第16話:元カノの末路②。「汚い、触るな」清純ぶっていた本性がバレて、ネットのおもちゃになる(※もう表通りは歩けません)
「う、うあぁ……」
美咲は床に崩れ落ちたまま、亡霊のような顔でスクリーンを見上げていた。 そこにはまだ、彼女が部長とホテルへ消えていく動画の最後の静止画――だらしなく口を開けて笑う彼女の顔――が大写しにされている。
会場の視線は、もはや彼女を人間として見ていなかった。 汚物を見るような目。嘲笑う目。スマホを向けて撮影しようとする野次馬根性。 かつて「社内のマドンナ」を気取っていた彼女のプライドは、ズタズタに引き裂かれていた。
「か、翔くん……」
美咲が、這いつくばったまま俺の方へ手を伸ばしてきた。 まだ諦めていないのか。それとも、もう俺に縋るしか道がないと悟ったのか。
「おねがい……助けて……。この動画消して……。みんなに『誤解だ』って言って……」 「誤解? 事実だろ」 「お願いだからぁ! 私、もう生きていけないよぉ……! 翔くんのこと、本当は愛してたの! 部長に騙されただけなの! だから……!」
美咲は涙と鼻水で化粧をドロドロに崩しながら、俺の足元にすがりつこうとした。 その手には、泥酔した夜に部長の体をまさぐっていた、あの生々しい記憶が焼き付いている。
俺は反射的に、彼女の手が触れる寸前で足を引いた。
「――触るな」
吐き捨てるような声が出た。
「え……?」
「汚い手で俺に触るなと言ったんだ。……寒気がする」
俺は本当に汚いものを見る目で、彼女を見下ろした。 かつては愛していたかもしれない女。だが今は、ただの醜悪な肉塊にしか見えない。
「そ、そんな……汚いだなんて……」 「自覚がないのか? お前は金と欲にまみれて、自分を安売りしたんだ。その結果がこれだ」
俺は冷酷に告げ、背後のスクリーンを指差した。
「見ろよ、美咲。コメント欄はお前の話題で持ちきりだぞ?」
スクリーンには、動画に対する視聴者の反応がリアルタイムで流れている。
『この女、特定したわwww SNSのアカこれだろ?』 『うわ、加工エグいな。実物と全然違うじゃん』 『#高橋美咲 で拡散しとくわ』 『MAD動画の素材決定だなwww』 『住所も割れてるっぽいぞ』
「おめでとう。お前は今日から、ネットのおもちゃだ」
俺は淡々と事実を突きつけた。
「この動画は一生消えない。お前がどこへ逃げようと、名前を変えようと、検索すればすぐに出てくる『デジタルタトゥー』として残り続ける。……就職? 結婚? 無理だろうな。誰がお前みたいな『全国公認のあばずれ』を相手にするんだ?」
「ひ、ひぃぃ……っ!」
美咲が喉の奥から悲鳴を漏らす。 社会的死。 それは、プライドだけで生きてきた彼女にとって、肉体的な死よりも辛い罰だ。
「やめて……やめてぇぇぇ!」
美咲は頭を抱えて錯乱したように叫び出した。 そして、ふらふらと立ち上がると、俺の方を見ようともせず、逃げるように走り出した。
「うわぁぁぁん! ママぁぁぁ!」
赤いドレスの裾を踏んづけて転びそうになりながら、なりふり構わず出口へ向かう。 ヒールが片方脱げても気にも留めない。 その無様な背中を、会場中のカメラと嘲笑が見送った。
バタンッ!
扉が閉まり、美咲の姿が消える。 だが、彼女の地獄はこれからが本番だ。 外に出れば、スマホを持った野次馬に囲まれ、ネットでは一生笑い者にされる人生が待っている。
「……自業自得だな」
俺は短く呟き、視線をステージに残る最後の標的たちに向けた。
まだだ。 まだ、終わっていない。 会場の隅でガタガタと震えている田中先輩。 そして、腰を抜かして呆然としている権田社長。
俺はマイクを持ち直し、氷のような笑みを浮かべた。
「さて……次は、俺にすべての雑用を押し付けて『自分だけ目立とうとした』無能な先輩の処分を決めようか」




