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第22話: 帰宅。「おかえりなさいませ!」玄関で土下座して靴を舐めようとする妹(※媚びても無駄です)

ガチャリ。


錆びついたドアノブを回し、俺は一週間ぶりに「我が家」へと足を踏み入れた。 その瞬間、鼻をついたのは、えたコンビニ弁当の臭いと、淀んだ空気だった。


「……汚いな」


俺は眉をひそめた。 かつては俺が毎日掃除をして清潔に保っていた部屋も、家事能力ゼロの妹に一週間放置されるだけで、この有様だ。


俺が靴を脱ごうとした、その時だった。


「お、おかえりなさいませぇぇぇッ!!」


廊下の奥から、何かが猛スピードで這いずり出てきた。 ボサボサの髪、伸びたスウェット、化粧の落ちた顔。 妹の莉奈だ。


彼女は俺の足元で急ブレーキをかけると、額を玄関のタタキに叩きつけるような勢いで平伏した。


「お兄ちゃん! ううん、お兄様! ずっとお待ちしておりました! 無事のご帰宅、心よりお喜び申し上げますぅ!」


裏返った猫なで声。 数分前まで「カード止めたわね!」「ふざけんな!」と叫んでいた女とは、まるで別人のようだ。


俺は冷ややかに彼女を見下ろした。


「……何だ、その態度は。今まで俺を『ゴミ』とか『ATM』って呼んでただろ」


「め、滅相もございません! あれはほら、兄妹のスキンシップというか、私の照れ隠しというか……! 本当は、世界で一番尊敬していたんです!」


莉奈は顔を上げ、必死に愛想笑いを浮かべた。 だが、その目は笑っていない。 『ここで機嫌を取らなきゃ死ぬ』という、野生動物のような必死さが滲み出ている。


「お腹空いたなぁ……。ねえお兄ちゃん、ご飯行こう? お寿司とか焼肉とか! あ、その前に私のカード、使えるようにしてくれないかな? ね?」


彼女はすり足で膝行しっこうし、俺のズボンの裾を掴もうとした。 その手は脂ぎっていて、薄汚れている。


「……触るな」


俺は一歩、後ずさった。


「え……?」


「その手で触るなと言ったんだ。このスーツは30万するんだぞ」


「さ、30万……!?」


莉奈の目が『¥マーク』に変わるのが見えた。 今の彼女にとって、目の前の兄は「肉親」ではない。「巨大な金塊」だ。


「す、すごい! さすがゼウス様! そんな高級スーツ、埃がついちゃいますよね! ああっ! 靴も少し汚れてる!」


莉奈は俺の革靴フェラガモに目を留めると、狂ったように叫んだ。


「き、綺麗にします! 私が綺麗にしますからぁ!」


言うや否や、彼女は俺の靴に顔を近づけ、舌を伸ばそうとした。 プライドの高い人気配信者『りなぴょん』が、金のために兄の靴を舐めようとしている。 その姿は、哀れを通り越して、滑稽な喜劇だった。


「……やめろ、気持ち悪い」


俺は反射的に足を引いた。 莉奈の顔が、空を切って床に突っ込む。


「ぶっ!?」


「俺の靴はお前の舌より綺麗だ。菌が付く」


俺は吐き捨てるように言い、彼女をまたいで廊下を進んだ。


「あ……あぁ……」


背後で莉奈が絶望の声を漏らす。 だが、俺は振り返らない。 リビングのドアを開けると、そこはさらに酷いゴミ屋敷と化していた。


俺は唯一物が置かれていないソファの端に腰を下ろし、足を組んだ。 そして、遅れて這い入ってきた妹に向けて、王のような態度で告げた。


「さて、莉奈。……座れ」


「は、はいっ!」


莉奈は慌てて正座をした。 服はヨレヨレ、髪はボサボサ。 かつて「天使」と呼ばれた美少女の面影はない。


「これから、大事な話をする」


俺は冷徹な瞳で彼女を射抜いた。


「お前との『今後』についてだ」


「こ、今後……?」


莉奈の顔に、期待の色が浮かぶ。 (もしかして、許してくれるの? また養ってくれるの?) そんな甘い妄想が透けて見える。


俺は口角を吊り上げ、残酷な現実を突きつける準備をした。 これから俺が告げるのは「和解」ではない。「絶縁」と「破滅」へのカウントダウンだ。

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