第24話: 妹の絶望。「勘当されたら死ぬ!」インフルエンサーの地位も俺のコネだった(※全て失ってからが本番)
車に戻った俺は、先ほど届いたDMに目を通し、呆れて乾いた笑いを漏らした。
『ゼウス様。あなたの妹の莉奈さんですが、裏で「私はゼウスの極秘マネージャーだ」と名乗り、若手の配信者から「コラボさせてやる」と言って高額な紹介料を巻き上げています。被害者は私を含めて10人以上います』
添付されていたのは、莉奈が被害者と交わしたLINEのスクリーンショットだ。 『お兄ちゃんにお願いしてあげるから、手付金30万振り込んで♡』 『今なら特別キャンペーン中!』
「……あいつ、俺の名前を使って詐欺まで働いていたのか」
兄を「キモい」と罵りながら、裏ではその兄の名声を最大限に悪用して金を稼ぐ。 腐りきっている。 俺はスマホを取り出し、ある場所へと電話をかけた。
「あ、もしもし。……はい、ゼウスです。例の『りなぴょん』の件ですが――ええ、全ての支援を打ち切ってください。あと、彼女の不正の証拠、全部警察と事務所に流していいですよ」
俺は短い指示を出し、通話を終えた。 これで、彼女の最後の命綱も断ち切られた。
その頃、アパートの一室では。
「ど、どうしよう……どうしよう……!」
莉奈はパニック状態でスマホを操作していた。 兄に絶縁宣言され、退去まで一週間。 住む場所も金もない。
「で、でも私には『りなぴょん』としての地位がある! 登録者20万人のファンがいるんだから、案件さえ貰えばなんとかなるはず……!」
莉奈は震える手で、所属している配信事務所のマネージャーに電話をかけた。 兄がいなくても、仕事さえあれば生きていける。そう信じていた。
『――はい、もしもし』
「あ、マネージャーさん!? 私! りなぴょんです! あ、あのね、急に家を出なきゃいけなくなって……だから、すぐにお金になる案件入れてほしいの! 前みたいにコスメのPRとか!」
莉奈は必死にまくし立てた。 だが、返ってきたのは、氷点下のように冷たい声だった。
『ああ、莉奈さん。ちょうど連絡しようと思ってたんですが……本日付けで、契約解除となります』
「……え?」
莉奈の思考が停止する。
「か、解除って……クビってこと? なんで!? 私、登録者20万人もいる大物配信者だよ!? 事務所の稼ぎ頭でしょ!?」
『20万人? ああ、ご存じなかったんですか?』
マネージャーは淡々と、残酷な事実を告げた。
『あなたのフォロワーと再生数、その95%が「買い垢」ですよ』
「は……?」
『あなたの最大のスポンサーである「ジュピター」様が、毎月数百万円を払って業者に数字を水増しさせていたんです。そのジュピター様から「支援を打ち切る」と連絡がありました』
「う、嘘……ジュピターさんがそんなこと……」
『ええ。ついでに、ジュピター様から「あなたが送ったDMのログ」も転送されてきましたよ』
マネージャーが読み上げ始めた内容は、莉奈の心臓を凍りつかせた。
『「ねえジュピター様♡ 私の兄貴、マジでキモい陰キャでさぁ、早く死んで遺産くれないかなって思ってるのw」』 『「ジュピター様みたいな素敵な人がお兄ちゃんだったら、一緒にお風呂入っちゃうのになぁ♡ なんちゃってw」』
「ひっ……!?」
莉奈の顔が真っ赤に染まり、次いで青ざめていく。 それは、自分が太客であるジュピターだけに送っていた、媚びと本音が入り混じった秘密のメッセージだ。
『……これ、あなたがジュピター様に送ったものですよね?』
「な、なんでそれを事務所が……それに、ジュピターさんは私の味方で……!」
『まだ気づかないんですか?』
マネージャーは呆れたように吐き捨てた。
『ジュピター様の正体は、あなたの兄・佐藤翔さんですよ』
「――――は?」
時間が止まった。 脳が理解を拒絶した。
「い、いま……なんて……」
『だから、ジュピター=お兄さんです。彼がこれまで、あなたの悪口や媚びメッセージをどんな顔で読んでいたか、想像できますか?』
「あ……あ、あぁぁ……」
莉奈の喉から、言葉にならない悲鳴が漏れた。
(嘘……嘘よ……!)
フラッシュバックする記憶。 リビングで兄に向かって「キモい」「臭い」と罵倒した後、部屋にこもってジュピターに『兄貴がウザいから慰めて♡』と送っていた自分。 それを、兄は隣の部屋で、すべて見ていたのだ。 自分の汚い本性も、金のために身体を差し出そうとする浅ましさも、すべて筒抜けだった。
「いやぁぁぁッ!!」
莉奈は髪をむしりながら絶叫した。 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。 兄はずっと、ピエロのように踊る自分を見て、腹の中で嘲笑っていたのだ。 自分が「世界で一番かっこいい」と崇拝していたジュピターが、一番見下していた兄だったなんて。
『それと、あなたが「ゼウスのマネージャー」を騙って詐欺を働いていた件も通報されています。事務所としては庇いきれませんので』
「ま、待って! お願い! マネージャーさんからお兄ちゃんに伝えてよ!」
莉奈はなりふり構わず懇願した。
「謝るから! 『許して』って伝えて! マネージャーさんなら連絡つくでしょ!? ねえ!!」
『断ります。警察の聴取、頑張ってくださいね』
ツーツー……。 通話が切れた。
「オエッ……」
あまりのショックと羞恥心で、莉奈は胃液を吐いた。 インフルエンサーとしての地位も虚構。 心の支えだった王子様も虚構。 残ったのは、兄への裏切りと、吐き気を催すような黒歴史だけ。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
莉奈は涙と吐瀉物で汚れた顔で、玄関の方へ這っていった。 もう、プライドも何もない。 この地獄から助けてくれるのは、世界でたった一人、あの兄しかいない。
「ごめんなさい……私が馬鹿でした……なんでもするから……助けてぇぇぇ!」
誰もいない玄関に向かって、莉奈は虚しく叫び続けた。 だが、その声が届くことは二度とない。
その時。 インターホンが鳴った。
「! お兄ちゃん!?」
莉奈は希望に顔を輝かせ、転がるようにドアを開けた。 きっと戻ってきてくれたんだ。 やっぱりお兄ちゃんは私を見捨てないんだ。
だが、ドアの向こうに立っていたのは、兄ではなかった。
「……高橋莉奈さんですね? 警察です。詐欺の容疑で署までご同行願えますか?」
制服警官が二人、無表情で立っていた。
「……え?」
莉奈の顔から、血の気が完全に引いた。 人生の詰み。 それが音を立てて確定した瞬間だった。




