第31話: コンビニバイトの元カノ。高級車に乗った俺と奴隷(妹)を目撃し、絶望する(※最低賃金バイトお疲れ様)
「いらっしゃいませー……」
都内のコンビニエンスストア。 レジカウンターの中で、由美は気だるげな声を上げた。 深夜2時のシフト。客は酔っ払いか、態度の悪い若者ばかり。 揚げ物の油の臭いが髪に染み付き、安い制服のポリエステルが肌に張り付く。
(はぁ……マジ最悪。なんで私がこんなことしなきゃなんないの)
由美は心の中で毒づいた。 25歳。周りの友人は結婚したり、バリバリ働いていたりする中、自分はフリーター。 かつては「もっといい男捕まえてやる」と息巻いていたが、現実は厳しかった。
(あーあ、どっかに石油王でも落ちてないかなー)
そんな非現実的な妄想をしていた、その時だった。
ドォォォォン……!
腹に響くような重低音と共に、店前の駐車場に一台の車が滑り込んできた。 漆黒のボディが街灯を反射して輝く、数千万円クラスのスーパーカーだ。
「うっわ、すご……。どんな金持ちだよ」
由美が目を丸くして見ていると、ガルウィングのドアが跳ね上がり、運転席から男が降りてきた。 仕立ての良いスーツを着こなした、長身の男。 その顔を見た瞬間、由美の思考が停止した。
(え……嘘……?)
見間違うはずがない。 3年前、「将来性がない」「つまらない」と言って自分が振った元カレ、佐藤翔だ。
「翔……?」
自動ドアが開き、カランコロンと入店音が鳴る。 彼はかつての猫背で自信のなさそうな雰囲気とは別人のような、王者のオーラを纏って歩いてきた。
「い、いらっしゃい……ませ」
由美の声が震える。 翔は由美の方を一瞥もしない。まるでそこに空気しかないかのように、ドリンクコーナーへ向かう。
(気づいてない? いや、私だよ!? 元カノだよ!?)
由美は焦った。 もし彼が成功して大金持ちになっているなら、これは千載一遇のチャンスかもしれない。 「実はまだ好きだった」とか言えば、ヨリを戻せるかもしれない。
翔がミネラルウォーターを一本持って、レジに来た。
「あの! 翔……だよね!?」
由美は精一杯の愛想笑いで話しかけた。
「久しぶり! 私、由美だよ! 覚えてる?」
翔は財布を取り出す手を止め、ゆっくりと顔を上げた。 その瞳は、氷のように冷たかった。
「……誰だ?」
「えっ……い、嫌だな冗談! 元カノの由美だってば! 3年前まで付き合ってた!」
「ああ」
翔は興味なさそうに鼻を鳴らした。
「そういえば、そんな名前の女もいたな。『あんたみたいな陰キャといると人生無駄にする』とか言って出て行った」
「そ、それは若気の至りというか……! 私、ずっと後悔してたんだよ!? 翔のこと、本当は大切だったなって……!」
由美はカウンター越しに身を乗り出した。 油と汗の混じったコンビニ制服の女が、必死に高級スーツの男にすがる図。 翔は汚いものを見るように、わずかに身を引いた。
「会計、早くしてくれないか。連れを待たせてるんだ」
「つ、連れ……?」
由美が固まったその時、自動ドアが再び開いた。
「ご主人様、お忘れ物です」
入ってきたのは、黒いワンピースを着た絶世の美少女だった。 透き通るような肌、整った顔立ち。 彼女は翔に駆け寄ると、ハンカチを恭しく差し出した。
(な、なにこの子……めっちゃ可愛い……モデル?)
由美は圧倒的な敗北感を感じた。 容姿、若さ、身につけている物の質、すべてが自分とは次元が違う。 だが、それ以上に異様なのは、彼女の態度だった。
「遅いぞ、ポチ」
翔が冷たく言い放つ。 恋人に対する態度ではない。 だが、美少女は嬉しそうに頬を染め、その場で深く頭を下げた。
「申し訳ございません、ご主人様……! すぐにお持ちしようと思ったのですが、靴紐が解けてしまい……お仕置き、必要でしょうか……?」
「帰ってからな」
「はいっ♡ ありがとうございます!」
(ご、ご主人様!? ポチ!?)
由美は口をあんぐりと開けた。 この美少女は、翔の「恋人」ですらない。「ペット」扱いなのだ。 それなのに、彼女はコンビニバイトの自分より遥かに幸せそうで、満たされた顔をしている。
「……あ、あの、翔? その子は……」
「俺のペットだ。お前と違って、飼い主に忠実でね」
翔は冷笑を浮かべ、1万円札をトレイに放り投げた。
「釣りはいらない。……その最低賃金の足しにしてくれ」
「っ……!」
その言葉は、鋭利な刃物となって由美のプライドを切り裂いた。 彼は知っていたのだ。自分が底辺の生活をしていることを。 そして、それを見下し、哀れんでいることさえも。
「行くぞ、ポチ」
「はい、ご主人様!」
翔は美少女――莉奈を従え、颯爽と店を出て行った。 エンジンの爆音が響き、赤いテールランプが夜の闇に消えていく。
残されたのは、カウンターの上の1万円札と、惨めな自分だけ。
「なんで……なんでよぉ……」
由美はその場に崩れ落ちた。 あの時、彼を捨てなければ。 「つまらない男」だと馬鹿にしなければ。 今頃、あの助手席に乗っていたのは自分だったかもしれないのに。
「店員さーん、レジまだー?」
酔っ払いの客が無遠慮に叫ぶ。 現実は残酷だ。 彼女は涙を拭い、作り笑顔で「お待たせいたしました」と言うしかなかった。




