第9話: 決戦当日。全社員と重役が揃う会議室に、リモート画面で『神』が降臨する(※公開処刑の開幕)
「えー、本日は我がGDソリューションズの創立記念パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます!」
煌びやかなシャンデリアの下、権田社長の声が会場に響き渡る。 会場には、主要取引先や銀行の担当者、そして数多くのメディア関係者が詰めかけていた。 全員の目当ては、もちろん『ゼウス』だ。
「我が社は、常に時代の最先端を走ってまいりました。そして今宵! 世界を動かす『神』との融合を果たします! これこそが、私の経営手腕の結晶であります!」
パチパチパチ……と、会場から拍手が湧き起こる。 最前列では、背中の大きく開いた赤いドレスを着た美咲と、招待客として紛れ込んだ妹の莉奈が、今か今かとステージを見つめていた。 その横には、ガチガチに緊張した田中先輩が、マイクを握りしめて立っている。
社長が大げさに両手を広げた。
「さあ、お待たせいたしました! 世界初! あの伝説の配信者との生コラボレーションです! ゼウス様、聞こえておりますでしょうか!」
会場の照明が落ち、ステージ上の巨大スクリーンにノイズが走る。 固唾を呑む数百人の観衆。 次の瞬間、スクリーンにあのお馴染みの『雷を纏ったシルエットのアバター』が映し出された。
『――ああ。聞こえているよ、愚かな……いや、愛すべき人間たちよ』
ドッッ!! と会場が沸く。 重厚で、腹の底に響くような威厳ある声。間違いなく本物のゼウスだ。
「キャアアアアッ! ゼウス様ァァァッ!!」 「本物だ! マジで来やがった!」
妹の莉奈が黄色い悲鳴を上げ、美咲がうっとりと頬を押さえる。 社長は満面の笑みで、スクリーンに向かって深々と一礼した。
「おお! ようこそおいでくださいましたゼウス様! 私が社長の権田です! いやはや、直接お出迎えできず申し訳ありません!」
『……ふむ。権田社長か。随分と豪華なパーティーだな』
「はっ! ゼウス様をお迎えするために、奮発いたしました! 我が社の繁栄を象徴する素晴らしい夜です!」
社長が得意げに胸を張る。 裏では借金まみれのくせに、よく言う。 VIPルームでマイクに向かう俺は、冷ややかな視線でモニターを見つめながら、次のセリフを放った。
『なるほど。……ところで、私の担当者はどこにいる?』
「へ?」 社長の動きが止まる。
『今回のコラボを実現させた、担当の佐藤くんのことだ。彼の熱意に打たれて、私はここに来たのだからな。まずは彼に挨拶がしたい』
会場がざわつく。 「サトウ? 誰だそれ」 「あのゼウスを口説き落とした社員か? すげぇな」
当然の流れだ。 だが、ステージ上の権田社長、鬼瓦部長、そして田中先輩の顔色が一斉に変わった。 彼らにとって、俺《佐藤》は「無能な雑用係」であり、この晴れ舞台には相応しくない「汚れ」だ。 自分たちだけで手柄を独占したい彼らは、慌てて目配せをし合う。
鬼瓦部長が小突くと、田中がおどおどしながらマイクを握り、前に出た。
「あ、あー、初めましてゼウス様! じ、次期幹部候補の田中です! えーと、その……佐藤ですが、本日は体調不良により、急遽欠席しておりまして……!」
嘘だ。 俺は今、この会場のVIPルームにいる。 田中の奴、自分が目立つために、平然と俺を「いないこと」にしやがった。
『欠席? 本当か?』
「は、はい! 本当です! 彼は少々プレッシャーに弱いところがありまして……大事を取って休ませました。でもご安心ください! この私が、彼の何倍も素晴らしいおもてなしをさせていただきますので!」
田中が必死に媚び笑いを浮かべる。 社長も、もっともらしい顔を作って横から口を挟んだ。
「そうなのですゼウス様。佐藤はあくまで窓口担当の一介の社員に過ぎません。ゼウス様のようなVIPのお相手を務めるには、いささか経験不足でしてな。ご不快な思いをさせぬよう、我が社の経営陣が総出で対応させていただきますぞ!」
なるほど。 「お前のような大物には、平社員ではなく社長である私が相手をするのが礼儀だ」というロジックですり替えたわけか。 一見もっともらしく聞こえるが、その本音は「あんな陰キャをステージに上げたくない」という差別意識だ。 モニター越しに見える美咲も、「そうよ、あんなのが出てきたら会社の恥だわ」と言わんばかりに頷いている。
俺はマイクのスイッチを切り替え、わざとらしく大きなため息をついた。 その音は、会場のスピーカーから大音量で流れた。
『――はぁ』
会場が静まり返る。
『……帰る』
「え?」
『聞こえなかったか? コラボは中止だと言ったんだ』
俺の言葉に、権田社長が飛び上がった。
「な、ななな、何を仰るのですかゼウス様!? ちゅ、中止!? 今さらそんな!」
『私は「佐藤くん」と約束をしたんだ。彼がいないのなら、ここに用はない。……それに、君たちの言葉からは、功労者へのリスペクトが微塵も感じられないな』
「ひっ……!?」
『「一介の社員」だから経験不足? 私をここに呼んだのは、君たち経営陣ではなく、その彼だぞ? ……部下の手柄を認められないような連中と話す舌は持ち合わせていない』
ブツン。 俺は一度、スクリーンの映像を切った(フリをした)。 会場は真っ暗になり、静寂が訪れる。
その直後、パニックが起きた。
「おい! 消えたぞ!?」 「どうなってんだ! コラボ中止ってマジかよ!」 「ふざけんな! 株買ったんだぞ!」
招待客や投資家たちが騒ぎ出し、メディアのカメラが一斉に慌てふためく社長たちに向けられる。 フラッシュの嵐。
「ま、待ってください! 機材トラブルです! ち、違うんです!」
権田社長は滝のような汗を流し、鬼瓦部長に掴みかかった。
「おい鬼瓦! どうなってるんだ! 佐藤はどこだ! 今すぐ連れてこい!!」 「ひいぃッ! た、田中! お前、佐藤をVIPルームに閉じ込めたんじゃなかったのか!?」 「で、でも、『絶対に出てくるな』って命令しちゃいましたよぉぉ!!」
マイクが入ったままだということも忘れ、醜い責任の擦り付け合いを始める上層部たち。 その無様な声は、会場中に筒抜けだった。
VIPルームのソファで、俺は足を組み替えた。 マスカットをもう一粒口に放り込む。
「……ククッ。いいザマだ」
さあ、もっと慌てろ。もっと吠えろ。 これはまだ、これから始まる『処刑ショー』の前座に過ぎないんだからな。




