第11話:【正体解禁】「え、翔くん?」変声機を切った瞬間、元カノが泡を吹いて腰を抜かす(※今さら気づいても手遅れ)
「さあ、社長、部長。……ゼウス様がお聞きです。『これについての釈明はあるか』と」
俺が突きつけたマイクに、権田社長と鬼瓦部長は震え上がり、言葉を失っていた。 会場の空気は凍りつき、カメラの放列だけが無慈悲に彼らの醜態を記録している。
「な、な……佐藤……お前……っ!」 「裏切りやがって……! こんなことして、タダで済むと思ってんのか!」
鬼瓦部長が、顔を真っ赤にして掴みかかろうとしてきた。 暴力で口封じをするつもりだ。 その手には、これまで俺を支配してきた暴力的な威圧感が込められている。
だが、今の俺には、それは哀れな負け犬のあがきにしか見えなかった。
俺は小さくため息をついた。 ……ああ、面倒くさい。 もう、茶番は終わりにしよう。
俺は今まで、自分が「ゼウス」であることを隠し続けてきた。 それは、平穏な日常を守るためであり、面倒な有名税を払いたくなかったからだ。 だが、こんな腐った連中に囲まれて生きる日常なら、もういらない。
こいつらを絶望のどん底に叩き落とすためなら、これまでの「平穏」をドブに捨てても構わない。 「無能な佐藤」は今日で死ぬ。 これからは、俺が俺として、世界を支配してやる。
俺は、手元の操作盤にある『ボイスチェンジャー』のスイッチに指をかけた。 オートモード(録音再生)から、ライブモードへ。
「……タダで済むか、ですか」
俺はスイッチを『ON』にした。
「――それは、こっちのセリフだ。愚民ども」
会場に響き渡ったのは、さっきまでスクリーンから聞こえていた、あの『重低音の神の声』――そのものだった。 ただし、スピーカーを通した録音音声ではない。 目の前の、俺の喉から直接発せられた言葉が、リアルタイムで変換された「生の声」だ。
ピタリ。 鬼瓦部長の動きが止まる。 社長が、田中が、そして客席の美咲と莉奈が、一斉に目を見開いて硬直した。
「……は?」
鬼瓦が間の抜けた声を上げる。 俺はマイクを口元に寄せ、ニヤリと笑った。 もう、卑屈な笑みは作らない。ゼウスとしての、傲岸不遜な笑みだ。
「聞こえなかったか? 鬼瓦。……お前が散々『無能』と呼んでこき使ってきた男が、お前が土下座してでも会いたがっていた『ゼウス』本人だと言っているんだ」
同時に、背後のスクリーンを操作する。 アバターの表示を消し、手元のWebカメラの映像――つまり、「マイクを持って喋っている俺の顔」を大写しにした。
配信画面の中で、俺の口の動きと、ゼウスの声が完全にリンクする。
『えっ?』 『嘘だろ?』 『あの社畜がゼウス!?』 『声同じじゃん! マジかよおおおお!!』
コメント欄が奔流のように流れ、サーバーが悲鳴を上げる。 会場は、水を打ったような静寂の後、爆発的な悲鳴に包まれた。
「う、嘘……翔くん……?」
最前列で、美咲が膝から崩れ落ちるのが見えた。 顔面は蒼白で、口をパクパクさせている。 そりゃそうだろう。自分が「将来性がない」と捨て、「貧乏くさい」と見下していた元カレが、自分が「妊娠するほど好き」だと崇拝していた神様だったのだから。 彼女が勝手に作り上げていた「理想の王子様」の正体は、彼女が捨てた「ゴミ」だったのだ。
「あ、あ、あ……」
その横で、妹の莉奈も腰を抜かしてへたり込んでいる。 勝負下着まで用意して狙っていた相手が、自分がゴミ扱いしていた実の兄だった。 その事実が、彼女の脳内で処理しきれず、ショートしているようだ。
「ば、バカな……ありえん……!」
権田社長が後ずさりし、尻餅をついた。
「さ、佐藤が……ゼウス……? 私の会社に……神がいたというのか……? それを私は……雑用係として……?」
「そうだ。俺はずっと社内にいた。お前たちの不正も、パワハラも、愚かな陰口も、すべて一番近くで見ていたんだよ」
俺はゆっくりと歩み寄り、社長を見下ろした。
「光栄だな、権田社長。お前の望み通り、ゼウスとのコラボは大成功だ。……これがお前たちへの、最初で最後の『手向け』だ」
俺はカメラに向かって指を鳴らした。
「さあ、全世界の視聴者諸君。ここからはエンターテインメントの時間だ。この腐りきった会社がどうやって崩壊していくか、最後まで見届けてくれ」
もはや誰も、俺を止めることはできない。 無能な佐藤翔は死んだ。 ここにいるのは、すべてを裁く権利を持った、神配信者『ゼウス』だけだ。




