙が、ガチリと鳴った。空を切っている。
瞬間、跳ね上がるチワワの顎。吹き飛ぶ巨体。
振り上げた前脚の蹄によるアッパーカットが、見事に決まっている。
蒼き空を舞う、愛面貪食獣の一つ。巨体が、慣性により一度だけ止まった。
残る三体は、愛嬌に満ちた潤んだ瞳を見開き、呆然としている。
そして、重力に従い堕ち始める。
空気が爆ぜた。草原に大きな陥没痕が残る。
ルキウスが、跳んでいた。その進路は肉食獣の腹へと向いている。
グウンと、唸る音がした。それは、強靭な頸の筋力から鳴らされたもの。首を振り上げる。
ルキウスは、角に引っ掛ける事もなく器用に額を腹へと合わせ、また一つ、大きく獲物を跳ね上げる。
最初の時よりも、高く。
そして再び繰り返される。
二度、三度。
ルキウスは精密な機械のように跳躍を繰り返し、空中の肉塊を跳ね上げた。
蹄が、角が、肉食獣の関節を的確に捉え、その自由を奪っていく。
凄惨な解体作業であったが、その無機質な瞳に宿るのは、勝利への方程式のみだった。
五度目。
大地を蹴り上げた蹄の音が、地響きとなって草原を震わせる。
打ち上げられた愛面貪食獣は、もはや悲鳴を上げる顎すら砕かれ、空と雲の間へと吸い込まれていく。
晴れ間に、冷たい風が吹いている。
朝の喧騒へ驚いて、一人の青年が放牧地へと駆け付けて来ていた。ルキウス達三角銀光羊の、飼育者である。牧場の従業員とも呼ばれていた。
彼が目にしたのは、尻尾を巻いて震える、三頭の愛面貪食獣達。
その表情は、どうするー? と互いに問い掛けあっていた。
青年には理解ができない。
何故、牧場最悪の捕食者と呼ばれる肉食獣達が、震える膝を折って、天を仰いでいるのか。
そして何故、彼が知る温厚なルキウスが、今、闘技場に立つ闘士ような、峻厳な気配を纏っているのか。
その時、天を裂き、「音」が堕ちてくる。
錯覚だ。それは、一際巨大な愛面貪食獣のもの。
頭部を下にしたそれは、一点を目指し堕ちていた。
そこに——。
モコモコとした、愛らしい毛玉の様なルキウスがいた。小さくなっている。だが、青年は違うと悟る。
小さくなっているのではない。全身の密度を高めているのだと、理屈でなく心で理解してしまった。
雄々しき一角、杭とも呼ばれるそれは、天を貫かんばかりの覇気を持ち、待ち構えている。
「あ、あれはまさか——」
青年の唇から、言葉が溢れる。それは、古の壁画に記された三大奥義の一つの姿勢と、酷似している。
天地から、額を合わせるという象徴的な図。
彼もまた、多くの識者がそうである様に、天空から襲来する側を、猛禽の様な技の仕手だと考えた派閥であった。だが、今、ここで。
本能で、理解してしまう。
三大奥義の一つ、白銀の断罪とは、落ちてくる側ではない。迎え撃つ一点の「杭」こそが、断罪であったのだ。
「ラ、メェェェン!」
一際大きく、ルキウスが鳴いた。
その光景は、一枚の宗教画の様に鮮烈なものとして青年の記憶に刻まれる。
激しい激突音の後に、崩れ落ちる肉食獣の体躯。
まだ息がある。三大奥義は慈悲の技だ。目的は、殺傷ではない。
生かしたままに勝利を決定付ける、支配の技である。だからこその、奥義。
「ラ、メェェェン……」
そこには、優美な白銀を身に纏わせ四つ足にて立つ、この後に市場へと出荷される予定の、ルキウスの気高い姿があった。
「美味しいね! このお肉!」
「臭みがなくて柔らかいのに、独特な風味があるわ。これは、癖になりそうね……」
熱と煙で燻され、タレの絡められた焼肉の美味しさに、舌鼓を打つ少女達。
「捧げられた恵みに、感謝を忘れないようにね」
元気で天真爛漫そうな小さな娘と、伶俐で真面目そうな少女が笑い合えば、修道服姿の若い教師が穏やかに教え諭す。
市場には教育の一環として、小さな子供達が社会科見学に来ていた。社会生活を実体験として学ぶ為の、授業の一環だった。
彼女達の目には別に、屠殺や解体の現場は晒されない。商売や物流を学ぶ授業であるからだ。
「そうだね。じゃあ先生、この羊さんのお名前は、何ていうのかわかる?」
「ええと、確か……」
等級の高い肉にはブランドとして、名前が付いた。
それは、飼育個体名であるのが一般的だ。
「ええと。ルキウスさんね。そういえば、写真もあったかしら? 後で、見せて貰いに行きましょうね」
「三角銀光羊でルキウス? 少し、安直じゃありませんか?」
真面目そうな少女は呆れ顔だが、陽気な少女は爛漫に、ルキウスさん、美味しかったです。ありがとう。と笑う。
彼女達が知る事はない。
緑の草原を見渡す青い空には、「ラ、メェェェン」と鳴く一頭の気高き闘士がいる事を。
彼は指もないのに、親指を立てる仕草をしている。
モコモコの銀毛を靡かせて、慈悲と慈愛を表情へと浮かべながら。
「ラ・メェェェン〜」
牧場では今日も、羊達がのんびりと鳴いている。
めでたし、めでたし。
ジンギスカン。戦闘は難しいですね。




