第40話(最終話):神の凱旋。極寒の路上で震える元カノたちを見下ろし、俺は暖かな部屋で『所有物』を愛でる(※ざまあみろ、世界)
クリスマスイブの夜。 東京は、この冬一番の寒波に見舞われていた。
俺――『ゼウス』は、自身が所有する六本木の超高層ビル『ZEUSタワー』の最上階、地上300メートルのペントハウスにいた。 眼下には、宝石箱をひっくり返したような夜景が広がっている。
「……見ろ、莉奈。愚かな敗者たちが、地べたを這いずり回る虫ケラのようだ」
俺はワイングラスを片手に、足元に控える妹に声をかけた。
「はい、ご主人様。……本当に、踏み潰してしまいたくなるような虫ケラですね」
莉奈は、総額数億円はするであろうダイヤモンドをあしらった首輪をつけ、俺の膝に頬を寄せながら窓の外を見下ろした。 その瞳は、俺と同じ「選ばれし者」としての優越感に浸っている。
俺は手元のリモコンを操作し、壁一面のモニターを起動した。 映し出されたのは、タワーの直下にある公園の様子だ。 そこには、寒さと飢えに震えるホームレスや、日雇いの仕事をあぶれた底辺労働者たちが、炊き出しの列を作っていた。
その中に――見覚えのある顔がいくつか混じっている。
「あっ……あれ、美咲さんじゃないですか?」
莉奈がクスクスと笑いながら指差した。
モニターの中、薄汚れたコートに身を包み、ガタガタと震えながらスープの配給を待つ女。 かつて俺を「将来性がない」と捨てた元カノ、美咲だ。 厚化粧は剥がれ落ち、肌は荒れ、かつての華やかさは見る影もない。
その列の後ろには、もっと悲惨な男たちがいた。 権田元社長と、田中元先輩だ。 かつて会社を私物化していた社長と、その腰巾着だった太鼓持ちの先輩。 不正の主犯だった鬼瓦部長は刑務所の中だが、罪を逃れた彼らもまた、社会から弾き出され、ゴミ捨て場から拾った新聞紙を体に巻いて暖を取っていた。
「寒い……寒いよぉ……」 「くそっ、なんで俺たちがこんな目に……」
マイクが拾った音声が、クリアな音質でペントハウスに響く。
さらにその横では、元エリートの本田が、通りがかるカップルに土下座をして小銭を恵んでもらおうとしていた。
「お願いします! 100円でいいんです! 何か食べるものを……!」 「うわ、汚ねぇ」 「行こうぜ、関わると臭いがつく」
蹴り飛ばされ、泥水の中に顔を突っ込む本田。 かつて「俺たちは日本経済を回している」と豪語していた男の末路がこれだ。
「傑作だな」
俺は喉の奥で嗤った。 俺がこのタワーで一本数百万のワインを開けている今、この瞬間。 俺を虐げていた連中は、俺の足元、遥か300メートル下で、泥水をすすって生き延びている。
この「絶対的な格差」こそが、俺の復讐の完成形だ。
「見てみろ、莉奈。あいつらが今、見上げている巨大ビジョンに何が映っているか」
俺がカメラを切り替えると、街頭ビジョンには『ZEUS、世界長者番付でトップ10入り』というニュース速報と共に、俺の威厳ある姿が映し出されていた。
路上の美咲たちが、呆然とそれを見上げている。
『あぁ……翔……』 『どうして……どうして俺じゃなくて、あいつが……』
彼らの目から、後悔と絶望の涙が溢れ出る。 自分たちが踏みつけにした男が「神」となり、自分たちはその神が作り出した経済圏の「産業廃棄物」として処理された。 その現実に、彼らは雪の降る空に向かって慟哭していた。
「あはは! いい気味! 惨めね、本当に惨め!」
莉奈が手を叩いて喜んだ。 そして、自分の胸元のネグリジェをはだけさせ、あの日刻んだ『ZEUS』のタトゥーを誇らしげに俺に見せた。
「ねえ、ご主人様。私、本当に幸せ。……だって、もし私があのまま『生意気な妹』でいたら、今頃あそこにいたかもしれないんでしょう?」
「ああ、そうだな。俺に捨てられていれば、お前も今頃あの吹きっ晒しの中で震えていただろうよ」
「よかったぁ……♡ 私、ご主人様に飼ってもらえて本当によかった。プライドなんて捨てて、ご主人様の『おもちゃ』になって正解だったんだね」
莉奈は恍惚とした表情で、俺の革靴のつま先を舐めた。 そこには、人間としての尊厳はない。 だが、あの凍える地獄に落ちた「自由な人間」たちより、この暖かい部屋で飼われる「不自由な奴隷」の方が、遥かに幸福で満たされている。
「……そうだ。勝者だけが、暖を取れるんだよ」
俺は莉奈の髪を掴み、強引に顔を上げさせた。
「一生、そこから見上げていろ。そして、俺の栄光を指をくわえて見ていろ」
俺はモニターの中の亡者たちに向かって、冷酷に告げた。 彼らにこの声は届かない。だが、彼らは死ぬまで俺の幻影に怯え、後悔し続けるだろう。
「さあ、カーテンを閉めろ。……汚いものを見て、酒が不味くなるといけない」
「はい、仰せのままに」
莉奈が恭しくリモコンを操作し、カーテンが自動で閉まる。 下界の地獄は遮断され、再びこの部屋は、選ばれた二人だけの楽園に戻った。
「莉奈。今日はクリスマスだ」
「はい、ご主人様」
「自分にリボンをかけろ。……最高のプレゼントを開封してやる」
俺の命令に、莉奈はとろけるような笑顔で「はいっ!」と答え、赤いリボンを自らの首――首輪の上から結び始めた。
外では雪が降り積もり、敗者たちの命を削っていく。 だが、そんなことは知ったことではない。
俺は神だ。 誰に咎められることもなく、すべてを蹂躙し、すべてを手に入れた。
俺はソファに深々と身を沈め、リボンを巻いて四つん這いになった妹を見下ろしながら、勝利の美酒を飲み干した。
「――メリー・クリスマス。ざまあみろ、世界」
(『会社では無能、家では妹に「ダサい社畜」と見下される俺。実は世界を熱狂させる神配信者につき。』 完)




