第37話:敗者たちの末路。ゼウス主催のパーティで、給仕係として働く元カノと同級生たち(※時給は最低賃金です)
都内某所、六本木の超一流ホテル。 クリスタルのシャンデリアが煌めくボールルームで、俺――『ゼウス』が主催するチャリティパーティが華々しく開催されていた。
「いやあ、ゼウス様! この度はご招待にあずかり、光栄の極みです!」
揉み手をしながら擦り寄ってくるのは、大手商社『帝都商事』の専務取締役だ。 俺が筆頭株主として君臨して以来、彼らは俺の機嫌取りに必死だ。
「楽しんでいってください、専務。……今夜は、スタッフの選定にも『特別な趣向』を凝らしていますから」
俺は仮面の奥で冷ややかに笑い、会場内を行き交う給仕係たちに視線を向けた。 彼らの動きはぎこちなく、全員が怯えたような目をしている。 それも当然だ。彼らは偶然ここにいるのではない。 俺が裏から手を回して、再就職先を全て潰し、この「ブラック派遣会社」に吹き溜まるよう誘導した上で――今夜のスタッフとして「指名」したのだから。
「おい、ウェイター! ここ、酒が空だぞ! 気が利かんな!」
専務が、通りがかった男のウェイターを傲慢に呼び止めた。 男はビクリと肩を震わせ、強張った顔で振り返る。
「も、申し訳ございません……ただいま……」
男が震える手でボトルを差し出す。その顔を見た瞬間、専務が目を見開いた。
「ほ、本田……お前、なんでここに……」
専務が絶句するのも無理はない。 そこに立っていたのは、つい先日まで帝都商事のエリート社員だった本田だ。 大学の同期で、俺を「底辺」と見下していた男。 今はサイズの合わない安っぽいベストを着て、無精髭を生やし、脂汗を流しながら立っている。
「せ、専務……あ、いえ、お客様……。その、どこの会社も不採用で……この日払いのバイトしか……」
本田は蚊の鳴くような声で答えた。 かつては「俺たちは日本経済を回してる」と豪語していた男の末路がこれだ。
「な、なんと……。我が社の正社員だった男が、随分と落ちぶれたものだな」
専務は鼻で笑い、汚いものを見るように手を振った。
「さっさと注げ。味が落ちる」
「は、はいぃ……!」
本田は屈辱に顔を歪めながら、かつての上司のグラスに酒を注ぐ。 俺はその様子を見ながら、わざとらしく呟いた。
「この派遣会社、元エリートや元経営者を『再教育』するのが得意だそうで。私が彼らをご指名で呼んだんですよ。……感動の再会でしょう?」
俺の言葉に、本田の手がピクリと止まる。 彼は気づいたようだ。自分たちがここにいるのが、運命のいたずらなどではなく、俺の「悪意ある演出」だということに。
「ふふ。……おい、そこの清掃係」
俺は指を鳴らし、床をモップで拭いていた白髪交じりの初老の男を呼びつけた。 男はビクッとして、慌てて俺の足元に這い出てくる。
「は、はい……!」
その男――かつての勤務先のトップ、権田社長だ。 会議室でマホガニーの机を叩き、俺たちを奴隷のように扱っていたワンマン社長。 会社が倒産し、借金まみれになった彼は今、時給1100円の清掃員として、俺の靴を磨かんばかりに頭を下げている。
「ここ、まだ汚れているぞ。……ほら、『足を使え、靴底減らしてドブ板掃除するのが基本だろうが』?」
俺はかつて彼が会議室で放った暴言を、そのまま返してやった。
「ひっ……! す、すぐに綺麗にします……! 申し訳ありません、ゼウス様……!」
権田は真っ青になり、必死に床に這いつくばってシミを擦り始めた。 その横を、お盆を持った田中元先輩が通り過ぎる。 彼もまた、死んだような目で機械的にグラスを運んでいる。
「あ、あの……佐藤く……い、いえ、ゼウス様……」
田中がすれ違いざま、涙目で俺に囁いてきた。
「鬼瓦部長は……刑務所で実刑判決を受けたそうです……。私たちは逮捕されなかっただけマシなんでしょうか……。でも、もう限界で……」
「おや? あなた方は言っていましたよね。『お前にはやるか会社を去るか、二つに一つしかねぇ』と」
俺は冷徹に見下ろした。
「今のあなた達にも選択肢は二つですよ。『この会場で死ぬまで働く』か、『野垂れ死ぬ』か。……私が業界に手を回している以上、他で雇ってくれるところなんてありませんから」
「そ、そんなぁ……」
絶望に膝を折る元先輩たち。 その時、ドリンクコーナーの影から、一人の女が飛び出してきた。
「か、翔……! カケルぅぅ!」
髪を振り乱し、俺の足元にすがりついてきたのは、元カノの美咲だ。 かつて俺を「将来性がない」と捨てた彼女は、厚化粧でも隠せないほどやつれ、手は肌荒れでガサガサになっていた。
「私、やっぱり翔が好き! ねえ、もう一度やり直そう? 私、翔のためなら何でもするから!」
なりふり構わぬ復縁要請。 周囲のゲストたちが「なんだあの女」「汚らわしい」と眉をひそめる。 俺は、美咲が掴んでいるタキシードのズボンを、汚物でも払うように強めに振り払った。
「触るな。……安物のファンデーションが服につく」
「っ……!?」
「何でもする、と言ったな?」
俺は冷たく見下ろした。
「なら、そこの元社長《権田》と一緒に床を舐めて綺麗にしろ。……それがお前にお似合いの仕事だ」
「そ、そんな……」
「やらないなら警備員を呼ぶ。このバイトもクビだ。明日からの生活費、どうするんだ?」
美咲は唇を噛み締め、涙を流しながら、権田の横に膝をついた。 そして、プライドも何もかも捨てて、床の掃除を始めた。
その光景を見て、本田も、田中も、ガタガタと震えながら直立不動で立ち尽くすしかなかった。 逆らえば、死。 彼らは一生、俺の手のひらの上で踊らされる玩具なのだ。
「……ふん」
俺はグラスのシャンパンを一気に飲み干した。 五臓六腑に染み渡る、勝利の美酒。 かつて俺を踏みにじった連中が、俺のパーティの舞台装置として消費されていく。これ以上のエンターテインメントはない。
(さて……外の掃除はこれで完了だ)
俺はスマホを取り出す。 画面には、妹・莉奈からのメッセージ通知が表示されていた。
『ご主人様、お帰りをお待ちしています』 『お部屋も、道具の準備も完璧です』 『早く帰ってきて、私に印を刻んで』
かつて俺を見下していた妹はもういない。 そこにあるのは、俺なしでは生きられないように調教された、忠実なペットの言葉だけだ。
「帰るか」
俺はパーティ会場を後にし、自宅へと向かった。 帝都商事の専務が慌てて頭を下げる中、俺は背後で奴隷のように働く元上司たちを一瞥もしないまま、冷酷な笑みを浮かべて歩き出した。 家では、さらに愉悦に満ちた「仕上げ」が待っているのだから。




