第33話:「お前、俺のおかげで強くなれたろ?」と笑ういじめ主犯格。笑顔で『栄転』をプレゼントする(※行き先は治安最悪の海外支社)
月曜日の午後。 総合商社『帝都商事』のグループ企業である、中堅ゼネコン『帝都建設』のオフィス。
「おい、遅えぞ! いつまで資料まとめてんだ役立たず!」
怒号と共に、分厚いファイルが若手社員の頭に叩きつけられた。 やったのは鮫島。 190センチ近い巨躯を持つ彼は、現場上がりの威圧感を武器に、社内でもパワハラまがいの振る舞いを続けていた。
「チッ、使えねえな。……あ? なんだ部長」
上司に呼ばれた鮫島は、ふてぶてしい態度で振り返った。
「親会社《帝都商事》の『新オーナー』からお呼び出しだ。……お前、オーナーと知り合いなのか?」
「オーナー? 知らねえよそんなジジイ」
「バカっ、口を慎め! とにかく本社へ行け! 『旧友に会いたい』と仰ってるそうだ!」
(旧友? 俺の知り合いにそんな上級国民いたか?) 鮫島は首を鳴らしながら、面倒くさそうに本社ビルへと向かった。
帝都商事本社、最上階。 特別応接室に通された鮫島は、革張りのソファに深く腰掛け、ふんぞり返っている男の背中を見た。
「よお。待たせたな」
鮫島が声をかけると、男がゆっくりと椅子を回転させてこちらを向いた。 オーダーメイドのスーツ。傍らには、美しいメイドを侍らせている。 その顔を見た瞬間、鮫島は目を細めた。
「……あぁ? 誰かと思えば……佐藤か?」
そこにいたのは、大学時代、自分の「玩具」だった佐藤翔だった。 鮫島の顔から緊張が消え、卑下た笑みが浮かぶ。
「なんだお前、ここでバイトでもしてんのか? オーナーがどうとか聞いて来たんだが……お前が掃除夫か?」
鮫島はドカッと向かいのソファに座り込み、テーブルに足を乗せた。 相手が佐藤だと分かった途端、この態度だ。彼の中では、佐藤は永遠に「自分より下の人間」なのだ。
「……相変わらずだな、鮫島」
俺は静かにコーヒーを啜った。
「おう。久しぶりだなあ! 大学以来か? お前、俺にシメられて中退したんだっけ? ガハハ!」
鮫島は悪びれる様子もなく笑い飛ばした。
「懐かしいなあ。冬の池にお前を突き落として、上がってこようとする頭を靴で踏みつけた時、お前泣いてたよな? 『死ぬ、死ぬ』って」
「……ああ。肺炎になって入院したな」
「あと、部室でタバコの火をお前の腕に押し付けて、『根性焼きだ』って笑ったのも覚えてるわ。あの時の焼ける臭い、最高だったぜ」
鮫島は身を乗り出し、俺の顔を覗き込んだ。
「でもよ、感謝しろよ? 俺がああやって可愛がってやったおかげで、お前も少しは男らしくなったんじゃねえの? 俺はお前の恩人だぜ?」
過去の凄惨な暴力を「教育」「恩」と言い換える、腐りきった性根。 コイツは、一ミリも反省していない。 俺の中で、どす黒い怒りが冷たく燃え上がった。
「……そうか。恩人か」
俺はニッコリと笑い、莉奈に合図を送った。 莉奈が無言で一枚の書類をテーブルに置く。
「なんだこれ? ……辞令書?」
鮫島が眉をひそめて書類を手に取る。
「お前が俺の『恩人』だと言うなら、俺も礼をしないとな。 親会社である帝都商事の筆頭株主――つまり、このグループの頂点に立つ『オーナー』として」
「……は?」
鮫島の動きが止まった。 ゆっくりと顔を上げ、俺を見る。
「株主……オーナー……? お前が……?」
「ああ。お前の会社の社長も、俺が『右』と言えば右を向く。お前の生殺与奪の権は、今この瞬間、俺の手の中にあるんだよ」
俺の声色が、氷点下まで下がった。 鮫島の顔から血の気が引いていく。状況を理解し始めたのだ。 目の前の「元・玩具」が、今は「絶対的支配者」であることを。
「じ、冗談だろ……? お前みたいな陰キャが……」
「辞令を読め」
俺が命じると、鮫島は震える視線を書類に戻した。
「『帝都建設・海外開発事業部 現地統括責任者』……? お、おい佐藤! これ栄転じゃねえか! なんだよ、ビビらせやがって! やっぱりお前、俺のこと友達だと思って……」
「場所だ。国名を見ろ」
俺が指差した先。 そこには、南米の地図の中でも「赤く」塗られた地域が記されていた。
「……ここ、連日ニュースになってる……麻薬カルテルの紛争地帯じゃねえか……」
「そうだ。先月も現地の責任者が誘拐されて、首だけで帰ってきた素晴らしい現場だ」
「ふ、ふざけるな! 死ぬだろ! 誰が行くか!」
鮫島が激昂し、俺の胸ぐらを掴もうとした。 だが、その手は俺に届く前に止まった。 俺がスマホを取り出し、ある動画を再生したからだ。
『へへ、こいつらチョロいっすよ。資材横流しして、浮いた金で……』
動画の中で、鮫島が得意げに横領の手口を語っている。
「お前、裏で小銭稼ぎしてるらしいな? ……これ、警察とマスコミに流してもいいんだぞ?」
「っ……!?」
「お前が俺にやった『傷害罪』の時効は過ぎていても、こっちの『業務上横領』は現役だ。 ここで刑務所に入って、出所後も犯罪者として後ろ指さされて生きるか。 それとも、会社の『英雄』として海外へ赴任し、命がけで償うか。……選ばせてやるよ、恩人殿」
「あ……あぁ……」
鮫島の膝が崩れた。 逃げ場はない。 彼の暴力的なプライドは、圧倒的な「権力」と「弱み」の前に粉砕された。
「た、頼む……佐藤……いや、佐藤様……! 許してくれ……! あそこに行ったら本当に殺される……! 靴でもなんでも舐めるから……!」
鮫島が俺の足元に這いつくばり、高級革靴に頬を擦り付けた。 かつて俺を踏みつけて笑っていた男が、今はその靴に縋り付いている。
俺はその頭を踏みつけ、グリグリと体重をかけた。
「痛いか? 俺が腕を焼かれた時は、もっと痛かったぞ」
「あがっ、ぐぅぅ……!」
「お前は言ったよな。『おかげで強くなれた』と。 なら、紛争地帯に行けばもっと強くなれるんじゃないか? よかったな、最高の成長機会をプレゼントしてやるよ」
俺は鮫島を見下ろし、冷酷に言い放った。
「『片道切符』だ。向こうの土になるまで、二度と帰ってくるな」
「いやだぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ!!」
屈強な大男が、子供のように泣き叫ぶ。 その見苦しい姿を、俺は愉悦の表情で見つめていた。
警備員に引きずられていく鮫島の絶叫が消えると、部屋には静寂が戻った。
「……汚い悲鳴でしたね、ご主人様」
莉奈がハンカチで俺の靴を拭きながら呟く。
「ああ。だが、ここ数年で一番いいBGMだった」
これで、過去の精算は終わった。 いよいよ、最後のステージへ向かおう。 俺たちが真に「新しい家族」として完成するために。




