エピソード1
創作とは抑え難い衝動だ。どうしてもそれらを作らずにはいられない、語らずにはいられない、体のうちから湧き出す衝動。
今、真百合もそれを実感している。
真百合の創作とは、すなわち人形、関節が球体で出来た球体関節人形の制作である。
この趣味制作にはおよそ10年ほど打ち込んでいる。以前の真百合の夢は衣服のデザイナーであったが、一度展覧会で球体関節人形の世界に触れてから、その儚げな印象の虜になった。
そこから人形制作の趣味を始めた。
最近では小さなギャラリーへの出展などもこなしている。今回も、数週間後には、「ソネット」というギャラリーで人形の合同展覧会も控えている。
真百合は燃えていた。
趣味であろうと、仕事であろうと、人一倍のめりこむのが真百合の性分だった。
人形制作は半ば趣味から仕事へと移行しつつあり、それがなおさら真百合を熱くさせた。
「ふう…………」
真百合は人形の主素材である石粉粘土の粉まみれになった手で、作業台の隅に置いてある麦茶のペットボトルを手に取ると、一息に飲み干した。
空のペットボトルを部屋に投げ捨てて、やすりがけ作業に入っている人形の顔をじっと見やった。
今回制作しているのは等身大の球体関節人形である。その制作は困難を極めた。
等身大の人形を制作するのは真百合自身経験がなく、いくつもの壁が立ちはだかり、失敗を繰り返し、制作は頓挫するかのように思えた。
だが展覧会の主催者の野田や、友人たちのアドバイスなどもあって、いよいよ制作は最終段階の仕上げへと入っていった。
全身の素体は完成し、人形の命とも言える顔の制作もラストスパートである。
素体に着せるゴシック調のドレスも完成している。
真百合は、そばにある作業棚から特注のガラス製のドールアイを手にして、人形の顔の後ろの目の窪みに当て嵌めてみる。
「…………」
するとどうだろう。
顔に生命が宿った。
制作が終わった。
その充実感に、真百合は放心状態になっていた。
とりあえず、紅茶を淹れようと椅子から立ち上がった。
締め切っていたカーテンを開き放ち、日光をたっぷりと取り込んだ。
真百合の細く青白い腕が照らされ、部屋の中で浮かび上がった。
「眠い」
真百合はカーテンを忌々しく閉めると、キッチンに向かって、気に入っているティーカップに粉末のレモンティーを入れた。
私はヴァンパイアのような生活をしている、日を極端に嫌っている、そんなふうに思うが、将来的にはこういった不健康な生活はやめて、日々栄養満点のスムージーなどを飲むべきなのだろう、それが、よりクリエーターらしいではないか? そちらの方が寿命も伸びるだろう。
そう思った。
これは友人にもよく言われることだ。クリエーターにとって、体は資本なのだ。
体は大事にしなければならない。だが制作に夢中になると、どうしても後回しになってしまう。それは仕方がないことなのだ。そう言い訳をする。
ティーカップに湯を注ぎ、作業台へ戻った。
傍に、それが立っている。
等身大の球体関節人形、名は、ゾフィー、と名付けた。
髪はツインテールに結ばれて腰のあたりまでおろされ、制作された素体をゴシック・ドレスが包んでいる。
その出来栄えに、真百合は満足している。
まさに、自身の最高傑作だ、そう思う。
だが同時に、こういった不安もある。
世間ではこのゾフィーが果たしてどう見えるのだろう、もしかすると、不評の嵐に晒されるか、ほとんど無反応なのではないか、そう思うと、確かに不安である。
だがきっと世間はこのゾフィーを認めてくれる。心の底ではそう信じている。
信じていなければ、制作などはしないだろう。
レモンティーに口をつけた。
今日はギャラリー「ソネット」にゾフィーを運び込む日であった。
等身大であるため、車で搬入する手筈であった。
真百合のアパートの前に、スズキのジムニーが止まった。
それは「ソネット」の代表の野田の車である。
「真百合さーん。野田ですよー。お迎えに来ましたー」
インターホン越しに野田の声が聞こえる。
「はいー」
玄関ドアを開き、大柄な男である野田の顔を見上げた。
「はっはっは」
野田がニヤニヤと笑いながら、
「出来たみたいですねー。あれ、途中画像見ましたけど、相当すごい出来栄えじゃないですか」
「そうでもないですよ、あはは」
真百合は謙遜して見せたが、内心では、野田の言葉を大いに肯定している。
「持ってきますね、一人じゃちょっと厳しいので、手伝ってもらえますか」
「もちろん」
野田が真百合の部屋に上がり込むと、汚いなー、と足でものをどかしながら言った。野田ははっきりとものを言う男だ。
「どういう生活してんですか、あなたは」
にっこり笑いながら言う。
嫌味のないあっけからんとした男であることも知っている。
真百合は野田のそういう部分が気に入っていた。
「これです。ゾフィーと言います」
「おお……」
野田はゾフィーを見て目を輝かせている。
野田自身もギャラリーを運営しながら油絵や裁縫なども嗜む芸術肌の男だった。彼が感動してくれたことが真百合は嬉しかった。
「それじゃ、運び出しましょう」
野田がゾフィーを担ぎ上げて、そのままジムニーに運び込んだ。ほとんど真百合が手伝う意味はなかった。
助手席に座らせられたゾフィーに、真百合がシートベルトを締めてやる。
そのまま後部座席に乗り込み、車が発進した。




