第29話:【放送事故】配信に映る首輪姿。「こいつ、拾った『迷い犬』です」と紹介してみた(※演出は大成功だ)
「――というわけで、今月もスパチャランキング1位、ありがとう」
深夜の配信スタジオ。 俺はモニターに向かって、穏やかな笑みを浮かべていた。 同接数は今日も200万人越え。 俺の表向きの顔は、圧倒的なカリスマ性と余裕を持つ「全知全能の神」だ。決して感情的に怒鳴ったりはしない。
「……少し喉が渇いたな」
俺がマイクに拾われない声量で呟く。 それは、スタジオの隅で待機している「彼女」への合図だ。
「……」
死角から、黒いメイド服姿の莉奈が音もなく近づいてくる。 その首には黒革のチョーカーが巻かれているが、ぱっと見はゴシックなアクセサリーに見えなくもない。
彼女は膝立ちのままデスクに近づき、震える手でグラスに水を注ごうとした。
カチン。
「あ……!」
緊張のあまり、莉奈の手が滑り、グラスがわずかに音を立てて水滴がデスクにこぼれた。
(チッ、使えねえな……)
内心では舌打ちしたが、俺は表情を一切崩さず、むしろ面白がるように口角を上げた。 マイクに向かって、困ったような、しかし楽しげな声を出す。
「おやおや。……また粗相か?」
俺は逃げようとする莉奈の腕を、優しく、しかし逃げられない力で掴んだ。
「きゃっ!?」
「いいから、こっちへおいで。皆さんに挨拶しなさい」
俺は彼女を画面のフレーム内へと引き寄せた。 カメラの画角一杯に、怯えた表情のメイド服の女が映し出される。
『え?』 『誰? 女!?』 『放送事故!?』 『めっちゃ可愛いメイドさんじゃんw』
コメント欄がざわつく。 だが俺は慌てることなく、視聴者に語りかけた。
「ああ、驚かせてすまない。……こいつ、最近俺が拾った『迷い犬』なんだ」
「……っ!」
莉奈がビクリと震える。 「迷い犬」。 それは、行き場を失った彼女を俺が拾ってやった、という「慈悲」の演出であり、同時に彼女を人間扱いしていないという宣言でもある。
『迷い犬?w』 『ゼウス様、リアルで人助けっすか?』 『メイド服着せてるの趣味全開で草』 『怯え方が小動物っぽくて可愛いw』
視聴者は、俺の言葉を「新しい企画」や「キャラ設定」として受け取ったようだ。
「ほら、挨拶は?」
俺は莉奈の顎を指先でクイッと持ち上げた。 あくまで優雅に。主人がペットを愛でるように。
「は、初めまして……ゼウス様の……飼い犬です……」
莉奈は震える声で、教え込まれた通りのセリフを言った。 その目には涙が滲んでいるが、視聴者にはそれが「緊張」や「恥じらい」に見える。
「まだ躾の最中でね。何もできない無能な子だが、まあ、愛嬌だけはあるだろう?」
俺は莉奈の頭をポンポンと撫でた。
「ご、ごめんなさい……ご主人様……」
莉奈は俺の手に頬を擦り寄せ、うっとりと目を細めた。 恐怖と洗脳によって植え付けられた、絶対服従のポーズ。 だが画面越しには、それが「主人に懐く健気なメイド」として映る。
『うわ、めっちゃ懐いてる』 『ご主人様呼びキター!』 『これガチのメイド? それとも彼女?』 『いや、この従順さはプロだろ』 『ポンコツメイド属性、萌えるわw』
狙い通りだ。 俺が悪者になるどころか、「ダメな子を置いてあげている度量の広い神」という評価になり、莉奈は「ドジで健気なマスコット」として消費されている。
「よし、下がっていいぞ。……あとで『お仕置き』な?」
俺がマイクオフのふりをして耳元で囁くと、莉奈は顔を真っ赤にして、コクコクと頷いた。 そして、視聴者に深々とお辞儀をし、フレームアウトしていった。
配信終了後。 俺はスタジオの照明を落とし、冷たい目で見下ろした。
「……ナイス演技だ。視聴者も喜んでたぞ」
「あ……ありがとうございます……!」
莉奈は安堵と、役に立てた喜びで床に崩れ落ちた。 世間が自分をどう見たか、彼女はまだ気づいていない。 「虐待されている可哀想な被害者」ではなく、「ゼウスに飼われている幸せなポンコツペット」として認知されたことに。
これで、誰も彼女を助けようとはしない。 彼女の逃げ場は、社会的に完全に塞がれた。




